左に白い三角形、その中に金色の太陽と3つの星。右側は青と赤の横二色。これがフィリピンの国旗です。そして戦時には青と赤が反転して、赤が上に来ます。世界で唯一、戦時に色が反転する国旗です。1898年、独立宣言と同時に誕生した、革命の旗でもあります。今回はそんなフィリピン国旗の話です。
まずは構成のおさらい
フィリピン国旗の構成(平時)は、次のとおりです。
- 左側(旗竿側):白い二等辺三角形
- 三角形のなか:中央に金色の8光線太陽、3つの頂点に金色の5角星3つ
- 右側(フライ側):上が青、下が赤
色とシンボルの意味は、以下のとおりです。
- 青(上):平和、真実、正義
- 赤(下):愛国心、戦士の勇気
- 白い三角形:平等、カティプナン(秘密結社)
- 金色の太陽:自由、独立、団結
- 太陽の8光線:スペイン総督府によって最初に戒厳令が敷かれた8つの州。革命の中心となった州(マニラ、カビテ、ブラカン、パンパンガ、ターラック、ラグーナ、バタンガス、ヌエバ・エシハ)です
- 3つの星:フィリピンの3大地理区分。ルソン島・ビサヤ諸島・ミンダナオ島です
革命の象徴を1枚の旗にすべて込めた、ラテンアメリカ系独立国家の典型的な、密度の高いデザインです。
「世界で唯一、戦時に反転する国旗」
フィリピン国旗の最大の世界的特徴は、戦時には色が反転することです。
平時 vs 戦時
| 状態 | 上の色 | 下の色 |
|---|---|---|
| 平時 | 青 | 赤 |
| 戦時 | 赤 | 青 |
つまり、戦争中は、旗を上下逆にして掲揚します。赤(戦士の勇気・血)が上に来て、青(平和)が下に来ることで、戦時状態の宣言を国旗そのもので示すのです。
国旗の上下で平時と戦時の状態を表すのは、世界の国旗のなかでフィリピンだけで、極めてユニークなシステムです。
実際の使用例
フィリピン独立戦争(1899-1902年、対米)や第二次世界大戦(1941-1945年、対日)では、戦時版で掲揚されました。平時は、青を上にした通常版です。
フィリピンの近代史は、戦時版で始まったというのが、特徴的な歴史です。
過去のうっかり事件
そして、外交イベントで間違って「戦時版」を掲げてしまう事件もあります。2010年9月の米中国連総会では、オバマ大統領との会合で、フィリピン国旗が逆さまに飾られて「戦時状態」に見えてしまいました。2019年6月12日のASEAN会議では、フェイスブックが逆さまの国旗画像を投稿し、フィリピン人から大量の指摘を受けました。
国旗を間違えただけで外交問題になりかねないというのは、世界でフィリピンだけが持つリスクです。
1898年6月12日 ── 独立宣言と国旗
フィリピン国旗の誕生は、1898年、スペインからの独立宣言にさかのぼります。
スペイン植民地時代
フィリピンは、1565年から1898年まで、約333年間スペインの植民地でした。「フェリペ2世」にちなんで「フィリピン」と命名され(スペイン語:Filipinas)、東南アジアで唯一のカトリック国家(ヨーロッパ植民地の影響)となりました。約333年の植民地時代は、アジアで最も長いものです。
エミリオ・アギナルド
エミリオ・アギナルド(Emilio Aguinaldo、1869-1964)は、フィリピン革命の指導者で、後にフィリピン第一共和国の初代大統領となった人物です。彼が自ら国旗をデザインしました。
国旗を縫った3人の女性
1898年5月、アギナルドの設計に基づいて、香港で3人の女性が国旗を縫いました。
- マルセラ・マリーニョ・アゴンシジョ(Marcela Mariño Agoncillo)
- ロレンザ・マリーニョ・アゴンシジョ(Lorenza Mariño Agoncillo、当時5歳の娘)
- デルフィナ・エルボサ・ナティビダ(Delfina Herbosa Natividad)
母と5歳の娘、そして家族の友人という、ハイチのカトリーヌ・フロン、パナマのマリア・オッサと並ぶ、ラテンアメリカ独立の女性ヒロインの物語です。
1898年5月28日、初めて掲げられる
