緑・黄・赤の縦三色のなかに、緑の小さな星。セネガルの国旗です。色は汎アフリカ色そのものですが、中央の緑の星は、初代大統領で詩人・哲学者として世界に名を残したレオポルド・セダール・サンゴールが、個人的に発案して加えたものです。「5つの大陸に開かれた国でありたい」という思想を、5つの星の先端に込めたというロマンチックな物語があります。今回はそんなセネガル国旗の話です。
まずは構成のおさらい
セネガル国旗の構成は、次のとおりです。
- 縦3本の帯(左から):緑・黄・赤
- 中央の黄色の帯:緑の五芒星
色とシンボルの意味は、以下のとおりです。
- 緑:希望、イスラム(国民の95%以上がイスラム教徒)、農業
- 黄:富、太陽、文化
- 赤:独立闘争で流された血、生命力
- 緑の星:5大陸、セネガルの世界への開放性
汎アフリカ色に独自の星を加えた構造で、マリ・カメルーン・ギニアなどと色構成は同じですが、緑の星があることで明確に区別できます。
汎アフリカ色 ── 3つの政党の色から
セネガル国旗の3色は、もちろん汎アフリカ色ですが、もうひとつ、国内の政治的な意味もあります。
3つの政党を統合した色
独立直前の1958年、セネガルでは3つの政党が合併して、後の独立指導者サンゴール率いるセネガル進歩同盟(UPS、Union Progressiste Sénégalaise)になりました(のちのセネガル社会党)。
| 色 | 党名 | リーダー |
|---|---|---|
| 緑 | セネガル民主ブロック | サンゴール系 |
| 黄 | セネガル民衆運動 | 別系統 |
| 赤 | セネガル社会行動党 | 別系統 |
3つの政党が1つに統合した記念に、それぞれの色を国旗に取り入れたという、独立直前の政治史を反映した構成です。ただしこの解釈は俗説的な側面もあり、公式には緑=希望、黄=富、赤=血の意味とされています。
そしてこれがたまたまエチオピア国旗由来の汎アフリカ色(赤・黄・緑)と一致していたため、国際的にも「アフリカ独立国としての連帯を示す旗」として機能することになりました。
国内の政治統合と、汎アフリカ連帯が同時に表現された。なかなか効率的な色の選び方でした。
マリ連邦という、短命な実験
セネガル国旗の物語を語るうえで絶対に欠かせないのが、1960年に短期間だけ存在した「アフリカ独立国家連邦」の試み、マリ連邦です。
1959年4月、マリ連邦結成
1959年4月4日、セネガルとフランス領スーダン(現マリ)が連邦を結成しました。これがマリ連邦(Mali Federation)です。首都はダカール(セネガル)、公用語はフランス語、指導者はサンゴール(セネガル側)とモディボ・ケイタ(スーダン側)。「アフリカ統合への第一歩」を理念に掲げました。
いずれは西アフリカ全体を統合するという、サンゴールとケイタの壮大なビジョンの始まりでした。
1960年6月、独立
1960年6月20日、マリ連邦はフランスから独立し、独立アフリカの一員となります。
1960年8月、わずか2ヶ月で破綻
ところが、わずか2ヶ月後の1960年8月20日、セネガルが連邦からの離脱を一方的に宣言しました。背景には、サンゴール(穏健派)とケイタ(左派)の政治路線の対立、連邦内の主導権争い、両国の経済構造の違いがありました。
理念は素晴らしかったが、現実の運営が機能しなかった。これが、マリ連邦の結末です。
そして1960年9月、フランス領スーダン側は「マリ共和国」として独立を続行します。「マリ」という名前は、現在のマリが引き継ぐことになりました。
新国旗の制定
連邦解体に伴い、セネガルは独自の新国旗が必要になりました。マリ連邦時代の旗(緑・黄・赤の縦三色+中央に黒いカナガ像)をもとに、基本の3色は維持しつつ、中央のカナガ像を撤去し、代わりに緑の五芒星を追加したのです。
マリ連邦の遺産を残しつつ、セネガル独自のシンボルを加えるというデザインでした。
サンゴール大統領と「緑の星」
セネガル国旗の中央の緑の五芒星は、初代大統領レオポルド・セダール・サンゴール個人の発案だと言われています。
サンゴールという人物
レオポルド・セダール・サンゴール(Léopold Sédar Senghor、1906-2001)は、20世紀アフリカでもっとも知性的な指導者のひとりでした。詩人・哲学者・文法学者(言語学者)・政治家であり、アイメ・セゼールらとネグリチュード運動を創始。フランスで教育を受けた知識人で、セネガル独立の父となり、1960年から1980年まで初代大統領を務めました。1980年にはアフリカ初の自主的退任を果たし、1983年にはアカデミー・フランセーズ初のアフリカ人会員に選ばれます。
詩を書く大統領、フランス語の最高峰の知識人として、世界的に知られた人物です。
ネグリチュード運動
ネグリチュード(Négritude)運動は、1930年代にパリで生まれた「黒人としての誇りと文化を肯定する思想運動」です。「黒人であることは美しい」とし、アフリカ文化の独自性を擁護し、植民地時代に押し付けられた価値観への抵抗を訴えました。
