赤・白・青の横三色。パラグアイの国旗は、一見すると典型的なラテンアメリカの三色旗です。しかし、表と裏では描かれた国章が違う、世界で唯一、表裏で異なる国旗です。表は国章(緑の月桂樹と黄色い星)、裏は財務省印(ライオンとフリジア帽)という、世界の国旗のなかで唯一無二の二面性を持つ1枚。今回はそんなパラグアイ国旗の話です。
まずは構成のおさらい
パラグアイ国旗の構成は、次のとおりです。
- 横3本の帯(上から):赤・白・青
- 比率:11:20(横長)
- 中央の白帯:表と裏で違う紋章
色とシンボルの意味は、以下のとおりです。
- 赤:正義、愛国心、勇気
- 白:純粋さ、団結、平和
- 青:自由、文明、寛大さ
そして、表裏で異なる紋章が描かれます。
- 表(Obverse):パラグアイ国章。緑の月桂樹+黄色い5角星+「REPUBLICA DEL PARAGUAY」
- 裏(Reverse):財務省印。フリジア帽+ライオン+「Paz y Justicia(平和と正義)」
「国連加盟国で唯一、表裏で別の紋章を持つ国旗」
パラグアイ国旗の最大の世界的特徴が、この両面異意匠です。
世界の国旗の99.5%は表裏同じ
世界の国旗は、ほぼ全てが表裏同じデザインです。透過して裏から見ると、左右反転して見えるだけで、製造上もデザイン上も、表裏同じが標準です。
パラグアイだけが「両面で完全に別の紋章」
サウジアラビア国旗(アラビア語の読みの方向を保つため両面別印刷)や、モルドバ国旗(2010年までは裏面に紋章なし、現在は反転紋章)、サハラ・アラブ民主共和国国旗など、表裏で非対称・微妙に異なる旗は他にも存在します。しかしパラグアイの国旗は、表と裏で「完全に別の独立した2つの紋章」(国章と財務省印)を配置している、国連加盟国で唯一の例です。正面(旗竿側を左に置いた時の前面)には国章、背面(同じ旗の裏側)には財務省印が描かれます。
1枚の布の表と裏に、別々の図案を縫うため、製造コストは2倍になります。世界の国旗のなかで最も製造が難しいデザインのひとつです。
表と裏の見分け方
旗を見るときは、通常は旗竿が左にある状態です。旗竿が左で見えるのが表(Obverse)の「国章」、旗竿が右で見えるのが裏(Reverse)の「財務省印」です。
国旗を1周回って見ないと、両方の紋章が見られないというのは、世界で唯一の特徴です。
表 ── 国章(緑の月桂樹と黄色い星)
ここからは、パラグアイ国旗の表面の国章を見ていきます。
デザインの構成
中央には、黄色(金)の5角星があり、1811年のパラグアイ独立を象徴しています(5月の星 / Star of May / Estrella de Mayo)。星の周囲は、勝利と平和を表す緑の月桂樹とオリーブの枝で囲まれた円形花輪です。外側の円には、「REPUBLICA DEL PARAGUAY」(パラグアイ共和国)の文字が記されています。
「5月の星」 ── 独立記念日
国章中央の5月星(Estrella de Mayo)は、1811年5月14〜15日のパラグアイ独立を記念しています。「5月」はラテンアメリカ独立運動の月であり、アルゼンチンやウルグアイも5月革命を経験しました。星は、国家のスタート、新時代の象徴です。
1つの星に独立の歴史を込めるのは、ラテンアメリカ独立旗の典型的な要素です。
裏 ── 財務省印(フリジア帽とライオン)
続いて、パラグアイ国旗の裏面の財務省印です。
デザインの構成
下部には、勇気と力を表す黄色(金)のライオンが描かれています。上部には、自由(共和主義のシンボル)を表す赤いフリジア帽があり、槍の先に乗っています。そして「Paz y Justicia」(平和と正義)の文字が記されています。
フリジア帽とライオン
