青・黄・赤の縦三色。ルーマニアの国旗、バルカン半島のラテン系国家の旗です。1989年のルーマニア革命では、国民が共産主義の紋章を旗から切り取り、穴の空いた旗が革命のシンボルになりました。ハンガリー1956年と並ぶ、20世紀東欧の革命の物語です。そしてモルドバ国旗とほぼ同じという、双子の旗を持つ1枚でもあります。今回はそんなルーマニア国旗の話です。
まずは構成のおさらい
ルーマニア国旗の構成は、次のとおりです。
- 縦3本の帯(左から):コバルトブルー・黄(金)・赤
- 比率:2:3
色とシンボルの意味は、以下のとおりです。
- 青:自由、空。モルダヴィア公国の伝統色(青地のオーロックス)
- 黄:正義、豊穣。ワラキア公国の伝統色(黄地のワシ)
- 赤:友愛、勇気、独立闘争の血
青=モルダヴィア、黄=ワラキア、赤=統一の血という、ルーマニア統一の歴史を3色に込めた1枚です。
1848年 ── 革命と縦三色の誕生
ルーマニア国旗の、現代の起源を見ていきます。
1848年革命
1848年、ヨーロッパ全土を揺るがした1848年革命が起こりました。ハンガリー・フランス・ドイツなどと同時に、ルーマニアでもワラキアやモルダヴィアで革命運動が広がります。「自由・正義・友愛」を旗印に、オスマン帝国やロシア帝国の支配からの解放を目指す運動でした。
パリの留学生たち
このころ、パリに留学していたルーマニアの学生たちが、フランス三色旗に着想を得ます。フランスのような縦三色旗をルーマニアにも、という思いから、フランス(青白赤)と区別するために青・黄・赤の配色が考えられました。
1848年7月、暫定政府の旗
そして1848年7月、ワラキア暫定政府が縦三色旗を採択しました。「Libertate, Dreptate, Frățietate(自由、正義、友愛)」という、フランス革命の理念を掲げた旗です。しかし1848年革命は失敗に終わり、ロシアとオスマンによって鎮圧されました。
1859年、ワラキアとモルダヴィア統一
1859年、ワラキアとモルダヴィアが連合し、ルーマニア連合公国が生まれます。アレクサンドル・ヨアン・クザが両国の公爵に同時就任したことが、ルーマニア統一の始まりとなりました。
1867年4月23日、縦三色の再制定
そして1867年3月26日、代議院が現代の縦三色(青・黄・赤)の配色を決議し、4月23日にニコラエ・ゴレスクの提案を正式に採択しました。青(旗竿側)・黄・赤の縦三色は、以後19世紀後半に国旗として定着していきます。1872年3月の「国章修正法」では国章のみが変更され、配色は変わりませんでした。共産時代を除き、基本配色は1867年以来変わっていません。
1989年12月、革命と穴の空いた旗
ルーマニア国旗の、20世紀最大の物語を見ていきます。
チャウシェスク独裁
1965年から1989年まで、ニコラエ・チャウシェスクの独裁が続きました。ルーマニア共産党書記長として24年間にわたり国を支配し、当時の国旗は青・黄・赤の黄色い帯の中央に共産党の紋章が入ったものでした。
1989年12月17日、ティミショアラ蜂起
1989年12月17日、ティミショアラで抗議運動が始まります。ラースロー・トーケーシュ牧師の逮捕に抗議するデモが、やがて全国へと拡大していきました。
1989年12月20日、「穴の空いた旗」
そしてティミショアラの抗議者たちは、国旗の中央にある共産党紋章をハサミで切り取りました。青・黄・赤の旗の中央にぽっかりと穴が空いたこの旗は、共産主義のシンボルを物理的に取り除いたものとして、革命の象徴となってルーマニア全土で掲げられました。
これはハンガリー1956年と全く同じパターンでした。33年を経て、東欧の革命旗は再び「穴の空いた旗」となったのです。
1989年12月25日、チャウシェスク処刑
1989年12月25日、クリスマスの日に、チャウシェスクと妻エレナが裁判で死刑判決を受け、同日処刑されました。ルーマニア共産主義の終焉でした。
1989年12月27日、新国旗
そして1989年12月27日、新政府(国民救済戦線)が新国旗を制定します。共産党紋章を完全に削除し、1867年版の青・黄・赤の純粋な3色旗を復活させました。
穴の空いた旗が、そのまま国旗になった。これがルーマニア革命の象徴的な瞬間です。
モルダヴィア+ワラキア ── 2つの公国の統一
ルーマニア国旗の、3色の起源を見ていきます。
モルダヴィア公国(青)
モルダヴィア公国(1346-1859)は、現在のモルドバとルーマニア東部にあたる地域です。伝統的な紋章は青地にオーロックスの頭で、これはモルドバ国旗の記事でも紹介しています。青がモルダヴィアの色です。
ワラキア公国(黄)
ワラキア公国(1290-1859)は、現在のルーマニア南部にあたります。伝統的な紋章は黄地にワシで、黄がワラキアの色です。
赤 ── 統一の色
