赤・白・緑の横三色のなかに、金色の王冠と7つの星。タジキスタンの国旗です。「タジク」という国名そのものが、ペルシア語で「王冠」を意味します。その王冠が、文字どおり国旗の中央に描かれているというのが見どころです。そして7つの星は、ペルシア神話の「7つの楽園、7つの山、7つの星」を表しています。ペルシア文化と中央アジアが交差する物語、今回はそんなタジキスタン国旗の話。
まずは構成のおさらい
タジキスタン国旗の構成は、次のとおりです。
- 横3本の帯:上から赤・白(広)・緑
- 比率:赤と緑が同じ幅、白は2倍
- 白い帯の中央:金色の王冠と、その上にアーチ状に並ぶ7つの金色の星
色とシンボルの意味は、次のとおりです。
- 赤:労働者の団結、太陽、勝利
- 白:綿花(タジキスタンの主要農産物)とパミール高原の雪
- 緑:イスラムと、谷の植生・農業
- 金色の王冠:サマン朝の王権、「タジク」の語源
- 7つの星:ペルシア神話の数字「7」、完璧と幸福
「タジク」 = 「王冠」
タジキスタン国旗の最大のポイントが、国名「タジク」とペルシア語の関係です。
「Tâj(王冠)」と「Tajik」
「タジク(Tajik)」という民族名の語源として有力な説は、ペルシア語の「tâj(تاج、王冠)」に「-ik(〜の人)」がついて「王冠の人」「冠をかぶる人」を意味する、というものです。つまり「タジキスタン=王冠の地」となるわけです。
これは諸説あるうちの一つで、ほかにもアラビア語の「Tāzīk」(イラン系民族の呼称)からとする説や、トルコ語経由でペルシア人を指す呼称だとする説など、さまざまなものがあります。ただ、「王冠=tâj」の語源説が、現代タジキスタン政府の公式解釈に近いものです。
王冠が国旗の中心に
そして、国旗の中央に文字どおりの「王冠」が描かれています。我々は「王冠の民」だ、だから王冠を旗の真ん中に置く、という、国名の意味をそのまま視覚化したデザインです。世界の国旗のなかでも、国名と中央のシンボルがここまで直接的に対応している例は珍しいものです。
サマン朝 ── タジク人のルーツ
国旗の王冠は、サマン朝という、9-10世紀の偉大なペルシア系王朝を象徴しています。
サマン朝とは
サマン朝(Samanid Empire、875/892年-999年)は、中央アジアで最初の本格的なペルシア系イスラム王朝でした(タジキスタン政府はイスマーイール・サーマーニーの統治を基準に、1999年に建国1100周年を祝いました)。首都はブハラ(現在のウズベキスタン領)で、領土は現在のタジキスタン・ウズベキスタン・トルクメニスタン・アフガニスタン・イラン東部に及びました。公用語はペルシア語(新ペルシア語=ファルシー・ダリーの確立期)で、文化的にはペルシア・ルネサンス、すなわちイスラム化されたペルシア文化の黄金期を築きました。
ペルシア・ルネサンスの中心
サマン朝の時代には、多くの知識人が活躍しました。「ペルシア詩の父」と呼ばれるルーダキー、『シャー・ナーメ』の作者フェルドウスィー(イラン側で活躍)、ブハラ生まれで医学・哲学の巨匠であるイブン・スィーナー(アヴィセンナ)、そして代数学の父でalgorithmの語源となったアル=フワーリズミーなどです。
現代のタジク文化のルーツがすべてサマン朝にあるということで、タジキスタン人にとってサマン朝は精神的な祖国そのものです。
「タジクはサマン朝の継承者」
タジキスタン政府の公式見解は、我々タジク人はサマン朝のペルシア系イスラム文化を継承する民族だ、というものです。だから、国旗の中央の王冠がサマン朝の威光を象徴するわけです。1999年(サマン朝建国1100周年)には、ドゥシャンベ(首都)にサマン朝の建国者イスマーイール・サーマーニーの巨大な像が建てられました。
7つの星 ── ペルシア神話の聖なる数字
王冠の上にアーチ状に並ぶ7つの金色の星は、ペルシア文化における「7」の特別な意味を反映しています。
「7」の象徴性
ペルシア文化・神話で、「7」は完璧と幸福の数字です。天国の7つの庭園を表す七つの楽園(Haft Behesht)、神話的な7つの山を表す七つの山(Haft Kūh)、北斗七星など夜空の聖なる星を表す七星(Haft Setareh)、そして詩や物語のモチーフとなる7つの智慧・7つの英雄・7つの試練など、さまざまな形で現れます。
タジク神話の「7」
タジキスタンの伝統的な神話では、天には7つの美しい楽園があり、その楽園は7つの山に囲まれ、各山の頂には1つずつ輝く星がある、と語られます。これは「7=宇宙の完璧な調和」という宇宙観です。
なお、「7つの星=現代の行政区分」ではありません(現在のタジキスタン第一級行政区画は、2つの州に1つの自治州、1つの共和国直轄地、首都ドゥシャンベを加えた計5つで、7ではありません)。タジキスタン政府の公式解釈では、「7つの文化的・歴史的地域」(ソグド・ハトロン・ザラフシャン・ラスツ・パミール・ヒサール・バダフシャンなど)、あるいは「完璧さと幸福を表すペルシアの聖なる数字」としての意味が中心です。
