上半分が白、下半分が緑、その中央に赤い龍。Y・ドライグ・ゴッホ(Y Ddraig Goch、赤い龍)です。ウェールズの旗は、イギリスを構成する4つの構成国の1つ、ケルト系民族の地の旗です。ブータンと並ぶ、世界で龍が描かれた数少ない旗のひとつ。しかもユニオン・ジャックには含まれていないため、ウェールズの誇りの象徴でもあります。今回はそんなウェールズ旗の話です。
まずは構成のおさらい
ウェールズ旗の構成は、次のとおりです。
- 上半分:白
- 下半分:緑
- 中央:赤い龍(Y Ddraig Goch)。パサント(片足を上げて立つ姿勢)で描かれる
色とシンボルの意味は、以下のとおりです。
- 赤い龍:ウェールズ民族、力、勇気、独立闘争
- 白:テューダー朝の伝統色
- 緑:テューダー朝の伝統色、ウェールズの大地
1つの龍が、ウェールズの千年の歴史を語る。世界で最もシンボリックなケルト系旗のひとつです。
「Y Ddraig Goch」 ── 赤い龍
ウェールズ旗の、世界的に有名なシンボルを見ていきます。
「赤い龍」 ── ウェールズ語
Y Ddraig Gochは、ウェールズ語で「赤い龍」を意味します。「Y」は定冠詞(the)、「Ddraig」は龍、「Goch」は赤い(Cochの変化形)です。
千年以上の歴史
赤い龍は、ウェールズの旗のなかで最も古いシンボルのひとつとされています。ローマ帝国撤退後の5世紀以降、ウェールズ諸王が龍を採用しました。現役で使われている最古の国家・領土旗だと主張されることもあり、その場合はデンマーク国旗と並び称されます。
マーリンの予言
そして、マーリン(King Arthurの魔法使い)の予言があります。
赤い龍(ウェールズ)と白い龍(サクソン人、侵略者)が戦う。
赤い龍が勝利する。
ケルト系ブリトン人が、サクソン侵略者を撃退するというこの予言が、赤い龍の起源です。
カドワラドル ── ウェールズ最後の王
赤い龍の、歴史的な所有者をたどります。
カドワラドル王
カドワラドル(Cadwaladr、655-682年没)は、グウィネズ王国の王です。ウェールズの伝統的なブリトン人最後の王とされ、赤い龍を紋章として使用しました。そのため、赤い龍はカドワラドルの龍とも呼ばれます。
テューダー朝の継承
そして、テューダー朝の創始者ヘンリー7世がこれを継承します。ウェールズ系の王であったヘンリー7世はカドワラドルの血筋を主張し、赤い龍をテューダー王朝の象徴としました。
カドワラドルからヘンリー7世、そして現代ウェールズへ。赤い龍は1300年以上にわたって継承されてきました。
1959年3月11日 ── 公式採択
ウェールズ旗の、現代の正式制定を見ていきます。
1953-1959年、論争
1953年から1959年にかけて、ウェールズ旗の正式デザインをめぐって論争が起きました。当初はウェールズ王太子の紋章(4分割)が採用されましたが、ウェールズ国民はこれに反発します。本物のウェールズの龍を、独立して掲げたいという声でした。
1959年3月11日、女王令
1959年3月11日、エリザベス2世が女王令を出します。
ウェールズの政府ビルには、白と緑の地に赤い龍の旗のみを掲げるべし。
こうして、現代のウェールズ旗が正式に採択されました。赤い龍に白と緑の背景を組み合わせたこの旗は、以後、現代まで使われています。
「ユニオン・ジャックに含まれない」
ウェールズには、意外な事実があります。
ユニオン・ジャックの構成
ユニオン・ジャック(イギリス国旗)は、3つの十字から成り立っています。イングランドの聖ジョージ十字(白地に赤十字)、スコットランドの聖アンドリュー十字(青地に白の斜め十字)、そして北アイルランドの聖パトリック十字(白地に赤の斜め十字)です。
しかし、ここにウェールズはありません。ユニオン・ジャックにウェールズの龍は含まれていないのです。その理由は、ヘンリー8世時代にウェールズがイングランドに併合され、「ウェールズはイングランドの一部」と見なされたことにあります。
ウェールズだけがユニオン・ジャックに含まれていないというのは、長年のウェールズ人の不満です。
