黄色地に、胸へ銀の三日月(と十字)を載せた黒い鷲。シレジアの旗(紋章)です。ポーランド南西部を中心に、チェコやドイツにまたがる歴史的地域の旗で、この黒い鷲は、ポーランドのピアスト朝に連なるシレジア公の紋章です。ポーランドの国章の白い鷲と、同じ王朝の兄弟にあたる1枚。今回はそんなシレジアの旗の話です。
まずは構成のおさらい
シレジアの旗・紋章の構成は、次のとおりです。
- 紋章(歴史的シレジア/下シレジア):金(黄)地に、左を向いた黒い鷲。胸に銀の三日月、その中央に銀の十字
- 下シレジアの旗:白(上)と黄(下)
- 上シレジアの旗:黄(上)と青(下)
シンボルの意味は、以下のとおりです。
- 黒い鷲:シレジア公の紋章であり、主権の象徴
- 三日月と十字:ピアスト朝の目印
黄色地に、胸へ三日月を抱く黒い鷲。一度見たら忘れない、シレジアの象徴です。
「胸に三日月を抱く黒い鷲」
シレジア紋章の、最も特徴的なシンボルを見ていきます。
シレジアの鷲
金地に描かれた黒い鷲は、シレジア公ヘンリク1世(髭公)の紋章に由来します。その子、シレジア公ヘンリク2世(敬虔公)が1224年に用いた紋章がもとになっています。
三日月と十字
鷲の胸には、翼を横切る銀の三日月と、その中央に銀の十字が描かれています。これは13世紀初めから見られる、シレジアのピアスト朝の目印です。胸に三日月を抱く黒い鷲は、一度見たら忘れないシレジアの紋章です。
「ポーランドの白い鷲の、兄弟」
シレジア紋章の、はたログ的なつながりを見ていきます。
同じピアスト朝
シレジアを治めたシレジア・ピアスト家は、ポーランドの建国王朝ピアスト朝の一族でした。だからシレジアの黒い鷲と、ポーランドの国章の白い鷲は、同じ王朝の兄弟といえます。色は違っても、どちらも同じピアスト朝の鷲なのです。鷲はヨーロッパの紋章の王様で、ティロルの赤い鷲とも仲間です。
「国境をまたぐ地域」
シレジアという地域の特徴を見ていきます。
ポーランド・チェコ・ドイツ
シレジアは、歴史的に何度も主が変わった地です。ポーランド(ピアスト朝)からボヘミア(チェコ)、ハプスブルク(オーストリア)、プロイセン(ドイツ)へと移り、現在は大半がポーランド領になっています。残りの一部は、チェコ(チェコ領シレジア)とドイツに属します。ティロル(墺・伊)のように、シレジアも国境をまたぐ歴史的地域なのです。
上シレジアの個性
上シレジアは、石炭と工業で知られます。独自のシレジア語やアイデンティティをめぐる議論もあります(諸説あり)。
シレジアという地域
シレジアの基本情報です。
- 正式名:シレジア(Śląsk/Schlesien/Slezsko)
- 主要都市:ヴロツワフ(Wrocław、下シレジア)・カトヴィツェ(Katowice、上シレジア)
- 公用語:ポーランド語(チェコ領ではチェコ語、シレジア語も)
- 法的地位:主にポーランドの県(一部チェコ・ドイツ)
「ヴロツワフの街」
ヴロツワフは、「百の橋の街」とも呼ばれる、川と橋の美しい都市です。
まとめ:三日月を抱く黒い鷲、シレジア
今回のシレジア旗のまとめです。
- 紋章(歴史的シレジア/下シレジア):金地に左を向いた黒い鷲、胸に銀の三日月とその中央に銀の十字
- 下シレジアの旗は白(上)と黄(下)、上シレジアの旗は黄(上)と青(下)
- 黒い鷲=シレジア公の紋章(ヘンリク1世髭公に由来、1224年ヘンリク2世敬虔公の紋章がもと)
- 胸の三日月と十字=13世紀初めからのシレジアのピアスト朝の目印
- シレジアを治めたシレジア・ピアスト家は、ポーランドの建国王朝ピアスト朝の一族
- だからシレジアの黒い鷲とポーランドの国章の白い鷲は、同じ王朝の兄弟
- ティロルの赤い鷲とも仲間(鷲はヨーロッパ紋章の王様)
- ポーランド→ボヘミア(チェコ)→ハプスブルク→プロイセン→現在は大半がポーランド領
- 一部はチェコ領シレジアとドイツ、ティロルのように国境をまたぐ歴史的地域
- 上シレジアは石炭と工業、独自のシレジア語・アイデンティティの議論も(諸説あり)
- 主要都市ヴロツワフ(下シレジア)・カトヴィツェ(上シレジア)
胸に三日月を抱く、黒い鷲。シレジアの旗は、ポーランドの国章の白い鷲と同じピアスト朝に連なる、国境をまたぐ地域の誇りを込めた1枚です。