赤・白・黒の横三色、左に緑の三角形。スーダンの国旗です。色は汎アラブ色で、エジプト・シリア・イラクなどと同じ系統。でもこのスーダン国旗、「黒」の意味が特に深いのです。国名「スーダン」自体が「黒人の地」を意味するから。今回はそんなスーダン国旗の話です。


まずは構成のおさらい

スーダン国旗の構成は、次のとおりです。

  • 横3本の帯(上から):赤・白・黒
  • 旗竿側:緑の二等辺三角形(旗の高さに広がる)

色の意味は、以下のとおりです。

  • :独立闘争で流された血、犠牲者を悼む
  • :国民、光、楽観
  • :スーダンという国名そのもの(「黒人の地」の意)
  • :イスラム、農業、繁栄

4色のすべてにちゃんと意味があるというシンプルさですが、黒の意味が特に重いのが、スーダン国旗の特徴です。


「スーダン」 = 黒人の地

スーダン国旗の黒の意味を理解するには、国名の由来を知る必要があります。

アラビア語の「ビラード・アル=スーダン」

「スーダン(Sudan)」という名前は、アラビア語の「Bilād as-Sūdān(بلاد السودان)」を縮めたものです。これは「黒い人々の地」(Land of the Blacks)を意味します。「Bilād(土地)」と「as-Sūdān(黒い人々)」で、文字通り「黒人の土地」という直接的な国名です。

アラブ世界の伝統的呼び名

中世のアラブ世界(特に8〜15世紀)では、サハラ砂漠以南のアフリカ全体を「ビラード・アル=スーダン」と総称していました。サハラ以北のアラブ地域は「マグリブ」などと呼び、サハラ以南の黒人地域を「ビラード・アル=スーダン」と呼んでいたのです。

つまり「スーダン」は地名ではなく、地域全体の呼び名でした。現在のサヘル地帯一帯(西のセネガルから東のエチオピアあたりまで)を含む、広大な地域です。

現代スーダンの命名

19世紀後半、エジプト=トルコ・スーダン、その後英埃領スーダンとして現代の国境が形成されていくなかで、「スーダン」という総称が、特定の国の正式国名として固定されていきました。

もともとは「黒人地域」を指す広い言葉が、ひとつの国の名前になった。これが、スーダンの国名の経緯です。

国旗の「黒」

そして国旗の黒い帯は、まさにこの国名そのものを象徴しています。「我々は『黒人の地』であり、その誇りを国旗に刻む」というわけです。

アラブ世界の一員でありながら、アフリカ・黒人としてのアイデンティティも持つ。アラブ系とアフリカ系の両方の住民を抱える、スーダンの複雑な民族構成を表現しているわけです。


アラブ解放旗ファミリー

スーダン国旗の赤・白・黒の3色は、1952年のエジプト革命で生まれた汎アラブ三色、すなわちアラブ解放旗の系統です。

アラブ解放旗とは

1952年7月、ガマール・アブドゥル=ナーセル率いる自由将校団がエジプト革命を成功させ、赤・白・黒の3色を新国旗として採用しました(エジプト記事で詳しく書きました)。その意味は、赤が独立闘争の血、白が革命の純粋さ、黒が闇の時代の克服です。

このアラブ解放旗は、その後アラブ各国の革命的・共和主義的な国家に広がりました。エジプト(1952年)は赤・白・黒にサラディンの鷲、シリア(1958年〜)は赤・白・黒に星、イラクは赤・白・黒にタクビール、イエメンは赤・白・黒(シンボルなし)、スーダンは赤・白・黒に緑の三角、リビア(一時期)は赤・白・黒に黒い星、といった具合です。

1950〜70年代のアラブ革命の時代が、これらの旗を生んだわけです。

スーダンの差別化:緑の三角

汎アラブ三色を採用した国々が、どうやってお互いの旗を差別化するかというと、エジプトはサラディンの鷲を中央に、シリアは2つの緑の星(旧)や3つの赤い星(新)を、イエメンはシンボルなしで、そしてスーダンは旗竿側に緑の三角を置きました。

スーダンは三角形を使って独自のアイデンティティを出すという選択でした。緑の三角は「イスラム」「農業」「繁栄」を表す、と公式に説明されています。

同じ色だが、形で違いを出す。なかなかセンスのある設計です。


1969年クーデタが旗を変えた

スーダンの現在の旗が採用されたのは、1970年5月20日です。それ以前は、まったく違うデザインでした。

1956年独立時の旗:青・黄・緑

スーダンは1956年1月1日、エジプトとイギリスの共同統治から独立しました。その時の国旗は、上が青(ナイル川)、中が黄(サハラ砂漠)、下が緑(農業地帯)でした。

国土の地理を3つの色で表すという、ガボン国旗のような地理的な解釈の旗でした。

ところが、この旗は1956年から1970年まで、わずか14年間しか使われませんでした。

1969年5月、ニメイリ革命

1969年5月25日、ガーファル・ニメイリ大佐が軍事クーデタ、いわゆる「5月革命」で政権を掌握。スーダンをスーダン民主共和国と改称し、社会主義・汎アラブ主義路線を打ち出しました。

