赤・白・赤の縦三色。ペルーの国旗は、アンデス文明・インカ帝国の地に建つ国の旗です。1820年、解放者ホセ・デ・サン・マルティンが、ピスコ港で見たフラミンゴの群れから着想を得たという、世界でも最もロマンチックな誕生伝説を持つ1枚です。赤と白はフラミンゴの色だ、というのが詩的な解釈です。今回はそんなペルー国旗の話です。
まずは構成のおさらい
ペルー国旗の構成は、次のとおりです。
- 縦3本の帯(左から):赤・白・赤
- 比率:2:3
色とシンボルは、以下のとおりです。
- 赤(両端):独立のために流された血、勇気
- 白(中央):純粋さ、平和
極めてシンプルな赤白赤の3色で、世界の国旗のなかでも最もミニマルなトリコロールのひとつです。ただし、政府旗・軍旗・国章旗では中央にペルー国章が描かれるという、複数のバリエーションがあります。
「フラミンゴの群れ」 ── 誕生の伝説
ペルー国旗には、世界でも最も詩的な誕生伝説があります。
1820年9月8日、ピスコ上陸
1820年9月8日、ホセ・デ・サン・マルティン(José de San Martín、1778-1850)率いる「解放遠征隊」が、ペルーのピスコ港に上陸しました。目的はペルーをスペインから解放することで、遠征隊はチリとアルゼンチンの統合軍でした。
フラミンゴの群れ
そしてサン・マルティンが砂浜を歩いているとき、砂浜から海に向かってフラミンゴの大群が飛び立ちました。フラミンゴの白い体と、赤いピンクの羽が、ペルーの空に広がります。
サン・マルティンはこの光景に感動し、「これこそが、新生ペルーの旗の色だ。赤と白だ」と語ったと伝えられます。こうしてフラミンゴの色からインスピレーションを得て、ペルーの国旗をデザインした、というのです。
「アブラハム・バルデロマール」の創作?
ただし、この伝説は、20世紀初頭にペルーの作家アブラハム・バルデロマール(Abraham Valdelomar、1888-1919)が書いた物語です。詩的な物語として広まったもので、史実かどうかは確認できず、諸説あります。
歴史家のあいだには、異なる説もあります。サン・マルティンはチリ国旗(赤白+星)から赤を、アルゼンチン国旗(水色白水色)から白を取ったという、解放軍の出身国へのオマージュとする説。当時のペルー先住民の伝統的な色彩から取ったという説。そして実際にフラミンゴから着想を得たとする説です。
史実は不明だが文化的に重要な伝説という点で、デンマークの「空から降ってきた旗」や、ハイチの「フランス国旗から白を引きちぎる」と並ぶ、世界の国旗の英雄物語といえます。
サン・マルティン ── 南米解放の父
ペルー国旗を設計したのは、ホセ・デ・サン・マルティンです。
「南米解放の3英雄」
サン・マルティンは、ボリバル、オイギンスと並ぶ、南米独立の3大英雄のひとりです。
| 解放した国 | 出身 | |
|---|---|---|
| サン・マルティン | アルゼンチン・チリ・ペルー(南部) | アルゼンチン |
| シモン・ボリバル | ベネズエラ・コロンビア・エクアドル・ペルー(北部)・ボリビア | ベネズエラ |
| ベルナルド・オイギンス | チリ | チリ |
1820年、解放遠征
サン・マルティンが1820年にペルー解放遠征を行ったのは、42歳のときでした。アルゼンチン軍とチリ軍の連合を率い、太平洋を北上してペルーに上陸します。そして1821年7月28日、ペルー独立を宣言しました。
1822年、ボリバルと会談、引退
1822年7月26日、サン・マルティンはエクアドルのグアヤキルでボリバルと会談します。しかし南米統合の方針で意見が対立し、サン・マルティンは引退してヨーロッパへ向かいました。ペルーの解放の完了は、ボリバルに委ねられます。
南米史上最大の政治会議のひとつとして、このグアヤキル会談は今も歴史家に分析される謎の会談です。
1850年、フランスで逝去
1850年8月17日、サン・マルティンはフランスで逝去しました(享年72)。故郷から遠く離れ、アルゼンチンから亡命同然の身での死でした。南米独立の英雄の、孤独な晩年です。
国旗のフラミンゴ伝説の主人公が、フランスで静かに逝ったというのは、サン・マルティンの寡黙で控えめな性格を象徴しています。
1820年10月21日 ── 正式制定
ペルー国旗が最初に正式制定されたのは、1820年のことです。
1820年版(オリジナル)
1820年10月21日、サン・マルティンが勅令で初代国旗を制定しました。斜めに4分割し、上下が白、左右が赤で、中央に月桂樹の冠と海・山・太陽を配したデザインでした。
1825年、現代版へ
そして1825年、シモン・ボリバルの時代にデザインが簡素化され、赤・白・赤の縦三色になります。以後、基本構造は変わっていません。
「3つの旗」
ペルーには、実は3つの公式国旗があります。
- 国旗(Bandera Nacional):赤・白・赤の3色のみ。民間人が掲揚するのはこのシンプルな3色旗だけです(ペルー外務省の規定により、民間の国章使用は厳格に制限されています)。
