赤地に白い十字。スイスの国旗です。世界中の国旗のなかで、正方形なのはこのスイスとバチカン市国の2つだけという独特の形を持つ1枚です。さらに、世界中で見かける赤十字(Red Cross)のマークは、このスイス国旗の色を反転させたものだという、知ると驚く由来があります。今回はそんなスイス国旗の話です。


まずは構成のおさらい

スイス国旗はシンプルですが、世界の国旗のなかでも特殊です。構成は次のとおりです。

  • :正方形(縦横比1:1)
  • 背景:赤
  • 中央:白いギリシャ十字(縦横同じ長さの十字)

色は赤と白の2色だけで、文字も模様もありません。

ただし、寸法は細部までこだわっています。十字の各腕(縦と横)の長さは、その幅(太さ)よりも1/6長く、幅と長さの比は6:7になります。十字の中心は、旗の中心とぴったり一致し、十字の端は、旗の縁から少し離れます。

シンプルだが、精密に幾何学的。スイスらしい設計です。


「正方形」の国旗は、世界に2つだけ

スイス国旗の最大の特徴が、正方形であることです。

世界の正方形国旗

正方形の国旗は、1:1のスイスと、同じく1:1のバチカン市国の2国のみです。他のすべての国旗は長方形で、多くは2:3か1:2です。

世界で2つしかない正方形クラブ。この事実だけでも、スイス国旗は特別な位置にあります。

なぜ正方形か

理由については諸説ありますが、もっとも有力なのは中世の軍旗(バナー)の伝統を継承したという説です。中世ヨーロッパでは、個人の家紋を旗にする場合、軍旗は正方形が主流でした。スイス連邦軍が中世以来の正方形軍旗を採用し続けたため、それが国旗にもなった、と考えられています。

世界が長方形に移行したなかで、スイスだけが中世の正方形を守った。ちょっと頑固な伝統主義です。

ただし、海ではみんな長方形

実は、海上で使うスイス商船・遊覧船の旗は、長方形(2:3)です。

国際的な海上慣習では、風になびきやすく識別しやすいという理由から、商船の旗は長方形が標準とされています。スイス自身も1953年制定の海上航行法で海上用の旗を2:3の長方形と定めているため、海上版を例外的に作っているわけです。

陸では正方形、海では長方形。内陸国スイスらしい、ちょっと不思議な使い分けです。


起源:1240年のシュヴィーツ州

スイス国旗の歴史をたどると、1240年のシュヴィーツ州の旗にまでさかのぼります。

シュヴィーツとは

シュヴィーツは、スイス連邦の発祥となった3つの州のひとつです(他はウーリ州とウンターヴァルデン州)。

1240年、シュヴィーツ州は神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世から特権を授与された記念に、旗の上部隅に白い十字を加えました。これが、スイス国旗の十字の最初の登場と考えられています。

ちなみに「シュヴィーツ(Schwyz)」がそのまま現代の国名「Schweiz(ドイツ語のスイス)」の語源になっています。1つの州の名前が、国の名前と旗のシンボルになったわけです。

1339年、戦場で「白十字」の識別マーク

スイスの白十字が全連邦のシンボルとして使われた最初の記録は、1339年6月21日のラウペンの戦いです。

これはスイス連邦軍が敵(ハプスブルク家・ブルゴーニュ公国勢力)の軍と戦った大規模な戦闘で、スイス側の兵士たちは衣服に白い十字の布を縫い付けて識別シンボルにしました。

戦場での「敵味方識別マーク」が、後の国旗になった。これは世界の旗の起源としてはなかなか珍しいパターンです。ふつうは王家の紋章や宗教シンボルが旗のルーツになることが多いのです。

神聖ローマ帝国の戦旗から

さらにスイスの白十字のルーツを遡ると、神聖ローマ帝国の戦旗にたどり着く、という研究もあります。

中世ヨーロッパでは、赤地に白い十字が神聖ローマ帝国の戦旗として広く知られていました。帝国の各都市・領邦が、それぞれ独自の形にアレンジし、スイスもその継承者のひとつとして、白十字をシンボル化したというわけです。