1898年5月28日、アラパン(カビテ州)の戦いでスペイン軍に勝利した直後、新国旗が初めて公式に掲げられました。5月28日は、現在「国旗の日」(Araw ng Watawat ng Pilipinas)の始まりの記念日になっています(祝日ではなく記念日)。1994年の大統領令第179号により、5月28日から独立記念日の6月12日までが「国旗の日(Flag Days)」期間として指定され、全天候での国旗掲揚が義務付けられています。法定祝日は、6月12日の独立記念日です。
1898年6月12日、独立宣言
そして1898年6月12日、カビテのアギナルドの邸宅で独立が宣言されました。新国旗が独立のシンボルとして掲揚され、6月12日は現在のフィリピン独立記念日になっています。
フィリピンはアジアで最初に独立宣言した国であり(トーマス・ジェファーソンによる米国独立宣言から122年後)、アジアの独立運動の先駆けです。
ところが、すぐに別の植民地へ
フィリピンの独立は、しかし、すぐに新たな植民地化へとつながります。
1898年米西戦争
1898年の米西戦争で、アメリカがスペインに勝利しました。パリ条約(1898年12月10日)により、スペインはフィリピンの領有権をアメリカに譲渡します。対価は2,000万ドルで、フィリピン人の意思は無視されました。
1899-1902年、フィリピン・アメリカ戦争
1899年から1902年にかけて、フィリピン・アメリカ戦争が起こりました。アギナルド率いるフィリピン軍とアメリカ軍が、約3年間戦いました。フィリピン人犠牲者は約20〜100万人(推定に幅、諸説あり)にのぼります。アメリカが勝利し、フィリピンは1946年まで米領となりました。
「上を赤に」 ── 戦時版の誕生
そしてこの戦争中、フィリピン人は新国旗を「上を赤」に反転して掲げました。「戦時状態の宣言」であり、「自由のために、命を懸ける」という意思表示でした。
これが、「フィリピン国旗が、戦時に反転する」伝統の起源です。
1946年7月4日、完全独立
そして1946年7月4日、フィリピンがアメリカから完全に独立しました。国旗が公式に正式採択され、戦時版・平時版の伝統も継承されました。
太陽の8光線 ── 革命の8州
フィリピン国旗の8光線の太陽について見ていきます。
8つの州
1896年から1898年にかけてのスペインに対する革命で、最初に蜂起したのが、次の8つの州です。
- マニラ(Manila)
- カビテ(Cavite)
- ブラカン(Bulacan)
- パンパンガ(Pampanga)
- ターラック(Tarlac)
- ラグーナ(Laguna)
- バタンガス(Batangas)
- ヌエバ・エシハ(Nueva Ecija)
革命の8州を、8つの光線で表すというシンボリズムです。キューバ国旗の白い星やベネズエラ国旗の8つの星と並ぶ、ラテンアメリカ系独立国家の革命シンボルです。
「5月の太陽」 ── ラテンアメリカの系統
そしてフィリピン国旗の太陽は、アルゼンチン・ウルグアイの5月の太陽からインスピレーションを受けたという説もあります(フィリピン国家歴史委員会の解釈では、神話的な太陽や自由の光線を主たる由来とし、南米からの直接の影響は有力な「諸説」のひとつとしています)。5月の太陽は、ラ・プラタ連合(旧スペイン領南米)の独立シンボルであり、「新しい時代の夜明け」を意味しました。
スペイン領独立旗の伝統が、太平洋を越えてフィリピンへ伝わった、というように、フィリピンもスペイン植民地の独立旗の遺伝子を継承しています。
3つの星 ── 3大地理区分
フィリピン国旗の白い三角形の3つの頂点には、3つの金色の5角星があります。
3大地理区分
フィリピンの3大島嶼グループは、次のとおりです。
- ルソン島(Luzon):北部、最大の島で、首都マニラがある
- ビサヤ諸島(Visayas):中央部、約7,000の島々
- ミンダナオ島(Mindanao):南部、ムスリム多数派地域
3つの地域の団結を表すシンボルです。
「3つの星と1つの太陽」
