赤地に、白い縁取りの紺色の北欧十字。一見するとシンプルな北欧十字旗ですが、よく見ると6つもの他国の国旗が部分的に描かれているという、世界の国旗のなかで最も「沼」なデザインです。しかも、独立への100年の歩みを3色に込めた、北欧の歴史を体現する1枚でもあります。今回はそんなノルウェー国旗の話です。


まずは構成のおさらい

ノルウェー国旗の構成は、次のとおりです。

  • 背景:赤
  • 十字:白い縁取りのある紺色の北欧十字
  • 縦棒:旗竿側に寄っている(ダンネブロースタイル)

色とシンボルの意味は、以下のとおりです。

  • :デンマーク(過去の支配国)、北欧の伝統
  • :スウェーデンとの連合時代(1814-1905)の名残
  • 紺青:スウェーデン(連合時代の象徴)
  • 十字:キリスト教と、北欧諸国の共通アイデンティティ

過去の支配国を3色に分けて記憶するという、ノルウェーの複雑な独立の歴史を、デザインそのものに込めた旗です。


「国旗のなかに、他国の国旗が隠れている」

ノルウェー国旗の世界的な特徴は、6つの他国の国旗を部分的に内包していることです。

隠れている国旗

ノルウェー国旗の特定の部分を切り取ると、6つの他国の国旗が現れます。

  1. デンマーク国旗(赤地に白十字、ダンネブロー):白い縁取り部分
  2. フランス国旗(青・白・赤):水平方向のスライス
  3. オランダ国旗(赤・白・青):水平方向のスライス
  4. フィンランド国旗(白地に青十字):白い縁取りと青十字の部分
  5. インドネシア国旗またはポーランド国旗(赤・白):水平のスライス
  6. タイ国旗の一部(赤・白・青):特定の切り出し方

6つの国旗を内包する旗

「国旗の中に、6つの国旗が隠れている」というこの現象は、国旗マニアの間でflag inception(インセプション・フラッグ)として知られています。2018年にSNSで広く拡散し、「ノルウェー国旗で、世界中の国の国旗を作れる」というミームになりました。正確には、世界の国旗のいくつかは似た色構成を持つため、たまたま重なるというのが実情です。

意図的なデザインではなく偶然の一致というのが正確なところですが、ノルウェー国旗を見ながら他の国旗を見つけるゲームは、地理教育で実際に使われています。


1821年5月、議会で承認

ノルウェー国旗は、1821年に正式に制定されました。

フレドリック・メルツァー

設計者は、フレドリック・メルツァー(Fredrik Meltzer、1779-1855)です。ベルゲン(ノルウェー第2の都市)出身の商人・政治家で、ノルウェー国会(Storting)の議員でもありました。彼は1821年の国旗デザインコンテストに参加します。

1821年5月、国会で採択

1821年5月(5月11日とも16日とも言われます)、多数の応募案のなかからメルツァー案が選ばれ、国会(ストーティング)両院で採択されました。赤・白・青の3色に北欧十字を組み合わせたデザインです。

1821年7月17日、国王裁可

そして1821年7月17日、当時のスウェーデン=ノルウェー王カール14世ヨハンが国王として正式に承認・署名(裁可)しました。この日が正式な法制化日となります。これによってメルツァーの設計が最終確定し、以後200年以上、デザインは変わっていません。

1人の国会議員が国旗を設計したというのは、アルゼンチンのマヌエル・ベルグラーノ(軍人・政治家)やアメリカのベッツィー・ロス伝説と並ぶ、19世紀の典型的な国旗誕生パターンです。


「3色=3つの自由主義国」

メルツァーが3色を選んだ理由は、極めて政治的なものでした。

自由の3色

メルツァーは、国会で次のように説明しています。

「赤・白・青の3色は、今や自由を意味する3色である。フランス国旗の自由の旗、オランダ国旗、アメリカ合衆国国旗、英国国旗のユニオン・ジャック。すべて赤・白・青である」

