濃い緑地に、左側の白い縦帯。緑の領域の中央に白い三日月と5角星。世界初の「イスラム共和国(Islamic Republic)」として宣言された国、パキスタンの国旗です(1956年憲法による。なお歴史的なイスラム国家や、サウジアラビアなど近代でイスラム教を国教とした国家には先例があります)。緑=ムスリム多数派、白縦帯=宗教少数派という、国家アイデンティティそのものを2色で表現した1枚です。ムハンマド・アリー・ジンナー率いるムスリム連盟の党旗を基に作られた、現代国家の旗の代表例でもあります。今回はそんなパキスタン国旗の話。
まずは構成のおさらい
パキスタン国旗の構成は、次のとおりです。
- 左側(旗竿側)の白い縦帯:旗の1/4の幅
- 右側の濃い緑:旗の3/4の幅
- 緑の領域の中央:白い三日月(左下が開く)+白い5角星(三日月の開口部内)
色とシンボルの意味は、以下のとおりです。
- 濃い緑:イスラム教徒(ムスリム)多数派、繁栄、農業
- 白縦帯:宗教少数派(ヒンドゥー教徒・キリスト教徒・シーク教徒・パールシーなど)、平和、寛容
- 三日月:進歩、希望
- 5角星:光、知識
多数派(緑、3/4)と少数派(白、1/4)の共存という、パキスタン建国の理念をシンプルに視覚化したデザインです。
「世界初のイスラム国家」 ── 1947年8月14日
パキスタンの誕生は、世界史的に画期的なものでした。
「2つの国家論」
1940年代、英領インドの独立準備が進むなか、ムスリム連盟(All-India Muslim League)の指導者ムハンマド・アリー・ジンナー(Muhammad Ali Jinnah、1876-1948)は、次のように主張しました。「イスラム教徒は、ヒンドゥー教徒が多数派のインドのなかでは、少数派として権利が守られない。ムスリム多数派地域を、独立国家として分離すべきだ」。
これが2民族論(Two-Nation Theory)です。ヒンドゥー教徒の国がインド、イスラム教徒の国がパキスタンという考え方であり、宗教を基盤とした近代国家という、世界史でも極めて稀な国家形成原理でした。
1947年8月14-15日、独立と分割
1947年8月14日午前0時、パキスタンが独立します。国名「パキスタン」は「清浄の地」(ウルドゥー語・ペルシア語)を意味し、「P=パンジャブ、A=アフガン、K=カシミール、S=シンド、TAN=バルチスタン」の頭文字とする説もあります(諸説あり)。
そして1947年8月15日午前0時、インドも独立し、英領インドが2つの国家に分割されました。インドの分割(Partition of India)では、約1,500万人が国境を越えて移住し、史上最大規模の人口移動のひとつとなります。ヒンドゥー教徒・イスラム教徒・シーク教徒の宗教対立により、数十万〜100万人以上の死者が出ました。
パキスタン国旗の白縦帯=少数派の権利保護というシンボルは、この分割の悲劇への反省と、未来への約束でもあります。
デザイナーは「アミルッディーン・キドワイ」
パキスタン国旗の設計者を見ていきます。
アミルッディーン・キドワイ
設計者はアミルッディーン・キドワイ(Amiruddin Kidwai)です。全インド・ムスリム連盟の活動家で、ムスリム連盟の党旗を基に新国旗をデザインしました。
ムスリム連盟の党旗から
設計の基盤になったのは、ムスリム連盟の党旗(1937年から使用)です。濃い緑地に白い三日月と星を配したもので、「イスラム共同体のシンボル」とされていました。
「白い縦帯」を追加
キドワイは、ムスリム連盟の党旗に白い縦帯を追加しました。「新国家は、ムスリムだけのものではない」「国内の宗教少数派の権利も守る」という意味です。
1つの追加で、政党旗が国家旗に変わった。これは、アンゴラ・モザンビーク・南アフリカ・ジンバブエなどと並ぶ「独立運動の党旗が国旗になった」パターンですが、パキスタンの場合は「少数派への配慮」という追加要素が独特です。
1947年8月11日、制憲議会が承認
1947年8月11日、パキスタン制憲議会で国旗が正式承認されました。独立3日前のことで、キドワイのデザインが満場一致で採択されています。
1947年8月14日、独立と初掲揚
1947年8月14日午前0時、パキスタン独立と同時に新国旗が初めて公式掲揚されました。首都カラチ(当時)の独立式典でのことで、ジンナーが初代総督として就任しています。
ジンナー ── 「カイデ・アザム(偉大なる指導者)」
パキスタン建国の父、ムハンマド・アリー・ジンナーを見ていきます。
弁護士から政治家へ
ジンナーは、1876年12月25日にカラチで生まれました。ロンドンで法律を学び、イギリスで法廷弁護士資格を取得しています。当初はインド国民会議派でヒンドゥー・ムスリム協調を目指していましたが、1930年代にムスリム連盟へ移籍し、独立国家パキスタンを主張するようになります。そして1947年、パキスタン独立を実現しました。
「カイデ・アザム」
ジンナーの称号がカイデ・アザム(قائد اعظم、Quaid-e-Azam)です。ウルドゥー語で「偉大なる指導者」を意味し、パキスタン国民にとってのガンディーに相当する存在です。首都イスラマバードの国家記念建造物、紙幣、切手など、いたるところに肖像があります。
短い在任
しかし、ジンナーの在任は短いものでした。1947年8月14日に初代総督に就任しますが、1948年9月11日、71歳で逝去します。主因は長年患っていた肺結核(および肺炎)でした(ヘビースモーカーだったため肺癌の疑いを併発する記述もありますが、Britannica等の主流の伝記では結核が主因とされます)。在任はわずか13ヶ月でした。
