青地に金色の帆船シルエットが描かれ、左にはバスク・ブルターニュ・ノルマンディーの3つの紋章を縦に並べたカントンがあります。サン・ピエール島及びミクロン島の旗は、カナダ・ニューファンドランド島沖のフランス領の旗です。北アメリカ大陸に残る唯一のフランス領であり、ジャック・カルティエが1536年に到達した島でもあります。世界の旗のなかでも独特な1枚です。今回はそんなサン・ピエール島及びミクロン島旗の話です。
まずは構成のおさらい
サン・ピエール島及びミクロン島旗(非公式)の構成は、次のとおりです。
- 背景:青
- 中央:金色の帆船シルエット(グランド・エルミーヌ)
- 左側のカントン:縦に3分割の紋章
- 上:バスク旗(白地に赤い聖アンドリュー十字)
- 中央:ブルターニュ旗(白地に黒いハーミン斑点)
- 下:ノルマンディー旗(赤地に2頭の金のヒョウ=レオパード)
色とシンボルの意味は、以下のとおりです。
- 青:大西洋、海洋伝統
- 金の帆船:ジャック・カルティエの船グランド・エルミーヌ(1536年到達)
- 3つの紋章:島民のルーツであるバスク・ブルターニュ・ノルマンディーの3地域
フランス植民移民の3地域と探検船を組み合わせ、島民の起源を視覚化した1枚です。
「3つの故郷」 ── バスク・ブルターニュ・ノルマンディー
サン・ピエール島の、最も重要な意味を見ていきます。
バスク
バスク(Pays Basque)は、フランス南西部からスペイン北部にかけて暮らす民族です。伝統的な漁業・捕鯨で知られ、サン・ピエール島の歴史的な捕鯨遠征とも結びついています。
ブルターニュ
ブルターニュ(Bretagne)は、フランス北西部のケルト系地域です。ハーミン斑点(Hermine、テンの一種の模様)が伝統的な紋章で、航海・漁業の伝統を持ちます。
ノルマンディー
ノルマンディー(Normandie)は、フランス北西部の地域です。ヴァイキング系の血筋(ノルマン人)を引き、2頭の金のヒョウ(レオパード)の紋章で知られています。探検家の地でもあり、ジャック・カルティエもサン・マロ(ブルターニュ)の出身でした。
これら3地域がフランスから北米へ漁業や移住に渡った歴史こそが、サン・ピエール島の現代の起源です。
ジャック・カルティエの船「グランド・エルミーヌ」
旗中央の帆船を見ていきます。
ジャック・カルティエ
ジャック・カルティエ(Jacques Cartier、1491-1557)は、フランスの探検家です。サン・マロ(ブルターニュ)の出身で、3度の北米探検を行いました。セントローレンス川を遡り、ケベックやモントリオールを発見しています。
1536年6月15日、サン・ピエール島到達
そして1536年6月15日、カルティエがサン・ピエール島に到達しました。乗っていた船はグランド・エルミーヌ(Grande Hermine、大ハーミン)です。彼はこの島を「サン・ピエール(聖ペテロ)」と命名しました。国旗中央のシルエットは、この船を描いたものです。1536年の探検船が、現代の旗に生きているのです。
1982年 ── アンドレ・パテュレルのデザイン
サン・ピエール島旗の、現代版を見ていきます。
1982年、地元実業家が旗化
1982年、地元の実業家アンドレ・パテュレル(André Paturel)が旗として考案し、普及させました。紋章そのものは1960年代にレオン・ジョネが制作したもので、1947年の収入印紙の意匠が原型です。パテュレルはこの既存の紋章をシンプルな旗のかたちにまとめ、広めたのです。あくまで非公式の採用でした。
公式旗は仏三色旗
しかしフランス領であるため、公式旗はフランス三色旗のみです。政府機関ではフランス旗が掲げられますが、サン・ピエール島旗も政府ビルに併揚されることが多くあります。法律で禁止も認可もされていない、グレーゾーンの旗だといえます。
サン・ピエール島及びミクロン島という領土
サン・ピエール島及びミクロン島の基本情報です。
- 正式名:サン・ピエール島及びミクロン島(Saint-Pierre-et-Miquelon)
- 首都:サン・ピエール(Saint-Pierre)
- 面積:約242km²
- 人口:約5,800人
- 公用語:フランス語
- 法的地位:フランスの海外準県
北米唯一のフランス領
サン・ピエール島及びミクロン島は、北アメリカ大陸に残る唯一のフランス領です。カナダ・ニューファンドランド島から南へ約25kmの位置にあり、「北米のフランス」とも呼ばれます。
ニューフランスの最後の残り
サン・ピエール島は、世界史のなかでも特別な位置にあります。17世紀から18世紀にかけて、ここはニューフランス(ケベックやルイジアナなどを含む北米のフランス植民地帝国)の一部でした。1763年のパリ条約で、ニューフランスのほぼ全域がイギリスに割譲されます。しかしサン・ピエール島だけはフランス領のまま残りました。300年以上にわたるフランス領なのです。ケベックやルイジアナが失われても、サン・ピエール島だけがフランス領であり続けている。それが現代の状況です。
タラ漁の島
サン・ピエール島は、伝統的にタラ漁で栄えてきました。グランドバンク(ニューファンドランド沖)のタラ漁を生業とし、数百年の漁業伝統を持ちます。しかしタラ資源の枯渇により、その漁業は衰退しました。
禁酒法時代のアメリカ密輸
そして、意外な歴史もあります。1920年から1933年のアメリカ禁酒法時代、サン・ピエール島はアメリカへの酒密輸の中継基地となりました。「ラム酒の島」として一時的に繁栄したのです。
まとめ:3つの故郷、探検船の旗
今回のサン・ピエール島及びミクロン島旗のまとめです。
- 非公式旗:青地+中央の金色の帆船グランド・エルミーヌ+左カントンに3つの紋章(バスク・ブルターニュ・ノルマンディー)
- 公式旗:フランス三色旗
- 1982年、地元実業家アンドレ・パテュレルが現代版デザイン
- 青=大西洋、金の船=1536年6月15日ジャック・カルティエの到達
- 3つの紋章=バスク(捕鯨)・ブルターニュ(航海)・ノルマンディー(探検)の3地域から島民が移住
- バスク紋章:白地に赤い聖アンドリュー十字
- ブルターニュ紋章:白地に黒いハーミン斑点
- ノルマンディー紋章:赤地に2頭の金のヒョウ
- ジャック・カルティエ(1491-1557)はサン・マロ(ブルターニュ)出身
- 北アメリカ大陸に残る唯一のフランス領、カナダ・ニューファンドランド沖
- 1763年パリ条約でニューフランスがイギリスに割譲、サン・ピエール島だけがフランス領に
- 1920-1933年、アメリカ禁酒法時代の密輸中継基地として繁栄
- 面積約242km²、人口約5,800人
3つの故郷を1つの旗に。サン・ピエール島の旗は、北アメリカに残る唯一のフランス領として、ニューフランスの最後の遺産を体現する1枚です。