フリジア帽は、フランス革命以来、共和主義・自由のシンボルです。古代ローマでは解放奴隷がかぶったもので、ニカラグア・ボリビア・アルゼンチンの国章にも見られます。「自由のシンボル」として、ラテンアメリカに広く採用されてきました。
ライオンは、勇気と力の象徴です。多くの紋章で守護獣として登場し、パラグアイ国民の戦士としての性格を象徴しています。
「Paz y Justicia」 ── 平和と正義
スペイン語の「Paz y Justicia(平和と正義)」は、国家の理念であり、国是的なフレーズです。
国旗の裏に国家の理念が書かれているのは、世界の国旗のなかで唯一の例です。ドミニカ共和国(聖書)、ハイチ(団結は力なり)、サウジアラビア(シャハーダ)などと並ぶ、文字を含む国旗のひとつでありながら、「裏側にしか文字がない」という特殊性を持っています。
「なぜ表裏が違う」 ── 19世紀の独裁者
パラグアイの「表裏異意匠」の起源は、19世紀の独裁者にさかのぼります。
ホセ・ガスパール・ロドリゲス・デ・フランシア
ホセ・ガスパール・ロドリゲス・デ・フランシア(José Gaspar Rodríguez de Francia、1766-1840)は、パラグアイ初代の最高指導者(在任1814-1840)でした。「エル・スプレモ」(最高なる者)を自称し、約26年間、絶対的な独裁を敷きました。
フランシアの政策
フランシアの政策は、極めて閉鎖的でした。外国との接触をほぼ完全に遮断し、外国人の入国とパラグアイ人の出国を禁止して、経済的な自給自足を進めました。その一方で、社会的平等は推進し、白人エリートの土地を没収しています。
「南米の北朝鮮」とも喩えられる徹底した鎖国体制を、1814年から1840年まで維持しました。
国旗の両面化
そしてフランシアの統治下で、国旗の表裏に異なる紋章を配置する慣行が確立しました。政府権威の象徴(国章)と経済権威の象徴(財務省印)の両者を、1枚の旗の表裏に配置し、「1つの国家に、2つの権威」を示したのです。
独裁者の政治的意図が、国旗の特異なデザインの起源になっている、というのがパラグアイの興味深い歴史です。
1842年、現行版の制定
1842年、フランシアの後継として執政官(Consul)に就任していたカルロス・アントニオ・ロペスらの執政政府が、現行版を制定しました(ロペスが正式に初代大統領に就任するのは1844年)。赤・白・青の横三色で、表裏異意匠というデザインです。以後、170年以上にわたって、基本構造は変わっていません。
2013年、デザインの微調整
2013年には、国旗の細部が更新されました。本来の1842年版に近い形に戻されましたが、両面異意匠は引き続き継続しています。
パラグアイの悲劇 ── 三国同盟戦争
パラグアイの近代史で最も悲しい出来事が、三国同盟戦争(パラグアイ戦争、1864-1870年)です。
「南米の世界大戦」
三国同盟戦争(Guerra de la Triple Alianza)は、アルゼンチン・ブラジル・ウルグアイの連合とパラグアイとの戦争でした。パラグアイの独裁者フランシスコ・ソラーノ・ロペス(カルロスの息子)の領土拡大策から始まり、約6年間続いた「南米史上最大の戦争」です。
史上稀な人口被害
戦争による人口被害は、世界史上でも稀なものでした。戦前のパラグアイ人口は約45万人でしたが、戦争終結時には約22万人にまで減少しました。約50%が死亡し、特に成人男性は約90%が戦死しています。世界史上、戦争で人口比が最も大きく失われた国家のひとつです。
国土の喪失
そしてパラグアイは、領土の約40%を失いました。アルゼンチン・ブラジルに広大な領土を割譲し、経済も壊滅しました。
国旗の「平和と正義」が、現実には繰り返し裏切られてきた、というのがパラグアイの近代史です。現代でも、戦争の傷跡が国民の集合的記憶に残っています。