国家を作っても、それを長く運営することなく逝去した。これがジンナーの悲劇であり、現代パキスタンの政治的不安定の遠因のひとつとも言われます。
三日月と星 ── イスラムの普遍的シンボル
パキスタン国旗の三日月と星は、イスラム諸国の共通シンボルです。
「月星」の系譜
トルコ記事で触れたとおり、月と星はイスラム諸国の共通シンボルです。トルコは赤地に白い月星(元祖、1844年)、チュニジアは赤地白円のなかに赤い月星、アルジェリアは白緑に赤い月星、マレーシアは赤白に黄色い月星、モーリタニアは緑地に黄色い月星を配しています。パキスタンは緑と白に白い月星です。アゼルバイジャン・ウズベキスタン・トルクメニスタンも、いずれも月星を用います。
「イスラム旗ファミリー」として、パキスタンも明確にこの系統に属しています。
パキスタン版の特徴
ただし、パキスタンの月星は、他のイスラム諸国とは色構成が違います。トルコ・チュニジアが赤地に白い月星、アルジェリアが白緑に赤い月星であるのに対し、パキスタンは緑地に白い月星と白縦帯という構成です。
緑に月星というのは、サウジアラビア(緑地に白いシャハーダ)と並ぶ、緑系イスラム旗の代表です。緑はイスラム教の聖なる色として、多くのイスラム諸国で使われています。
パキスタンという国
パキスタンの基本情報です。
- 正式名:パキスタン・イスラム共和国(اسلامی جمہوریہ پاکِستان、Islamic Republic of Pakistan)
- 首都:イスラマバード(Islamabad)
- 最大都市:カラチ(Karachi、約1,500万人)
- 面積:約79.6万km²
- 人口:約2.4億人(世界第5位)
- 公用語:ウルドゥー語、英語
- 宗教:イスラム教(約96%、主にスンナ派、約10-15%がシーア派)
「世界最大級のムスリム人口」
パキスタンは、世界でもっともムスリム人口が多い国のひとつです。インドネシアが約2.4億人、パキスタンも約2.4億人で、2023年国勢調査でインドネシアと並ぶか、近年の推計ではインドネシアを抜いて世界最大とする報道もあります。インドは約2億人(人口比約14%)、バングラデシュは約1.5億人です。
世界のムスリム人口の約12%がパキスタンに集まっているというのは、国旗の緑=ムスリム多数派のスケールを物語っています。インドネシアとほぼ同数か、近年の統計ではパキスタンが世界最大とも言われる、という状況です。
1971年、バングラデシュの分離
1971年、パキスタンの東パキスタン(現バングラデシュ)が分離独立しました。東西パキスタンの言語・文化的対立(東はベンガル語、西はウルドゥー語)が背景にあり、バングラデシュ独立戦争では約30万〜300万人の死者が出たとされます(推定に幅、諸説あり)。最終的に、インドの介入で東パキスタンがバングラデシュとして独立しました。
国旗のシンボリズム=ムスリム多数派の団結が、現実には民族と言語で分裂した。これがパキスタンの歴史的試練です。
「インドとの対立」
パキスタンの現代史は、インドとの繰り返される対立に彩られています。3度のインド・パキスタン戦争(1947、1965、1971)があり、カシミール紛争は70年以上続く領土問題となっています。両国とも核兵器を保有しており、世界の安全保障の重要な問題です。
国旗の緑と白の対比というシンボルが、現実には民族・宗教・地域の複雑な構造を抱えている、というのが現代パキスタンの姿です。諸説あり、評価は政治的立場により大きく異なります。
ちなみに:「国旗の歌」
パキスタンには、国旗の歌(Parcham-e-Sitara-o-Hilal)があります。「星と三日月の旗」という意味で、学校で歌われる愛国歌です。公式の国歌ではありませんが、国民的な歌として親しまれています。
`` Parcham-e-Sitara-o-Hilal Hum sub ka Quami Nishan (星と三日月の旗、我々全員の国家の象徴) ``
国旗そのものを歌った歌というのは、日本の君が代以上に直接的に国旗を讃える歌として、パキスタンらしい愛国心の表現です。
まとめ:緑のムスリム多数派と、白の少数派
今回のパキスタン国旗まとめ。
- 緑地(3/4)+左に白い縦帯(1/4)+緑領域に白い三日月と5角星
- 1947年8月11日、パキスタン制憲議会で承認、8月14日独立と同時に正式採択
- 設計者はアミルッディーン・キドワイ(ムスリム連盟活動家)
- ムスリム連盟の党旗(1937年-、緑地に白月星)に「白縦帯」を追加してデザイン
- 緑=ムスリム多数派・繁栄、白縦帯=宗教少数派・平和・寛容
- 三日月=進歩、星=光と知識
- 「2民族論」によりインドから分離独立、1956年憲法で世界初の「イスラム共和国」を宣言
- 建国の父はムハンマド・アリー・ジンナー(カイデ・アザム=偉大なる指導者)
- ジンナーは1948年9月11日、独立後わずか13ヶ月で逝去(主因は肺結核)
- 1947年の印パ分割で約1,500万人が移住、数十万〜100万人以上が犠牲
- インドネシアと並ぶ世界最大級のムスリム人口(約2.4億人、近年の統計では世界1位とも)
- 1971年、東パキスタンがバングラデシュとして分離独立
- インドとの長期的対立(カシミール紛争)、両国とも核兵器保有
- 国旗の歌「Parcham-e-Sitara-o-Hilal(星と三日月の旗)」がある
ムスリム多数派の緑と、宗教少数派の白を、1枚の国旗に共存させる。パキスタンの国旗は、現代国家の理念とアイデンティティの両方を、極めてシンプルに表現した、20世紀の独立国家旗の代表例です。