つまり、世界の自由主義国家の標準色を採用することで、ノルウェーを自由主義国家として国際的に位置づけようとしたわけです。国旗の色選びが国際政治のメッセージになるというのが、メルツァーの設計思想でした。

同時に、過去の支配国も記憶

しかし、3色には同時に過去の支配国の象徴も込められていました。赤と白はデンマーク(ダンネブロー)を表し、14世紀から1814年までノルウェーを統治した国です。紺青はスウェーデンを表し、1814年から1905年までスウェーデン=ノルウェー連合を組んだ国です。

過去を否定せず、過去を内包しながら独立国家のシンボルを作るというのが、ノルウェー人らしい歴史観です。


デンマーク統治とスウェーデン連合 ── 400年の支配下

ノルウェー国旗の3色は、ノルウェーの400年に及ぶ被支配の歴史を反映しています。

14世紀-1814年、デンマーク統治

1397年のカルマル同盟によって、デンマーク・スウェーデン・ノルウェーがデンマーク王のもとに統合されました。1397年から1523年がカルマル同盟(スウェーデン離脱後はデンマークとノルウェー)、1523年から1814年がデンマーク・ノルウェー連合王国の時代で、約400年間、ノルウェーはデンマーク統治下にありました。首都はデンマークのコペンハーゲン、公用語はデンマーク語で、ノルウェー語は土着言語として残るのみでした。

1814年、スウェーデンへ

ナポレオン戦争後、デンマークがノルウェーをスウェーデンに割譲します。1814年5月17日、ノルウェーは独自憲法(エイドスヴォル憲法)を制定していったん独立を宣言し、クリスチャン・フレデリックを国王に選出しました。ところが夏に短いスウェーデンとの戦争(同盟戦争)を経て、同年11月にスウェーデン国王を共通の君主とする同君連合(キール条約の修正)を受け入れます。こうしてスウェーデン=ノルウェー連合王国(1814-1905年)が成立しました。

1905年、平和的独立

1905年6月7日、ノルウェーはスウェーデンから平和的に独立しました。国民投票で独立が圧倒的多数の支持を得て、戦争のない平和的な分離が実現し、ホーコン7世が初代国王となりました。

400年のデンマーク統治と91年のスウェーデン連合を経て、1905年に初めて完全独立を果たしたのです。国旗の3色は、この長い被支配の歴史を記憶しています。


「5月17日」 ── ノルウェー憲法記念日

ノルウェーで国旗が最も大切にされる日は、5月17日です。

憲法記念日

5月17日(シブテンデ・マイ、Syttende Mai)は、1814年のエイドスヴォル憲法制定を記念するノルウェー最大の祝日です。この日は国中で国旗が掲揚され、ベルゲンやオスロなどでは子供パレード(Barnetog)が行われます。学生や市民は民族衣装(ブナド、Bunad)を着て歩きます。

世界一国旗が好きな国

ノルウェー人は、国旗への愛着が世界でも特に強い国民です。5月17日には家・学校・職場・船・自動車にまで国旗を掲げ、誕生日や結婚式といった個人の祝い事でも国旗を掲揚します。ノルウェー人にとって、国旗は単なる象徴ではなく、家族の一員のような存在なのです。

デンマークのダンネブロー、ノルウェー国旗、アメリカ星条旗は、国民が日常的に国旗を掲揚する3大国家として知られています。


ノルウェーという国

ノルウェーの基本情報です。

  • 正式名:ノルウェー王国(Kongeriket Norge)
  • 首都:オスロ(Oslo)
  • 面積:約38.5万km²
  • 人口:約550万人
  • 公用語:ノルウェー語(ブークモール、ニーノシュクの2種)、サーミ語(北部)
  • 国家元首:ハーラル5世国王(在位1991年-)

