「中」の字を、扇のかたちに配したマーク。中津市の旗です。大分県北部、福沢諭吉のふるさとで、黒田官兵衛の中津城がある街の旗で、中津城が別名「扇城(おうぎじょう)」と呼ばれたことにちなみ、中津の「中」を扇形にしたもの。今回はそんな中津市の旗の話です。
まずは構成のおさらい
中津市旗の構成は、次のとおりです。
- 市章:「中」の字を扇形に配置
シンボルの意味は、次のとおりです。
- 「中」:中津
- 扇形:中津城の別名「扇城」、市民の協調
扇のかたちの「中」のマーク。中津市を象徴する1枚です。
「『中』を扇のかたちに、扇城の街」
中津市旗の、由来を見ていきます。市章は、中津の「中」の字を扇形に配したものです。中津城は、周囲の地形が扇の形をしていたことから、別名「扇城」とも呼ばれました。それにちなんで「中」を扇形にし、市民の協調を表しています。1930年(昭和5年)の制定です。扇(末広)のモチーフは、神戸市(扇港)・宮崎市(扇形)・米沢市(末広)・新居浜市(末広)とも通じます。そして中津城は、海水を堀に引く「水城(みずじろ)」。先に書いた高松城(玉藻城)・今治城と並ぶ、日本三大水城のひとつなのです。中津城を最初に築いたのは、知将・黒田官兵衛でした。
福沢諭吉のふるさと
そして、中津といえば福沢諭吉です。慶應義塾を開き、『学問のすゝめ』を書いた福沢諭吉は、中津藩士の子。中津で育ち、今もその旧居が残っています。福沢諭吉といえば、かつての1万円札の顔。じつは先に書いた宇治市の記事で、その旧1万円札の裏に平等院の鳳凰が描かれていた、という話をしました。表の福沢諭吉は中津、裏の鳳凰は宇治。旧1万円札の表と裏が、別々の街でつながっているわけです。大分県の県章(3つの大)や大分市・別府市とは別のマークです。
中津市という都市
中津市の基本情報です。
- 正式名:中津市
- 所在:大分県(北部、福岡県境、周防灘)
- 人口:約8万人
- 法的地位:市
「黒田官兵衛とからあげ」
中津市は、黒田官兵衛が築いた水城・中津城、福沢諭吉のふるさと(福澤旧居)で知られます。からあげの聖地・中津からあげ、菊池寛『恩讐の彼方に』で知られる耶馬渓(やばけい)の青の洞門も中津の見どころです。
まとめ:扇の「中」、中津市
今回の中津市旗のまとめです。
- 市章は「中」の字を扇形に配置、1930年(昭和5年)制定
- 中津城は周囲の地形が扇形で別名「扇城」、それにちなみ「中」を扇形に(市民の協調)
- 扇(末広)は神戸・宮崎・米沢・新居浜とも通じる
- 中津城は海水を引く水城で、高松城・今治城と並ぶ日本三大水城、最初に築いたのは黒田官兵衛
- 中津は福沢諭吉のふるさと、旧1万円札の表(福沢諭吉=中津)と裏(鳳凰=宇治)でつながる
- 大分県の県章(3つの大)・大分市・別府市とは別
- 中津城、福澤旧居、中津からあげ、耶馬渓の青の洞門
- 人口約8万人、大分県北部
「中」を扇のかたちに、扇城の街。中津市の旗は、扇城と市民の協調を、扇の「中」に込めた1枚です。