ヨーロッパ中世の伝統を、現代まで継承してきた。スイス国旗の歴史的な重みです。


1848年は軍旗、1889年に「国旗」として法制化

スイスの白十字が「国旗」として正式に法制化されたのは、1889年12月12日のことです。意外と新しい話です。

1848年、まずは軍旗として

1848年9月12日、スイス連邦憲法が制定され、現在のスイスの近代国家としての枠組みが成立しました。

ただし1848年憲法には「国旗」としての規定はなく、軍旗(連邦軍の旗)として「赤地に白十字の正方形」が採用されたのが実際のところです。陸上での「連邦の国旗」としての公式な法制化は、まだ先のことでした。

1889年12月12日、連邦決議で正式国旗化

1889年12月12日、スイス連邦決議(SR 111)で、ようやく「国旗」として、そして寸法も含めて正式に制定されました。十字の各腕の長さは幅(太さ)よりも1/6長く(6:7の比率)、十字の中心は旗の中心と一致し、十字の端は旗の縁から離れる、と定められています。

国旗の寸法を、ここまで精密に法律で定める。スイスらしい徹底ぶりです。「6:7比の十字」という独特の比率も、世界の国旗のなかでスイス特有のディテールです。なお、2013年制定(2017年施行)の紋章保護法(Wappenschutzgesetz)では、十字と旗全体の比率も5:8と新たに規定されました。


「赤十字」── スイス国旗を反転した世界のシンボル

スイス国旗の世界的に最も重要な側面が、赤十字(Red Cross)との関係です。

世界中で見かける「白地に赤い十字」のマーク。病院、救急車、災害支援、戦地での人道支援。これは、スイス国旗の色を反転させたものです。

アンリ・デュナンの構想

1859年、スイス人実業家アンリ・デュナンは、イタリア統一戦争のソルフェリーノの戦いを視察し、約4万人の負傷兵が放置されている惨状を目撃します。

戦地で、敵味方を問わず負傷者を救う中立的な組織が必要だ。そう考えた彼は、1862年に著書『ソルフェリーノの思い出』を出版し、国際的な救援組織の創設を訴えました。

1863年、国際赤十字委員会

1863年10月、スイス・ジュネーブで国際赤十字委員会(ICRC)が創設されます。

新組織のシンボルとして選ばれたのが、スイス国旗の色を反転させた「白地に赤い十字」でした。これには、スイスの永世中立を象徴する旗にあやかって救援者の中立性を示すこと、赤と白のコントラストで遠くからでも識別しやすいこと、シンプルですぐ覚えられること、といった理由がありました。

敬意を表してスイス国旗を反転させた。このデュナンの構想は、150年以上経った今も、世界中で「人道支援」の最高峰のシンボルとして機能しています。

1864年、ジュネーブ条約

1864年8月22日、ジュネーブで国際条約(第一次ジュネーブ条約)が締結されます。「赤十字のマークを掲げる救援者は、戦闘の対象としてはならない」と国際法で定められました。

1つの国の旗が、人類全体の人道シンボルになる。スイス国旗は、その意味でも世界的に唯一の存在です。

イスラム圏では「赤新月(レッド・クレセント)」

ちなみに、イスラム圏では「十字」のシンボルがキリスト教と関連するとして、赤新月(Red Crescent)が使われています。白地に赤い三日月で、同じ機能を持つ姉妹組織です。


