赤地に、放射状に組まれた金の鎖、中央にエメラルド、上に王冠。ナバラの旗、スペイン北部、かつてのナバラ王国の地の旗です。伝説では、この鎖は1212年のラス・ナバス・デ・トロサの戦いで、敵の王の天幕を守っていた鎖を断ち切って奪ったものだといいます。牛追い祭りで有名なパンプローナを擁する1枚。今回はそんなナバラの旗の話です。
まずは構成のおさらい
ナバラ旗の構成は、次のとおりです。
- 背景:赤
- 中央:ナバラの紋章(放射状に組まれた金の鎖+中央のエメラルド+上の王冠)
色とシンボルの意味は、以下のとおりです。
- 赤:紋章の地の色
- 金の鎖:ラス・ナバス・デ・トロサの戦いの伝説
- 中央のエメラルド:戦いで得た宝
- 王冠:古のナバラ王国
赤地に、黄金の鎖と王冠を戴いた、王国の歴史を背負った1枚です。
「敵の天幕から奪った鎖」 ── ラス・ナバス・デ・トロサ
ナバラ旗には、伝説の物語があります。
1212年の決戦
ラス・ナバス・デ・トロサの戦いは、1212年の出来事です。キリスト教諸国の連合軍が、アルモハド朝(ムーア勢力)に大勝した、レコンキスタの転換点でした。この戦いには、ナバラ王サンチョ7世(強王)も参戦しています。
鎖を断ち切った
そして、有名な伝説があります。ムーアの王は、王の天幕を金の鎖で囲んで守っていました。そこへナバラの騎士たちがその鎖に突撃し、断ち切って奪い、新しい紋章にしたと伝えられています。サンチョ7世自身が鎖を断ち切ったという伝説もあり、エメラルドなどの戦利品も得たといいます。
敵の王を守っていた鎖を断ち切り、その鎖を自らの紋章にしたという、勇ましい物語です。ただしこれは15世紀ごろに整えられた伝説で、史実かどうかは諸説あります。それ以前のナバラは赤い鷲の紋章を使っていました。
レコンキスタの転換点
ラス・ナバス・デ・トロサは、歴史的に重要な戦いです。レコンキスタの大きな転換点とされ、北のアストゥリアス(コバドンガ=レコンキスタの始まり)から続く物語の、勝利の山場にあたります。
アストゥリアスで始まったレコンキスタの大きな勝利が、ナバラの鎖に刻まれているという、はたログでつながるスペインの歴史です。
1910年 ── 旗の制定
ナバラ旗の近代の制定を見ていきます。旗は1910年、アルトゥーロ・カンピオンらがデザインし、ナバラ県議会が承認しました。赤は紋章の地の色から取られています。それまでは旗というより、君主の王旗があっただけでした。
ナバラという地域
ナバラの基本情報です。
- 正式名:ナバラ自治州(Navarra/Nafarroa)
- 州都:パンプローナ(Pamplona/Iruña)
- 面積:約1万km²
- 人口:約66万人
- 公用語:スペイン語(北部ではバスク語も)
- 法的地位:スペインの自治州
「牛追い祭りのパンプローナ」
ナバラには、世界的に有名な祭りがあります。州都パンプローナのサン・フェルミン祭です。街路を牛が走る牛追い(エンシエロ)で世界的に有名で、ヘミングウェイの小説でも知られています。
「バスクとつながる王国」
ナバラの歴史を見ていきます。かつてはピレネー山脈をまたぐナバラ王国でした。歴史的にバスクと深く結びつく地域で、バスク語も話されます。なお、ナバラの鎖は、スペイン国章の一部にもなっています。
まとめ:黄金の鎖と王冠、ナバラ
今回のナバラ旗のまとめです。
- 赤地+中央にナバラの紋章(放射状の金の鎖+中央のエメラルド+上の王冠)
- 赤=紋章の地の色、金の鎖=ラス・ナバス・デ・トロサの戦いの伝説、王冠=古のナバラ王国
- 1212年のラス・ナバス・デ・トロサの戦いはレコンキスタの転換点、ナバラ王サンチョ7世が参戦
- 伝説:ムーアの王の天幕を守る金の鎖を、ナバラの騎士が断ち切って奪い紋章にした
- 15世紀ごろに整えられた伝説で史実かは諸説あり、それ以前は赤い鷲の紋章
- アストゥリアス(レコンキスタの始まり)から続く物語の勝利の山場
- 旗は1910年にカンピオンらがデザイン、ナバラ県議会が承認、赤は紋章の地の色から
- 州都パンプローナのサン・フェルミン祭の牛追い(エンシエロ)で世界的に有名(ヘミングウェイ)
- かつてピレネーをまたぐナバラ王国、歴史的にバスクと結びつく、バスク語も話される
- ナバラの鎖はスペイン国章の一部にもなっている
- 面積約1万km²、人口約66万人、州都パンプローナ
敵の天幕から奪った、黄金の鎖。ナバラの旗は、レコンキスタの勝利の伝説を、王冠を戴く鎖に込めた1枚です。