青・金・緑の縦三色のなかに、3つの緑のダイヤモンドがV字を描く。「カリブの宝石(Jewels of the Caribbean)」と呼ばれるセントビンセント・グレナディーンの国旗です。3つのダイヤモンドは、国名「Vincent」の頭文字Vを表しています。そしてこの旗のデザイナーは、なんとジュネーブ州旗やオリンピックのピクトグラムも手がけたスイス人でした。今回はそんなセントビンセント・グレナディーン国旗の話です。


まずは構成のおさらい

セントビンセント・グレナディーン国旗の構成は、次のとおりです。

  • 左から右への縦三色:青(細い、1)、金=黄(広い、2)、緑(細い、1)
  • 中央の金色の帯:3つの緑のダイヤモンド(V字配置)

色とシンボルの意味は、以下のとおりです。

  • :空と海
  • 金(黄):砂、太陽の輝き、島民の明るい精神
  • :豊かな植生、活力
  • 3つの緑のダイヤモンド:カリブの宝石としての島々

3本の縦帯の幅の比率は1:2:1で、中央の黄色が両端の2倍幅の、いわゆるカナディアン・ペール式です。国旗全体の縦横比は2:3で、カナダ国旗のメープルリーフを除いた基本構造と同じになっています。


「V字」のダイヤモンド ── 国名そのもの

国旗の中央にある3つの緑のダイヤモンドは、V字を描いて配置されています。これには意味があります。

Vincent(ビンセント)の「V」

V字は、国名「Vincent」の頭文字です。シンプルだけれど力強いシンボリズムです。

「アンティル諸島の宝石」「カリブの宝石」

3つのダイヤモンド形が表現するのは、国の愛称です。セントビンセント・グレナディーンには、「アンティル諸島の宝石(Gems of the Antilles)」「カリブの宝石(Jewels of the Caribbean)」という愛称があります。

この国は、小アンティル諸島のウィンドワード諸島に位置する島嶼国家で、透明な海、白砂のビーチ、緑豊かな自然で知られています。「カリブで最も美しい島々のひとつ」としての自負が、ダイヤモンドのシンボルに込められているわけです。

国名の頭文字と国の愛称を、3つのダイヤモンドひとつで同時に表現する、なかなか凝った設計です。


デザイナーは、スイス人

セントビンセント・グレナディーン国旗のデザイナーは、ジュリアン・ヴァン・デル・ヴァル(Julien van der Wal)です。

彼はスイス人で、カリブの島国の国旗をヨーロッパのグラフィック・デザイナーがデザインした、というのはちょっと珍しい話です。

ヴァン・デル・ヴァルの実績

ヴァン・デル・ヴァルは、スイス連邦のジュネーブ州(カントン)の旗や、オリンピックのスポーツアイコン(ピクトグラム)の設計に関わり、スイスの各種公的紋章・ロゴも手がけてきました。

ヨーロッパでは知られたグラフィック・デザイナーが、カリブの国旗を依頼された、という構図です。国旗が完全にグローバルなデザイン仕事として扱われた例として、面白いケースです。


1985年、新旗への変更

セントビンセント・グレナディーンの国旗が現在の姿になったのは、1985年10月12日のことです。独立から6年後の、比較的最近の変更でした。

1979〜1985年の独立直後の旗

セントビンセント・グレナディーンは、1979年10月27日にイギリスから独立しました。

独立直後の国旗は、現在のデザインとは違っていました。青・黄・緑の縦三色は同じでしたが、中央の黄色の帯に国章(パンの実の葉や紋章)が描かれた、もう少し複雑で紋章入りのデザインだったのです。

1984年の政権交代

1984年7月の選挙で新民主党(NDP)が勝利し、1984年7月25日、ジェームズ・フィッツアレン・ミッチェルが新首相に就任しました。

ミッチェルは「国旗をもっとモダンに、シンプルにしたい」として、国旗のリデザインを決定しました。

全国コンテストからスイスへ依頼

最初は全国の市民から国旗デザインを公募しました。多数の応募作が集まりましたが、政府の審査では「どれも採用に値しない」と判断され、コンテストは結論が出ないまま終了します。

自国のデザイナーから決められなかったという状況で、政府は国際的な専門家に依頼することを決定しました。白羽の矢が立ったのが、スイスのヴァン・デル・ヴァルです。政府からの指示は、「現行旗の3色(青・黄・緑)を残し、シンボリズムを尊重しつつ、モダンな見た目に」というものでした。

そして1985年10月12日、ヴァン・デル・ヴァルが提案した「3つのダイヤモンド」のデザインが正式採用され、それまでの紋章を、シンプルなダイヤモンドのV字に置き換えたわけです。