イランとの色の共通性
タジキスタン国旗の赤・白・緑は、イラン国旗とほぼ同じ配色です。
ペルシア系民族の伝統色
赤・白・緑の組み合わせは、100年以上前から、ペルシア系民族の伝統色として認識されてきました。イランは1906年の立憲革命以降、赤白緑の三色を採用し(細部は何度か変化)、タジキスタンは1992年、独立後の新国旗として赤白緑を採用しました。ペルシア系の文化的連帯を、色で示しているわけです。
でも別の国
ただし、タジキスタンとイランは別の主権国家です。
| タジキスタン | イラン | |
|---|---|---|
| 構成 | 赤・白(広)・緑+王冠+7星 | 緑・白・赤+アッラーフ書道+22回のタクビール |
| 国家形態 | 世俗共和国 | イスラム共和国 |
| 言語 | タジク語(ペルシア語の方言、キリル文字) | ペルシア語(アラビア文字) |
| 宗教 | スンニ派優勢(ハナフィー派) | シーア派 |
民族・言語・文化は近いが、政体と歴史が違う2つの国、という関係性です。国旗で同じ色を使うことで文化的連帯を示しつつ、デザインの細部で独自性を保つ、という設計判断です。
1992年、激動のなかで生まれた旗
タジキスタン国旗が制定されたのは、1992年11月24日です。これはタジキスタンの歴史でも特に困難な時期でした。
独立とその後の混乱
1991年9月9日、ソ連崩壊に伴いタジキスタンが独立しました。しかし翌1992年5月にはタジキスタン内戦が勃発します。旧共産党系と民主・イスラム連合の争いでした。新国旗が制定されたのは、その内戦の最中の1992年11月24日です。内戦は1992年から1997年まで続き、約10万人が犠牲となり、数十万人が難民となりました。終結は1997年6月の和平合意によるものです。
内戦の真っ最中に新国旗を制定したというのは、ある種の決意の表れでもあったでしょう。ペルシア文化への回帰、サマン朝の遺産の継承、国民統合への希望を、新国旗に込めたわけです。
5代目の国旗
タジキスタンはソ連時代も独自の旗を持っていたため、現在の国旗は5代目にあたります。1929年から1936年までが初代(タジク・ソビエト旗)、1936年から1953年までが2代目、1953年から1991年までが3代目(赤に白と緑の細帯、鎌と槌)、1991年から1992年までが4代目(3代目から鎌と槌を除いた暫定旗)、そして1992年11月24日から現在までが5代目(現行版)です。
ソ連的なシンボルから、ペルシア的なシンボルへの転換という、独立国家としての自己定義の旅を、国旗の変遷が物語っています。
ちなみに:タジキスタンという国
タジキスタンの基本情報です。
- 正式名:タジキスタン共和国
- 首都:ドゥシャンベ(タジク語で「月曜日」の意。月曜日に市場が立っていたことに由来)
- 面積:約14万km²
- 人口:約1,000万人
- 公用語:タジク語(ペルシア語系、キリル文字を使用)
- 宗教:スンニ派イスラム(90%以上、特にハナフィー派)
地理:「9割が山地」
タジキスタンは世界でもっとも山岳的な国のひとつです。国土の93%以上が山地で、「世界の屋根」と呼ばれる平均標高3,000m以上の高地、パミール高原を擁します。最高峰のイスモイル・ソモニ峰(旧コミュニズム峰)は標高7,495mに達します。
国旗の白がパミールの雪を表すというのは、まさに国土の現実そのものを表現しているのです。
中央アジアでもっとも貧しい国のひとつ
経済面では、一人当たりGDPが旧ソ連諸国でも最低クラスにあります。外貨収入の大部分は、ロシアで働く出稼ぎ労働者の送金(GDPの30%以上)が占め、主要輸出品はアルミニウムと綿花です。
山岳と内陸国という地理的不利が、現代の経済発展を難しくしている、という側面があります。
まとめ:王冠の民、ペルシアの継承者
今回のタジキスタン国旗のまとめです。
- 赤(細)・白(広)・緑(細)の横三色に、中央の白い帯に金色の王冠と7つの星
- 1992年11月24日採用(内戦の真っ最中)
- 国名「タジク」はペルシア語「tâj(王冠)」が語源(諸説あり)
- 金色の王冠は、9-10世紀のサマン朝(中央アジア最初のペルシア系イスラム王朝)の継承
- 7つの星は、ペルシアの聖なる数字、または「7つの歴史的・文化的地域」を象徴(現代の行政区分とは別)
- 赤・白・緑はペルシア系民族の伝統色で、イランと共通
- 1991年9月9日独立、1992年から1997年までタジキスタン内戦
- 国土の93%以上が山地、世界の屋根パミール高原を擁する
- ソ連時代を含めて5代目の国旗
国名そのものが王冠を意味し、その王冠を旗の中央に置く。タジキスタンの旗は、ペルシア文化の継承者としての誇りを直接的に表現する1枚です。