「ウェールズの龍をユニオン・ジャックに」運動
そして、21世紀になって運動が起きました。ユニオン・ジャックに赤い龍を加えるべきだという声です。しかし、現状は変更されていません。
ウェールズの旗が独立して存在することで、ウェールズのアイデンティティを保つ。これが現代の状況です。
ウェールズという国
ウェールズの基本情報です。
- 正式名:ウェールズ(Cymru、ウェールズ語)
- 首都:カーディフ(Cardiff)
- 面積:約2.1万km²
- 人口:約316万人
- 公用語:英語、ウェールズ語
- 法的地位:イギリスの構成国(Constituent Country)
「Cymru」 ── ウェールズ語
ウェールズの自称は、Cymru(クムリ)です。これは「同郷の民」を意味します。一方、「Wales」は古英語「Wealh」(外国人・ケルト人)に由来し、アングロ・サクソン人が「自分たちとは違う民」と呼んだことから来ています。
自称と他称が全く違うというのは、マジャールオルサーグ(ハンガリー)、スオミ(フィンランド)と並ぶ典型です。
「ケルト諸国」
ウェールズは、ケルト諸国の1つです。ウェールズ(ケルト系・ウェールズ語)、スコットランド(ケルト系・ゲール語)、アイルランド(ケルト系・アイルランド語)、ブルターニュ(フランス、ケルト系・ブルトン語)、そしてコーンウォール(イングランド内のケルト系)が、その仲間です。
英国諸島に残るケルト系文化の中心というのが、ウェールズの位置づけです。
「ラグビーと合唱の国」
ウェールズには、世界的に有名な文化があります。ひとつはラグビーで、ウェールズ・ラグビー代表は世界トップクラスです。もうひとつは男性合唱で、これは「国民的歌唱」とも呼ばれ、ラグビー試合前には観客全員で国歌を合唱します。そのウェールズ国歌が、Hen Wlad Fy Nhadau(父祖の地)です。
国旗の赤い龍と、ラグビーチームの赤いユニフォーム。これが現代ウェールズのイメージです。
「炭鉱の歴史」
ウェールズの19世紀から20世紀の主要産業は、炭鉱でした。ウェールズ南部の炭鉱は産業革命の原動力となりました。しかし1980年代のサッチャー時代に閉山され、地域に深い影響を残しました。
ちなみに:日本との関係
ウェールズと日本には、意外なつながりがあります。
「ウェールズ語と日本語」
ウェールズ語と日本語は、母音中心の構造が似ているという言語学的な観察があります(諸説あり、直接の関係はありません)。
2019年ラグビーW杯
2019年のラグビーワールドカップ日本大会では、ウェールズ代表が日本で大活躍しました。多くの日本人ファンが、ウェールズの赤い龍の旗を振りました。
国旗の赤い龍が、日本でも親しまれた。これがウェールズの近年の親日的なエピソードです。
まとめ:1300年の龍、ケルトの誇り
今回のウェールズ旗のまとめです。
- 上半分の白、下半分の緑、中央の赤い龍(Y Ddraig Goch)
- 1959年3月11日、エリザベス2世の女王令で正式採択
- 1953年から1959年、ウェールズ国民の運動でデザイン論争
- 「Y Ddraig Goch」はウェールズ語で「赤い龍」
- 「現役で使われている最古の領土旗のひとつ」(デンマークのダンネブローと並ぶ)
- ローマ帝国撤退後(5世紀以降)、ウェールズ諸王が龍を採用
- マーリンの予言では、赤い龍(ウェールズ)が白い龍(サクソン侵略者)に勝利する
- カドワラドル王(7世紀)が「赤い龍の所有者」
- テューダー朝(ヘンリー7世以降)が赤い龍を継承
- 白と緑はテューダー王朝の伝統色
- ユニオン・ジャックにウェールズの龍は含まれない(ウェールズ人の長年の不満)
- ウェールズの自称「Cymru(クムリ)」は「同郷の民」
- ケルト諸国(スコットランド・アイルランド・ブルターニュ・コーンウォールと並ぶ)
- ラグビー強国であり、男性合唱の伝統がある
- 2019年ラグビーW杯日本大会で多くの日本人ファンに親しまれた
1300年前のカドワラドル王の龍が、現代の旗に。ウェールズの旗は、世界で最も古い領土シンボルのひとつであり、ケルト系文化の誇りを体現する1枚です。