サンゴールはこの運動の中心人物として、アフリカ独立期の知的支柱になりました。
「普遍の文明」
サンゴールの最重要思想が、普遍の文明(Civilization of the Universal)です。「アフリカ文化の独自性を守りながら、世界中の文化と対話する。すべての文明が等価に交流する、開かれた世界を目指す」という思想でした。
閉じた民族主義ではなく、開かれた多文化主義。フランス文化を愛しつつ、アフリカ文化の独自性も保つという、サンゴールならではのバランス感覚です。
5つの星の先端=5大陸
そして、国旗の緑の星の5つの先端は、5大陸を象徴しています。自分の大陸であるアフリカ、旧宗主国フランスがあり文化的に深い関わりを持つヨーロッパ、そしてアジア、北米、南米です。
「セネガルは、世界のすべての大陸に開かれた国でありたい」というサンゴールのメッセージが、星のデザインに込められたわけです。
閉じこもらず、開かれている。これがサンゴールの哲学でした。それを国旗の中央に置くというのは、独立アフリカ国家としてかなり進歩的な選択でした。
ちなみに:「セネガル」の名前
「セネガル」という国名は、セネガル川から来ています。
語源には諸説あり、ベルベル人の言葉「Sanhaja」(ベルベル系の部族名)、ウォロフ語の「Sunu Gaal」(「我らのカヌー」)、セレル語の「Sénégal」などが挙げられます。
川の名前が国の名前になるというのは、世界の多くの国に共通するパターンです(ニジェール・ガンビア・コンゴなど)。
ダカールとセネガル
セネガルの首都ダカールは、西アフリカでもっとも文化的に開かれた都市として知られています。
ダカールの特徴
ダカールは大西洋に突き出したヴェルデ岬にあり、アフリカ大陸最西端にあたります。植民地時代から西アフリカのフランス文化の中心地であり、ダカール・ラリー(パリ・ダカール)のゴール地点としても有名でした(1979-2007年)。音楽(ンバラック)・ファッション・映画の中心地でもあり、高さ49mでアフリカ最大の像であるアフリカ・ルネサンス・モニュメントもあります。
アフリカと世界の交差点としてのダカール。この都市の性格は、サンゴールの「普遍の文明」思想とぴったり重なります。
「奴隷貿易の島」ゴレ島
ダカールの沖には、世界遺産の歴史的な島であるゴレ島があります。16〜19世紀には奴隷貿易の主要積出地で、「奴隷の家」と「帰らずの扉」、すなわち奴隷たちが大西洋を渡る前に最後に通った扉が残っています。ユネスコ世界遺産です。
負の歴史を忘れない場所として、世界中から人々が訪れる聖地のひとつです。サンゴールの思想は、こうした奴隷貿易の記憶への直接的な応答でもあったわけです。
1980年、サンゴールの「平和的退任」
セネガル国旗を語るうえで、もうひとつ重要なエピソードが、1980年12月31日にサンゴールが大統領を自主的に退任したことです。
アフリカ初の自主退任
当時のアフリカでは、大統領が死去・暗殺・クーデタ以外で退任することは、ほぼ皆無でした。長期独裁が当たり前の時代です。
そんななかでサンゴールは、74歳で「もう十分やった」として、平和的に後継者に権力を譲渡しました。後継者は副大統領のアブドゥ・ディウフ。退任後はフランスに渡り、詩作と学術活動に専念し、2001年にフランスで死去しました(享年95歳)。
民主主義の手本となるアフリカの指導者として、サンゴールは国際的に高く評価されました。
国旗のなかの「開かれた星」が、退任という形で実現された。そう読めるかもしれません。
まとめ:詩人大統領が、星に込めた世界への眼差し
今回のセネガル国旗のまとめです。
- 緑・黄・赤の縦三色+中央に緑の五芒星
- 1960年8月、マリ連邦解体・独立時に採用
- 緑は希望・イスラム・農業、黄は太陽・富、赤は独立の血
- 3色はセネガル進歩同盟(UPS)に統合された3政党(民主ブロック・民衆運動・社会行動党)にも対応するという俗説あり(公式には緑=希望、黄=富、赤=血)
- 同時に汎アフリカ色(エチオピア由来)でもある
- 緑の星は初代大統領レオポルド・セダール・サンゴールの個人発案
- 5つの先端は5大陸、セネガルの世界への開放性を象徴
- サンゴールの思想「普遍の文明」「ネグリチュード運動」を反映
- マリ連邦は1959年4月成立、1960年6月独立、8月にセネガル脱退(短命)
- サンゴールは詩人・哲学者・文法学者・アカデミー・フランセーズ初のアフリカ人会員(1983年)
- 1980年に自主退任(アフリカで稀有な平和的権力移譲)
- 国名「セネガル」はセネガル川から、首都ダカールはアフリカ最西端
詩人が大統領になり、世界への眼差しを国旗に込めた。セネガルの国旗は、アフリカ独立期の最も知的な指導者の思想を、5つの先端で表現した1枚です。