赤・白のストライプに、青地の白い星50個。世界でもっとも目にする機会が多い旗のひとつ、星条旗。これだけ有名な旗なのに、「いまの50星バージョンを作ったのは高校生」って、けっこう知られてないんじゃないでしょうか。今回はそんな星条旗の、ちょっと意外な話を集めました。
まずは構成のおさらい
アメリカ国旗、通称星条旗(Stars and Stripes)の構成は、次のとおりです。
- 13本の赤白ストライプ:独立時の13植民地を表す
- 左上の青いカントン(区画):「Union」と呼ばれる
- 50個の白い星:現在の50州を表す
ストライプの数は独立以来ずっと13本のまま、星の数だけが州が増えるたびに増えてきた、という仕組みです。州が追加されると星の配置を再設計することになっています。
17歳の宿題が、本物の国旗になった話
これがちょっと信じられない話なんですが、現行の50星デザインは、作ったのが高校生の課題作品なんです。
1958年、オハイオ州のランカスター高校(Lancaster High School)に通っていた当時17歳のボブ・ヘフト(本名 Robert G. Heft)少年が、歴史のスタンレー・プラット先生から「好きなものを作って持ってきなさい」というショー・アンド・テル課題を出されました。
当時、アラスカとハワイの州昇格がほぼ確実視されていたタイミング。ボブは「これからは50州になるはず」と予想し、新しい50星の配置を自作します。祖父母が結婚祝いにもらった形見の48星旗を素材にハサミでカントン(青の区画)を切り取り、新しい青布とアイロン用接着シート(mending fabric)を地元の店で2.87ドルぶん買い足し、星をアイロンで接着しました。作業時間は週末いっぱい使って12時間半にもおよんだそうです(家族の形見を勝手にバラしたので、当初お母さんに激怒されたという話も伝わっています)。
そうして提出した課題、担任の評価はB−でした。先生いわく、「なんで星がこんなに多いんだ?いまアメリカに何州あるのか、わかってないのか?」とのこと。ちょっと辛口、というか、ぜんぜん認めてもらえなかったわけです。
ただ、担任は「もし君のデザインが本当にアメリカの国旗になったら、評価をAに上げてやろう」と提案します。半ば冗談だったのかもしれません。
それを真に受けたボブの行動がすごい。ホワイトハウス宛てに手紙を書き、自分のデザインを国に提案してしまいます。何度も電話と手紙を重ねた末、1959年にアラスカ、1960年にハワイが州に昇格して50州となり、新国旗デザインが必要になりました。複数の候補が検討されたなかで、最終的にボブのデザインが採用されました。
採用が決まった連絡は、なんとアイゼンハワー大統領本人からの電話だったといわれています。そして1960年7月4日(独立記念日)、ワシントンD.C.の連邦議事堂で行われた新国旗の掲揚式にボブは招待されました。
採用が決まった後、担任は彼の課題の評価を約束どおりAに書き換えたそうです。「君の旗が国旗になるんだから、Aだろう」ということでしょうか。
月にも星条旗がある。けど1本は最初に倒れた
宇宙系の話も少し。
アメリカはアポロ計画で月に有人着陸し、計6本の星条旗を月面に立てたことがあります(着陸成功はアポロ11・12・14・15・16・17号)。
ただし、有名なアポロ11号(1969年)の星条旗は、離陸時のロケット排気で倒れてしまったことが報告されています。アポロ11号のバズ・オルドリン飛行士本人が、上昇直後に「旗が倒れるのを見た」と証言しているのです。
旗は着陸船「イーグル」の中心線から約27フィート(8.2m)の位置に立てられていたんですが、これは離陸時の噴射の影響範囲内でした。以降のアポロ12号〜17号では、もっと遠くに旗を立てるよう運用が改善されたそうです。
近年、ルナー・リコネサンス・オービター(LRO)という月探査機が撮影した画像によると、アポロ12・16・17号の旗(少なくとも)は今も月面に立っていることが確認されています(14・15号についても同様と言われています)。一方、アポロ11号の旗は写真に写らず、倒れたまま戻れない、と考えられています。
「月面に星条旗を立てた、人類初の旗」が、月面を離れる瞬間に吹き飛ばされていた、というのはちょっと切ない話ですよね。
ちなみに国際宇宙法上、月に旗を立てても領有権は主張できないことになっているので、星条旗があっても「月はアメリカのもの」というわけではありません。
ベッツィ・ロス伝説、じつは「諸説あり」
アメリカ国旗の起源として有名な話に、ベッツィ・ロスという女性がジョージ・ワシントンら委員会の依頼で最初の星条旗を縫った、というエピソードがあります。1776年6月、6芒星を5芒星に変更しながら縫い上げた、というのが伝承の中身。フィラデルフィアにはベッツィ・ロスの家が観光名所になっているほどです。
ただ、これには「諸説あり」と書いておいたほうが誠実です。
歴史家の調査によると、この話が世に出たのは1870年で、ベッツィ・ロスの孫ウィリアム・J・キャンビーがペンシルベニア歴史協会で発表したのが最初です。キャンビー自身も1857年に叔母から初めてこの話を聞いたと述べていますが、ベッツィ・ロスが亡くなったのは1836年なので、その伝聞にはおよそ20年のタイムラグがあります。
しかも興味深いのは、キャンビー自身が「フィラデルフィアやワシントンD.C.で資料を探したが、最初の国旗を誰がデザイン・縫製したかを示す記録は見つからなかった」と公の場で認めていることです。一次史料による裏付けがない、という重大な保留がここで明示されているわけです。
ベッツィ・ロスがペンシルベニア海軍向けの旗を実際に作っていたことは記録から確認できているので、彼女が「フラッグメーカー」だったこと自体は事実。ただ、「最初の星条旗を作った人物」かどうかは、いまでも確定していません。
「すごく信じたい話だけど、根拠は弱い」という、こういう「歴史のグレーゾーン」も国旗の面白いところですよね。
まとめ:いまの星条旗には、いろんなドラマがある
今回のアメリカ国旗まとめ。
- 13本の赤白ストライプ=13植民地、50個の星=50州
- 現行50星デザインは1958年、オハイオ州ランカスター高校のボブ・ヘフト(17歳)が課題で作成(素材は祖父母の形見の48星旗とアイロン接着シート、作業12時間半・総額2.87ドル)
- 提出時の評価はB−、採用後にAに書き換えられた
- 採用通知はアイゼンハワー大統領本人からの電話。1960年7月4日にワシントンD.C.で掲揚式
- 月面には6本の星条旗が立てられたが、アポロ11号の旗は離陸時の排気で倒れた(バズ・オルドリン証言、LRO画像で他の5本は確認)
- ベッツィ・ロス伝説は1870年、孫ウィリアム・J・キャンビーが発表したのが初出。一次史料はなく、キャンビー自身も「資料は見つからなかった」と認めている(諸説あり)
国旗っていうと「お役所が決めた象徴」というイメージがありますけど、実際には高校生の課題作品が採用されたり、孫の昔話が定説になったりと、けっこう人間くさいエピソードがあるんです。