「フィヨルドの国」

ノルウェーといえばフィヨルド(Fjord)です。ノルウェー海岸には1,000以上のフィヨルドがあり、ガイランゲルフィヨルドやネーロイフィヨルドはユネスコ世界遺産に登録されています。氷河が削った深い入り江で、山と海が直接接する独特な景観が広がります。

「世界一豊かな国のひとつ」

ノルウェーは、経済的に世界でもっとも豊かな国のひとつです。国民1人当たりGDPは世界トップクラス(約8万ドル)で、その背景には北海油田からの石油・天然ガス収入があります。国家年金基金(政府年金基金)は約2兆ドルを超える世界最大のソブリン・ウェルス・ファンドで、石油収入を将来世代のために運用することで「石油の呪い」を回避してきました。

ナウルやニジェールとは対照的に、資源を富に変えた国というのが、ノルウェーの特徴です。

「世界一幸福な国」 ── 諸説あり

ノルウェーは、世界幸福度ランキングでも常に上位に位置します。国連世界幸福度報告では長く上位を占め、2022年はフィンランド・デンマーク・アイスランドに次ぐ4位でした。2024年も北欧諸国が引き続き上位を占めています。

自由・福祉・経済・自然が揃った社会というのが、ノルウェーの幸福の源泉と言われます。


ちなみに:ノーベル平和賞だけがノルウェーで

ノーベル賞は、アルフレッド・ノーベルの遺言で設立された世界的な賞です。

5つの分野

物理学・化学・生理学医学・文学の各賞はスウェーデンで授与されますが、平和賞だけはノルウェーで授与されます。

なぜ平和賞だけノルウェー?

ノーベル(スウェーデン人)は遺言で、「平和賞は、ノルウェー国会(ストーティング)が指名する委員会が選定する」と記しました。その理由ははっきりとは書かれておらず、諸説あります。当時スウェーデン=ノルウェー連合だったためという説、ノルウェーが当時より平和主義的だったためという説、両国の友好を願ったためという説などです。

ノーベル平和賞がノルウェー国旗の下で発表されるというのは、世界平和の象徴として、ノルウェーの国際的なアイデンティティの重要な一部になっています。


まとめ:3色の自由、400年の歴史

今回のノルウェー国旗のまとめです。

  • 赤地に、白縁取りの紺色の北欧十字(縦棒は旗竿側)
  • 1821年5月に国会(ストーティング)両院で採択、7月17日にカール14世ヨハン国王の裁可で正式法制化
  • 設計者はフレドリック・メルツァー(Fredrik Meltzer、ベルゲン出身の商人・国会議員)
  • 赤と白はデンマーク(過去の支配、ダンネブロー)、紺青はスウェーデン(連合時代)
  • 「赤・白・青は世界の自由主義国家の標準色」というメルツァーの政治的意図
  • 国旗のなかに、デンマーク・フランス・オランダ・フィンランド・インドネシア(またはポーランド)・タイなど6つの他国の国旗が部分的に隠れている
  • 1397-1523年カルマル同盟、1523-1814年デンマーク・ノルウェー連合(約400年間デンマーク統治)
  • 1814-1905年スウェーデン=ノルウェー連合
  • 1905年6月7日、平和的にスウェーデンから独立
  • 5月17日(憲法記念日)は国民が国旗を全国で掲揚する祝日
  • ノルウェー人は世界でも国旗愛が強い国民のひとつ
  • フィヨルドの国、北海油田の収入を世界最大の政府年金基金で運用
  • 国民1人当たりGDPは世界トップクラス、幸福度も常に上位
  • ノーベル賞のうち、平和賞だけはノルウェー国会が選定(ノーベル遺言)

過去の支配国の色を、自由主義の3色として再解釈する。ノルウェーの国旗は、400年の歴史と200年の自由主義への意志を1枚の旗に折りたたんだ、世界で最も「沼」な北欧十字旗です。