パラグアイという国
パラグアイの基本情報です。
- 正式名:パラグアイ共和国(República del Paraguay)
- 首都:アスンシオン(Asunción)
- 面積:約40.7万km²
- 人口:約700万人
- 公用語:スペイン語、グアラニー語(2つの公用語)
- 宗教:ローマ・カトリック(約90%)
「グアラニー語」 ── 公用語の先住民言語
パラグアイの最大の特徴は、先住民言語が公用語になっていることです。グアラニー語は、グアラニー族(パラグアイ・南米の先住民)の言語で、1992年の憲法でスペイン語と並ぶ公用語になりました。南米で先住民言語が公用語となっている唯一の国であり、人口の約95%がグアラニー語を話します。
国旗の星(独立の象徴)というシンボルが、スペイン植民地時代以前の先住民文化との和解にもつながっています。
「内陸国」
パラグアイは、南米の内陸国です。海に面しておらず、ボリビアとともに南米の2つの内陸国のひとつです。パラナ川とパラグアイ川が、海への唯一のルートになっています。
「水力発電大国」
パラグアイには、意外な世界的記録があります。パラグアイ・ブラジル国境のパラナ川にあるイタイプ・ダムは、三峡ダムに次ぐ世界第2位の水力発電所です。パラグアイは電力の約100%を水力発電で賄い、約75%をブラジルに輸出しています。
国旗の青(水と自由)というシンボルが、現代のクリーンエネルギー大国としてのアイデンティティと重なります。
ちなみに:「アスンシオン」の意味
首都アスンシオンの名前は、キリスト教に由来します。「Asunción」は、聖母マリアの被昇天(Assumption)を意味し、8月15日の聖母被昇天祭にちなんで命名されました。1537年8月15日、スペイン人フアン・デ・サラサルによって建設されています。アスンシオンは「南米の母なる都市」とも呼ばれ、ここから多数の都市が派生しました。ブエノスアイレス、サンティアゴ・デル・エステロ、コリエンテスなどです。
アスンシオンが南米の主要都市の母であるというのは、世界史でも興味深い事実です。
まとめ:表裏で違う、世界唯一の国旗
今回のパラグアイ国旗のまとめです。
- 赤・白・青の横三色に、表裏で異なる紋章
- 1842年、執政官カルロス・アントニオ・ロペスらの執政政府が現行版を制定(ロペスは1844年に初代大統領就任)、2013年に微調整
- 国連加盟国で唯一、表(国章)と裏(財務省印)で完全に別の紋章を持つ国旗(サウジアラビア・モルドバなどに表裏微異の例はある)
- 表は国章で、緑の月桂樹+黄色い5角星+「REPUBLICA DEL PARAGUAY」
- 裏は財務省印で、金のライオン+赤いフリジア帽+「Paz y Justicia(平和と正義)」
- 5角星は1811年5月14-15日のパラグアイ独立の象徴
- フリジア帽は共和主義・自由のシンボル(フランス革命由来)
- 両面異意匠の起源は1814-1840年の独裁者ホセ・ガスパール・デ・フランシア(南米の鎖国体制)
- 赤は正義・愛国心・勇気、白は純粋さ・団結・平和、青は自由・文明・寛大さ
- フランス三色旗が原型(独立と自由の象徴)
- 1864-1870年の三国同盟戦争(パラグアイ戦争)で人口の約50%、成人男性の約90%が死亡
- 領土の約40%を失う、世界史上最も悲惨な戦争被害のひとつ
- グアラニー語(先住民言語)がスペイン語と並ぶ公用語(南米唯一)
- 内陸国、世界第2位の水力発電所イタイプ・ダム
- 首都アスンシオンは「南米の母なる都市」(1537年建設)
1枚の旗の表と裏に、別々の国の権威。パラグアイの国旗は、19世紀の独裁が生んだ二面性を現代まで継承する、世界の国旗のなかで唯一無二の1枚です。