フィリピンには、「3つの星と1つの太陽」(Tatlong Bituin at Isang Araw)という国民的な歌があります。国旗の太陽と3つの星を讃える歌で、「3つの星は3地域」「1つの太陽は革命と独立」を意味しています。
アメリカ国旗の影響
フィリピン国旗のデザインは、アメリカ国旗の影響を強く受けています。
共通点
白・青・赤の3色という配色や、三角形の中の太陽(アメリカ国章の摂理の目、すなわちピラミッドの上の目の影響)、星のシンボリズムなどが共通点です。
「アメリカへの感謝」 ── 諸説あり
そして、1898年以降の対米関係を見ると、アメリカは1898年の米西戦争でスペインからのフィリピン解放を支援したものの、すぐに新植民地化したという、複雑な感情があります。
アメリカへの感謝と抵抗の両方が国旗に込められている、という解釈もあります(諸説あり)。
フィリピンという国
フィリピンの基本情報です。
- 正式名:フィリピン共和国(Republika ng Pilipinas)
- 首都:マニラ(Manila、正確にはメトロ・マニラ)
- 面積:約30万km²
- 人口:約1.1億人
- 公用語:フィリピン語(タガログ語ベース)、英語
- 宗教:ローマ・カトリック(約80%)、イスラム教(約5%、主にミンダナオ)
「7,641の島々」
フィリピンは、約7,641の島々からなります。2016年の再測量で増加したもので(以前は7,107と数えられていました)、有人島は約2,000です。東南アジア最大の島嶼国家です。
「東南アジアで唯一のキリスト教国」
フィリピンには、意外な特徴があります。東南アジアでキリスト教徒が多数派の唯一の国なのです。約333年のスペイン植民地時代の影響によるもので、首都マニラのマニラ大聖堂・サン・アグスティン教会はユネスコ世界遺産になっており、聖週間には盛大な祭りが行われます。
アジアにありながら、ラテンアメリカ的なカトリック文化を持つという、世界でも珍しい文化的位置づけです。
ちなみに:日本との関係
フィリピンと日本には、歴史的なつながりがあります。
第二次世界大戦
1941年から1945年にかけて、日本がフィリピンを占領しました。マニラの戦い、バターン半島の戦い、レイテ沖海戦などが起こり、フィリピン人犠牲者は約100万人(推定)にのぼります。戦時版の国旗が掲げられた時代でした。
戦後の友好
戦後、日本とフィリピンは外交関係を回復しました。現在は多数の日本人観光客が訪れ、ODAによる経済援助も行われています。日本で就労するフィリピン人も多くいます。
戦時版の国旗が掲げられた歴史と、戦後の友好関係。これが現代の日比関係です。
まとめ:平時は青上、戦時は赤上
今回のフィリピン国旗のまとめです。
- 左の白い三角形(中央に金色の8光線太陽、3つの金星)に、右の青(上)と赤(下)の横二色
- 1898年5月28日、アラパンの戦いで初掲揚、1898年6月12日の独立宣言で正式に
- 1946年7月4日、米国からの独立後に正式採用
- デザイナーはエミリオ・アギナルド(フィリピン革命指導者・初代大統領)
- 縫ったのはマルセラ・アゴンシジョと娘(当時5歳)、デルフィナ・ナティビダ(香港で1898年5月)
- 平時は青上、戦時は赤上に反転。世界で唯一、戦時に色が反転する国旗
- フィリピン・アメリカ戦争(1899-1902)・第二次大戦(1941-1945)で戦時版が掲揚
- 青は平和・真実・正義、赤は愛国心・戦士の勇気
- 白い三角形は平等・カティプナン(秘密結社)
- 8光線の太陽はスペイン総督府に最初に戒厳令を敷かれた革命の中心8州(マニラ・カビテ・ブラカン他)
- 3つの星はルソン・ビサヤ・ミンダナオの3大地理区分
- 太陽はアルゼンチン・ウルグアイの「5月の太陽」の影響
- 三角形のデザインはアメリカ国章の「摂理の目」の影響
- 約7,641の島々、東南アジア唯一のキリスト教多数派国家
- 1898年のフィリピン独立宣言は、アジアで最初の独立宣言
平時と戦時で、上下が変わる。フィリピンの国旗は、戦争と平和を国旗そのもので語る、世界唯一の旗です。アジアの独立運動の先駆けの精神を、今も継承しています。