水色の空のなか、黒い三角形と金色の三角形がそびえる。カリブ海の島国セントルシアの国旗です。この2つの三角形は、ただの幾何学模様ではなく、実在する双子の火山ピトンを表しています。ユネスコ世界遺産にも登録された、カリブ海でもっとも象徴的な絶景です。そしてこの旗をデザインしたのは、画家ダンスタン・サン・オメル——カリブの芸術界で伝説的な人物でした。今回はそんなセントルシア国旗の話です。


まずは構成のおさらい

セントルシア国旗の構成は、次のとおりです。

  • 背景:水色(セルリアン・ブルー)
  • 中央:3つの三角形が重なる構成(外側に白い縁取り付きの黒い大きな二等辺三角形、その手前に重なる内側の金色=黄の三角形)

色とシンボルの意味は、以下のとおりです。

  • 水色:大西洋とカリブ海、空
  • 黄(金):太陽の輝き、繁栄
  • :アフリカ系住民、火山岩の色
  • :ヨーロッパ系住民、平和
  • 三角形:双子の火山ピトン(国の象徴)

三角形 = ピトン双子火山

セントルシア国旗の中央の三角形は、国土にある実在の双子の火山を表しています。

「ピトン」とは

ピトン(Pitons)は、フランス語で「尖った山」を意味する言葉です。セントルシア南西部の海岸にそびえる、双子の火山岩塊を指します。大きいほうがグロ・ピトン(Gros Piton)で標高771m、小さく尖った形のほうがプチ・ピトン(Petit Piton)で標高743mです。

カリブ海に直接そびえ立つ円錐形の火山で、海から急角度で立ち上がる、世界でも珍しい絶景として知られています。

ユネスコ世界遺産

ピトンは、2004年にユネスコ世界遺産(自然遺産)に登録されました。ピトンマネジメントエリアとして保護されており、成層火山の代表例として地質学的にも貴重で、固有種の植物・動物による生物多様性や、景観美が評価されています。

「カリブで最も美しい自然のひとつ」として、セントルシアのアイデンティティそのものになっています。

国旗の三角形=ピトン

旗のなかの黒い三角と金色の三角は、まさにグロ・ピトンとプチ・ピトンを抽象化したものです。大きい黒い三角形がグロ・ピトン、小さい金色の三角形がプチ・ピトンを表します(プチ・ピトンは実際には金色ではなく緑ですが、デザイン上は太陽の色になっています)。

実在の双子の火山を旗の中央に置くというデザイン判断は、カンボジアのアンコール・ワットやザンビアの鷲などと並んで、国土の象徴を旗に取り入れた稀有な例です。


デザイナー:ダンスタン・サン・オメル

セントルシア国旗の設計者は、ダンスタン・サン・オメル(Dunstan St Omer、1927-2015)です。カリブ海の美術界では伝説的な人物です。

どんな人物か

サン・オメルはセントルシア生まれの画家で、カトリック教会の壁画家として有名でした。カリブ各地の教会に多数の作品を残し、後年にはナイト爵位を授与されて「サー」となります。2015年5月3日、87歳で死去しました。

「カリブ海の宗教芸術の最高峰」として、現在も尊敬を集める存在です。国旗デザインのほか、絵画、モザイク、教会装飾など、生涯にわたって膨大な作品を残しました。

1967年、国旗デザイン

サン・オメルが国旗デザインを依頼されたのは、1967年、セントルシアがイギリスから自治権を得る時期でした。彼が提案した「水色に黒と金の三角、白縁」というデザインが採用されました。

画家としての美的感覚が、そのまま国旗になった、という設計です。ピトンを抽象化して三角形にし、島の歴史(アフリカ系と欧州系の混合)を黒と白に、カリブの海と空を青に表すという、画家らしい色彩と構図のセンスが光っています。


「黒と白」── 民族の調和

国旗の三角形が黒と白になっているのは、ピトンの色だけでなく、民族の意味も持っているからです。

セントルシアの民族構成

セントルシアの民族構成は、アフリカ系が人口の約85%(奴隷貿易で連れてこられた人々の子孫)、混血が約10%、インド系が約2%、ヨーロッパ系が約1%です。圧倒的にアフリカ系が多数という、カリブ独立国の典型的な民族構成になっています。

黒と白の象徴

旗のデザイナー、サン・オメルは次のように解釈しています。

「黒い三角は、島の祖先のアフリカ系住民を象徴する。白い縁取りは、ヨーロッパ系との調和を表す。両者が共存しているのが、セントルシア」

アフリカ系(黒)が中心にあり、ヨーロッパ系(白縁取り)と共存する、というメッセージです。ジャマイカ国旗が苦難を黒で象徴するのとは対照的に、セントルシアは民族の和解を強調しています。