バチカンとの「正方形クラブ」

スイス国旗のもう一つの仲間が、バチカン市国の国旗です。

バチカン国旗の特徴

バチカン市国の国旗も1:1の正方形です。左半分が黄(金)、右半分が白で、中央に聖ペテロの鍵とティアラが描かれています。

正方形クラブはスイスとバチカンの2国のみというのは、世界の旗の世界で特殊な関係です。

実はスイスとバチカンには、もう一つ深い関係があります。スイス衛兵です。

スイス衛兵:ローマ教皇のボディーガード

スイス衛兵(Pontifical Swiss Guard)は、500年以上ローマ教皇のボディーガードを務めてきた組織です。1506年に教皇ユリウス2世が創設し、すべての隊員はスイス人カトリック男性です。赤・黄・青のストライプのカラフルなルネサンス様式の制服でも有名で、現在も約135人がバチカンで実働しています。

スイス人がバチカンの安全を守る。この関係が500年続いているのです。2つの「正方形国旗の国」は、現実の歴史でも深くつながっているわけです。


スイスの永世中立

スイス国旗の白十字は、スイスの永世中立とも切っても切れない関係にあります。

1815年、ウィーン会議

ナポレオン戦争後の1815年ウィーン会議で、スイスは「永世中立国」として国際的に承認されました。どの国とも軍事同盟を結ばず、どの戦争にも参加しない、しかし他国による侵略には軍事的に対抗する権利を持つ、という立場です。

この立場は、21世紀の現在まで200年以上、ほぼ完全に守られています。第一次・第二次世界大戦でも中立を維持し、国連加盟は中立性との両立を慎重に検討した結果、2002年と非常に遅くなりました。NATOにも加盟していません。

200年間、戦争に巻き込まれない国。この世界でも稀有な立場が、国旗の白い十字を平和のシンボルとして解釈することにもつながっています。

ただし2026年現在、ロシア・ウクライナ情勢を受けて、スイスの中立性のあり方が再検討されている段階です。200年の伝統が、新しい局面を迎えている、というのが現代の状況です。


ちなみに:「CH」というISO国コード

スイスの国際的な国コードは「CH」で、これは「Confoederatio Helvetica」(ラテン語で「ヘルヴェティア連邦」)の略です。

なぜラテン語かというと、スイスにはドイツ語・フランス語・イタリア語・ロマンシュ語という4つの公用語があり、どれかを優先すると他の言語話者から反発が出るためです。そこで中立的なラテン語を使う、という解決策がとられました。

多言語国家ゆえの中立性が、国コードにも表れている。細かいところまでスイスらしい配慮です。

ちなみに「ヘルヴェティア」とは、古代ローマ時代にスイスの土地に住んでいたケルト系の部族名です。スイス人にとって2,000年以上前から続くアイデンティティとして、今も生き続けています。


まとめ:正方形と十字と中立、そして赤十字の母

今回のスイス国旗のまとめです。

  • 赤い正方形地+中央に白いギリシャ十字(縦横同じ長さ、世界で2つの正方形国旗のひとつ)
  • 1240年、シュヴィーツ州が赤地に白十字を採用
  • 1339年、ラウペンの戦いでスイス連邦軍の識別マークとして全軍が使用
  • 起源は神聖ローマ帝国の戦旗(赤地に白十字)
  • 1848年連邦憲法では軍旗として採用、1889年12月12日の連邦決議で正式に「国旗」として法制化+寸法規定(腕の長さは幅の1/6長い、6:7比)
  • 赤十字(Red Cross)は1863年、アンリ・デュナンがスイス国旗の色を反転させて創設
  • 1864年第一次ジュネーブ条約で国際的な人道シンボルに
  • イスラム圏では赤新月(Red Crescent)として並列
  • バチカン市国と「世界に2つの正方形国旗クラブ」
  • 1506年からスイス衛兵がバチカン教皇を護衛、500年の関係
  • 1815年ウィーン会議以来の永世中立国
  • 国コード「CH」は中立的なラテン語「Confoederatio Helvetica」から

1つの国の旗が、世界の人道支援のシンボルになる。スイスの国旗は、世界中の医療・救援活動を、200年の中立とともに支え続ける、ものすごく特別な1枚です。