そして赤は、両公国の統一闘争で流された血を表します。オーストリア・ハンガリー支配下にあったトランシルヴァニアの解放への希望も込められています。
青(モルダヴィア)+黄(ワラキア)+赤(統一)=ルーマニアというのが、現代の解釈です。
モルドバ国旗との関係
ルーマニア国旗とモルドバ国旗は、ほぼ同じデザインです。
| ルーマニア | モルドバ | |
|---|---|---|
| 色順 | 青・黄・赤 | 青・黄・赤(同じ) |
| 中央 | なし | 国章(オーロックス+ワシ) |
| 青の色合い | コバルトブルー(暗め) | エメラルドブルー(明るめ) |
「双子の国」
ルーマニアとモルドバは、事実上同じ民族・言語です。両国はルーマニア語を共有し、モルドバ人は事実上ルーマニア人だと言えます。歴史的なモルダヴィア公国が、ルーマニア東部とモルドバに分かれた結果です。
国旗がほぼ同じデザインであることは、同じ民族であることの証だというのが、両国の関係です。
ルーマニアという国
ルーマニアの基本情報です。
- 正式名:ルーマニア(România)
- 首都:ブカレスト(București、「小さなパリ」とも)
- 面積:約23.8万km²
- 人口:約1,900万人
- 公用語:ルーマニア語(ロマンス諸語、東欧で唯一のラテン系言語)
- 宗教:ルーマニア正教(約81%)
「東欧のラテン国家」
ルーマニアは、東欧で唯一のラテン系国家です。ルーマニア語はラテン語の子孫であり、フランス語・イタリア語・スペイン語・ポルトガル語と同じ系統に属します。これは紀元106年、ローマ帝国のトラヤヌス帝がダキアを征服した遺産であり、国名「ルーマニア」自体が「ローマの国」を意味します。東欧のなかで、ローマ帝国の遺産が言語に最も色濃く残るのがルーマニアです。
「ドラキュラの国」
ルーマニアには、世界的に有名な伝説、ドラキュラがあります。ブラム・ストーカーの小説『吸血鬼ドラキュラ』(1897)のモデルは、15世紀のワラキア公ヴラド・ツェペシュ(ヴラド3世)です。トランシルヴァニア地方のカルパチア山脈にあるブラン城は、「ドラキュラ城」として世界中の観光客を集めています。
「カルパチアの自然」
ルーマニアには、世界遺産級の自然があります。カルパチア山脈はヨーロッパ最大の原生林の一部を擁し、多数のヨーロッパ・ブラウン・ベアやオオカミ、リンクスが生息しています。ヨーロッパで野生動物が最も残る地のひとつです。
「東欧の経済成長」
ルーマニアは、21世紀に急速な経済成長を遂げています。2004年にNATO、2007年にEUに加盟し、IT産業や自動車産業が急成長しています。
ちなみに:日本との関係
ルーマニアと日本には、意外な深い関係があります。
1902年、外交関係樹立
1902年、ルーマニア王国と日本帝国が外交関係を樹立しました。アジアと東欧の両端に位置する国どうしが、20世紀初頭から交流していたのです。
「ルーマニアの森のクマ」
そして、ルーマニアの自然は日本でもよく知られています。ルーマニアの森のクマは日本の動物園や絵本にも登場し、ドラキュラ伝説も日本で人気です。
国旗の青はカルパチアの空、黄はドラキュラの黄色い闇、赤は吸血鬼の血、というイメージは冗談ですが、ルーマニアの文化的な魅力を物語っています。
まとめ:1989年の穴、1848年の革命
今回のルーマニア国旗のまとめです。
- 青・黄・赤の縦三色(コバルトブルー、2:3)
- 1867年4月23日、代議院がニコラエ・ゴレスクの提案で縦三色を採択(19世紀後半に定着、1872年の国章修正法でも配色は不変)
- 1989年12月27日、共産党紋章を完全削除し、1867年版を復活
- 起源は1848年、パリ留学のルーマニア学生がフランス三色旗に着想
- 1848年7月、ワラキア暫定政府が縦三色旗を採択(「自由・正義・友愛」)
- 青=モルダヴィア公国(青地のオーロックス)、黄=ワラキア公国(黄地のワシ)、赤=統一の血
- 1859年にワラキア・モルダヴィアが統一、ルーマニア連合公国
- 1965-1989年のチャウシェスク独裁、共産党紋章付きの国旗
- 1989年12月20日のティミショアラ蜂起で、抗議者が共産党紋章を切り取った「穴の空いた旗」が革命のシンボルに
- 1989年12月25日(クリスマス)、チャウシェスク処刑
- モルドバ国旗とほぼ同じ(青の色合いと国章の有無で区別)
- 東欧で唯一のラテン系国家、ルーマニア語はラテン語の子孫
- 国名「România」=「ローマの国」、紀元106年のトラヤヌス帝によるダキア征服
- ドラキュラ伝説(ヴラド・ツェペシュがモデル)、ブラン城が観光名所
- カルパチア山脈はヨーロッパ最大の原生林、野生動物の宝庫
- 2004年NATO加盟、2007年EU加盟
1989年の穴の空いた旗が、現代の国旗に。ルーマニアの国旗は、19世紀統一の3色と20世紀革命の物語を、最もシンプルなデザインに込めた1枚です。