1967年自治、1979年独立

セントルシアの国旗は、1967年と1979年の2段階で確定しました。

1967年、自治政府発足

1967年3月1日、セントルシアはイギリス連邦内の自治国家(英連邦準連合州)となり、同日に新国旗が初掲揚されました。

ただし、この時点ではまだ完全独立国ではなく、外交・国防はイギリスが担当していました。

1979年2月22日、完全独立

1979年2月22日、セントルシアは完全独立を果たします。イギリスから外交・国防の権限を取り戻し、セントルシアとしての主権国家になりました。

国旗は1967年のデザインを継続して使用しましたが、細部の修正が行われました。青の色合いをより明るいセルリアン・ブルーにし、三角形のサイズを微調整したのです。

12年前から使っていた旗を、独立国の旗としても引き続き使う、というかたちでした。


セントルシアという国

セントルシアは、カリブで最も特別な国のひとつとして、いくつかの記録を持っています。

国情報

  • 正式名:セントルシア(Saint Lucia)
  • 首都:カストリーズ
  • 面積:約617km²
  • 人口:約18万人
  • 公用語:英語
  • 準公用語:セントルシアン・クレオール語(フランス語系のクレオール)

英仏が14回入れ替わった島

セントルシアの興味深い特徴が、英仏の支配が14回入れ替わったことです。1605年にイギリスが最初に入植し、1635年にはフランスが獲得しました。以降、約160年間で14回も、英仏間で支配権が交代します。そして1814年、パリ条約で最終的にイギリス領になりました。

地理的にはイギリス領カリブ諸国の中心にありながら、文化的にはフランス文化も色濃い、という稀有な歴史です。現在も、生活レベルでは英語よりフランス語系クレオールが優勢、という状況です。

「人口当たりノーベル賞最多」の国

そしてセントルシアの最大の誇りが、人口当たりのノーベル賞受賞者数が世界で最多であることです。アーサー・ルイス(Arthur Lewis、1915-1991)が1979年にノーベル経済学賞を、デレック・ウォルコット(Derek Walcott、1930-2017)が1992年にノーベル文学賞を受賞しています。

人口18万人で、ノーベル賞受賞者2人。これは世界中で人口当たりのノーベル賞受賞者数として最高水準で、「9万人に1人がノーベル賞」というすごい記録です。カリブの小さな島が、世界の知的資源として大きな貢献をしている、ということを、セントルシア人は誇りに思っています。


ちなみに:女性の名前の国

「セントルシア」という国名は、キリスト教の聖人聖ルチア(Saint Lucy)にちなんで命名されました。

聖ルチア

聖ルチアは、シチリアのシラクサに生まれた女性殉教者(283-304年)です。キリスト教徒として迫害され、若くして殉教しました。名前は「光」を意味する「ルクス(lux)」に由来し、眼の守護聖人として崇敬されています。

「女性の名前の国」

「セントルシア」は、世界で唯一、女性の名前を国名にしている主権国家、と言われることがあります(諸説あり、北朝鮮=朝鮮民主主義人民共和国などにも女性形が混じる、といった議論もあります)。

女性聖人の名前を持つ独立国、というのも、世界の国名のなかでは独特の位置づけです。


まとめ:双子の火山と、民族の和解

今回のセントルシア国旗のまとめです。

  • 水色(セルリアン・ブルー)地に、黒い二等辺三角形(白い縁取り)、その手前に金色の三角形
  • 1967年3月1日採用(自治政府発足時)、1979年2月22日の独立で細部修正
  • デザイナーはセントルシア人画家ダンスタン・サン・オメル(カリブ宗教芸術の伝説的人物)
  • 水色は大西洋とカリブ海、黄は太陽、黒はアフリカ系住民・火山岩、白はヨーロッパ系・調和
  • 三角形は双子の火山ピトン(グロ・ピトンとプチ・ピトン、ユネスコ世界遺産2004年)
  • 1605年から英仏が14回支配権を入れ替えた島、1814年に最終的に英領
  • 人口約18万人、英語が公用語、フランス語系クレオールも広く使用
  • 人口当たりノーベル賞受賞者数が世界最多(アーサー・ルイス1979経済学、デレック・ウォルコット1992文学)
  • 国名は聖ルチアから(女性の名前の国)

実在する双子の火山が、国旗の中心にそびえる。セントルシアの旗は、国土の絶景と民族の調和を、シンプルな三角形で表現した1枚です。