カリブの国旗を、ヨーロッパの専門家が設計する。これは、現代のグラフィック・デザインの普遍性を象徴する事例です。


セントビンセント・グレナディーンという国

国名はちょっと長いですが、これは国土の構成をそのまま表したものです。

「セントビンセント」+「グレナディーン諸島」

セントビンセント島は本島で、面積344km²、人口の大部分がここに居住しています。グレナディーン諸島は、本島の南に連なる約32の小さな島々です。

国名は、「セントビンセント本島とグレナディーン諸島の連合」を表しています。島の名前と諸島の名前を、そのまま国名にした、というシンプルなネーミングです。

主要な島

グレナディーン諸島には、世界的に有名なリゾート地がいくつかあります。ベキア島はイルカ・クジラのウォッチングで知られ、マスティク島は王室御用達のリゾートで、ミック・ジャガーやデヴィッド・ボウイなどのセレブが別荘を構えました。カヌアン島はプライベート・リゾート、ユニオン島は観光のハブとして知られています。

人口は少ないが、世界的なリゾート地である、という典型的なカリブ独立国の経済構造です。

国情報

  • 正式名:セントビンセント・グレナディーン
  • 首都:キングスタウン
  • 面積:約389km²
  • 人口:約11万人
  • 公用語:英語
  • 加盟:イギリス連邦加盟国(チャールズ3世が国家元首)

カリブ独立国家の典型

セントビンセント・グレナディーンは、カリブの典型的な独立島嶼国家として、共通の特徴を持っています。

共通の歴史

歴史をたどると、15世紀はカリブ族の先住民の地で、17〜18世紀には英仏の植民地化競争が起こりました。奴隷貿易によってアフリカ系住民が大量に移住し、19世紀に奴隷制が廃止されます。20世紀には西インド連邦(1958〜1962)を経て独立へと進み、1979年にセントビンセント・グレナディーンが独立しました。

経済構造

経済の柱は観光業で、GDPの大部分を占めています。農業ではバナナが長らく主要輸出品で、「グリーン・ゴールド」と呼ばれ、モノカルチャーに近い経済構造の時期もありました。ほかに、法人税の優遇で外国企業を誘致するオフショア金融や、便宜置籍船による海運も収入源になっています。

言語・文化

公用語は英語ですが、実生活ではビンセント・クレオール英語(ジャマイカ英語に近い、英語ベースのクレオール)が使われています。音楽はカリプソ、ソカ、レゲエが盛んです。

「カリブ国家の縮図」とでも言える性格を持っています。


ちなみに:1812年スーフリエール火山噴火

セントビンセント本島には、スーフリエール山(La Soufrière)という活火山があります。1812年4月30日には大噴火が起こり、2,000人以上の死者を出しました。

そして、この噴火は世界史的にもちょっと重要です。1816年は「夏のない年」と呼ばれますが、これにはインドネシアのタンボラ火山噴火(1815年)の影響が大きいものの、スーフリエールの1812年噴火も寄与したとされています。この年、ヨーロッパや北米では異常気象が続きました。さらに、メアリー・シェリーがその異常な夏のジュネーヴで、有名な小説『フランケンシュタイン』を構想したという経緯もあります。

カリブの小さな島の火山が、ヨーロッパ文学史に影響を与えた、というのは、なかなかロマンチックな話です。

ちなみにスーフリエール山は2021年4月にも噴火し、国民の約20%が一時的に避難する大規模災害になりました。国旗の青と緑が表す自然のなかに、火山という危険も同居している、というのが、この島の現実です。


まとめ:3つのダイヤモンドが、国名と愛称を同時に表す

今回のセントビンセント・グレナディーン国旗のまとめです。

  • 青・金(広)・緑の縦三色に、中央に3つの緑のダイヤモンド(V字配置)
  • 1985年10月12日採用
  • デザイナーはスイス人グラフィック・アーティスト、ジュリアン・ヴァン・デル・ヴァル
  • 青は空と海、金は砂と太陽、緑は植生と活力
  • 3つのダイヤモンドのV字は、国名「Vincent」の頭文字と、「カリブの宝石」「アンティル諸島の宝石」の愛称
  • 1979〜1985年の独立直後の旗は、紋章入りのより複雑なデザインだった
  • 1984年7月の選挙で新民主党が勝利、7月25日にミッチェル首相が就任し国旗リデザインを決定
  • 全国コンテストが結論なく終了し、スイス人専門家に依頼
  • 国土はセントビンセント本島とグレナディーン諸島約32島
  • 1812年スーフリエール火山噴火は「夏のない年」(1816)に寄与、フランケンシュタイン誕生に間接的に関連

国名と愛称を、3つの宝石に込めた。セントビンセント・グレナディーンの旗は、シンプルな幾何学とロマンチックなシンボリズムを両立させた1枚です。