1970年5月20日、新国旗

ニメイリ政権は「新国家には新国旗が必要」として、国民から旗のデザインを募集しました。

数百件の応募作のなかから、芸術家アブデル・ラーマン・アハメド・アル=ジャリの作品が選ばれます。現在の「赤白黒+緑三角」の旗です。

選出理由は、アラブ世界の一員としてのアイデンティティ(赤白黒の汎アラブ三色)、イスラム諸国との連帯(緑)、そしてアフリカ・黒人としての誇り(黒い帯)でした。

アラブ、イスラム、アフリカをひとつの旗で同時に表現するという、スーダンの三重のアイデンティティが反映された設計でした。


2011年7月9日、南スーダン分離

スーダン国旗を語るうえで欠かせない現代の重要な出来事が、南スーダンの分離独立です。

南北の対立

スーダンは独立以来、北部(アラブ系・イスラム教徒)と南部(アフリカ系・キリスト教徒/伝統宗教)の対立を抱えてきました。第一次スーダン内戦は1955年から1972年、第二次スーダン内戦は1983年から2005年で、後者は約200万人の死者を出した世界最悪級の人道危機でした。

2005年包括的和平協定

2005年1月、包括的和平協定(CPA)で第二次内戦が終結。「南部に6年間の自治を与え、その後住民投票で独立か否かを決める」という合意でした。

2011年、住民投票と独立

2011年1月の住民投票で、南スーダン住民の98.83%が独立に賛成。2011年7月9日、南スーダン共和国として正式に独立しました。

これでスーダンは2つに分かれました。北はスーダン共和国(首都ハルツーム)、南は南スーダン共和国(首都ジュバ)です。

南スーダン国旗

南スーダンも独立に伴って、新しい国旗を採用しました。赤・白・黒の横三色(北スーダンと色は近い)に、旗竿側に青の三角、中央に黄色い大きな星を配したものです。

北は緑の三角、南は青の三角と星。双子のような国旗で、似ているけれど明確に違うという関係性です。

両国の旗を並べると、次のようになります。

スーダン(北)南スーダン
横三色赤・白・黒黒・赤・緑(白い細帯入り)
三角の色
中央のシンボルなし黄色い星

実際には南スーダン国旗のほうがケニア国旗に近い色構成で、「北の汎アラブ路線とは決別する」という意思表示にも見えます。


「アラブとアフリカの間で」

スーダンの位置づけは、現在も微妙です。

地理・人口

スーダンはアフリカ大陸の北東部にあり、北はエジプト、東は紅海、西はチャド・リビア、南は南スーダンに接しています。人口は約4,800万人(南スーダン分離後)で、アラブ系(約70%)とアフリカ系(30%)の混合です。

国際的な位置づけ

スーダンは、アフリカ連合、アラブ連盟、イスラム協力機構の加盟国です。

アフリカ・アラブ・イスラムの3つの軸に同時に属するという、ちょっと複雑な立ち位置です。国旗の3色と緑がまさに、この三重のアイデンティティを表現しているわけです。

現在の苦境

2023年4月から、スーダンでは新たな内戦、すなわちスーダン政府軍と迅速支援部隊(RSF)の戦いが勃発しています。首都ハルツームを含む全土で激しい戦闘が続き、数百万人が国外避難する深刻な人道危機が発生中です。

国旗そのものは変わっていませんが、国の安定がふたたび大きく揺らいでいる状況です。


ちなみに:「スーダン」の発音について

日本では「スーダン」と書きますが、現地アラビア語では「アッ=スーダーン」(اَلسُّوْدَان)と発音されます。先頭の冠詞「al(アル)」が「s」音に同化して「アッ=」になる、というアラビア語のルールです。

英語では「Sudan」と書いて「スーダン([suːˈdæn])」と発音します。

国名の読み方ひとつにもアラビア語のルールが反映されているあたり、スーダンのアラブ世界での位置づけを感じる部分です。


まとめ:3つのアイデンティティが、4色に込められている

今回のスーダン国旗のまとめです。

  • 赤・白・黒の横三色+旗竿側の緑の二等辺三角形
  • 1970年5月20日採用、芸術家アブデル・ラーマン・アハメド・アル=ジャリの設計
  • 赤は独立闘争の血、白は国民と光、黒は国名「スーダン」そのもの(「黒人の地」)、緑はイスラム・農業
  • 国名「スーダン」はアラビア語「ビラード・アル=スーダン(黒人の地)」から
  • 中世のアラブ世界で「サハラ以南のアフリカ全体」を指す呼称が、現代の国名に
  • 1952年エジプト革命由来の「アラブ解放旗」系統(エジプト・シリア・イラク・イエメンと同じ色構成)
  • 1956〜1970年は青・黄・緑(ナイル・サハラ・農地)のまったく違う旗
  • 1969年ニメイリ革命で新国旗デザイン公募、1970年に汎アラブ三色+緑三角を採用
  • 2011年7月9日、南スーダンが分離独立(赤白黒+青三角+黄星)
  • アフリカ・アラブ・イスラムの三重のアイデンティティを表現

国の名前そのものが、旗の色になっている。スーダンの旗は、国家の核心的なアイデンティティを直接的に表現する、稀有な1枚です。