- 国章付き国旗(Pabellón Nacional):3色に加えて中央に国章を配したもの。政府機関・公官庁で使用されます。
- 軍旗(Estandarte Nacional):3色に中央の国章と四隅の月桂樹を加えたもの。軍隊や公的な式典で使用されます。
1つの国に3つの公式国旗というのは、世界でも珍しいものです。フィリピンの戦時・平時版や、パラグアイの表裏異意匠と並ぶ、複雑な国旗体系です。
ペルー国章 ── 自然の3要素
ペルー国旗の中央(国章付き版)に描かれるのが、ペルー国章です。
3区画
国章は3つの区画に分かれています。左上にはアンデス固有のラクダ科動物でペルー国獣のビクーニャ、右上にはマラリア治療薬の原料となる薬用樹のキナの木、下には豊穣の角(コルヌコピア)から金貨が溢れる様子が描かれ、これはペルーの鉱物資源(金・銀)を表します。
動物(自然)・植物(薬学)・鉱物(鉱業)という、ペルーの3つの天然資源を象徴する構成です。
「Lima」と「ペルー」
首都リマの元の名前は「Ciudad de los Reyes(王の都市)」でした。1535年にピサロが建設し、後に「Lima」へと短縮されます。これはケチュア語の「Limaq(話す人)」に由来します。
国旗のシンボルが、リマと先住民の融合を映している、というのがペルーの興味深い側面です。
ペルーという国
ペルーの基本情報です。
- 正式名:ペルー共和国(República del Perú)
- 首都:リマ(Lima)
- 面積:約128万km²(南米第3位)
- 人口:約3,400万人
- 公用語:スペイン語、ケチュア語、アイマラ語(3つの公用語)
- 宗教:ローマ・カトリック(約76%)
「インカ文明の地」
ペルーには、世界的に重要な歴史があります。15-16世紀のインカ帝国は南米最大の文明でした。ユネスコ世界遺産で世界新七不思議のマチュ・ピチュ、インカ帝国の首都で世界遺産のクスコ、世界遺産のナスカの地上絵、そして5,000年前の新大陸最古の都市文明であるカラル文明など、数多くの遺産があります。
国旗の赤白はアンデスの色であり、インカの伝統だ、という解釈もあります。
「アンデス山脈」
ペルーの国土は、大きく3つの地域に分かれます。西の海岸地帯(リマなど)は砂漠、中央のシエラ(山岳地帯)は標高4,000m以上のアンデス山脈、そして東のアマゾン熱帯雨林は国土の約60%を占めます。
「ピスコ」の発祥地
ペルーには、世界的な蒸留酒のピスコがあります。ブドウから作る蒸留酒で、カクテルのピスコ・サワーの主成分です。なお、その原産地をめぐってはチリとの論争があり、両国とも「ピスコ発祥地」を主張しています。
サン・マルティンがフラミンゴを見た港の名前「ピスコ」が、現代の蒸留酒の名前になっている、というのも興味深い偶然です。
「ケチュア語の地」
ペルーは、ケチュア語の主要な話者地域です。約400-500万人がケチュア語を話し、ボリビア・エクアドルと並びます。公用語3つのうちのひとつで、マチュ・ピチュなどケチュア由来の地名も数多くあります。
ちなみに:日本との関係
ペルーと日本には、特別な歴史的つながりがあります。
日系ペルー人
1899年、日本人移民が初めてペルーに渡りました。佐倉丸で約790人がカヤオ港に到着したのが始まりです。現在、約40-50万人の日系ペルー人がおり、これは南米でブラジルに次いで2番目に多い数です。1990年には、日系3世のアルベルト・フジモリがペルー大統領に選出されました(2000年まで在任)。
ペルー国旗の白は平和を表しますが、日系人とペルー社会の関係は複雑なものでもありました。20世紀の歴史です。
まとめ:フラミンゴから、独立の旗へ
今回のペルー国旗のまとめです。
- 赤・白・赤の縦三色(2:3)
- 1820年10月21日、サン・マルティンが初代国旗を制定(4分割版)
- 1825年、現在の赤白赤の縦三色に変更
- 設計者ホセ・デ・サン・マルティン(南米解放の3英雄の1人、アルゼンチン出身)
- 1820年9月8日、ピスコ港でフラミンゴの群れに着想を得たという伝説(アブラハム・バルデロマールの物語)
- 史実は諸説あり:チリ国旗の赤+アルゼンチン国旗の白の組み合わせ説も
- 赤=独立闘争の血・勇気、白=純粋さ・平和
- 3つの公式国旗:国旗(民間掲揚は国章なしの3色のみ)、国章付き国旗(政府機関)、軍旗(軍隊・公式式典)
- 国章は3区画:ビクーニャ(動物)・キナの木(植物)・豊穣の角と金貨(鉱物)
- インカ帝国の地、マチュ・ピチュ・クスコ・ナスカの地上絵
- 公用語はスペイン語・ケチュア語・アイマラ語の3つ
- 国土は海岸(砂漠)・シエラ(アンデス山脈)・アマゾン(熱帯雨林)の3地域
- ピスコ(蒸留酒)の発祥地、ピスコ・サワーの主成分
- 1899年から日本人移民、約40-50万人の日系ペルー人
- 1990-2000年、日系3世フジモリが大統領
ピスコ港のフラミンゴの群れから解放の旗が生まれたというペルーの国旗は、世界で最も詩的な誕生伝説を持つ1枚であり、アンデス文明と現代国家の融合を象徴しています。