羽を広げた不死鳥(フェニックス)のようなマーク。じつは「長」の字を図案化したものです。長岡市の旗です。新潟県で新潟市に次ぐ第2の都市の旗で、限りなく発展する長岡を、不撓不屈(ふとうふくつ)の不死鳥の姿に託したマーク。二度の大きな災いから立ち直った街の歴史が込められています。今回はそんな長岡市の旗の話です。
まずは構成のおさらい
長岡市旗の構成は、次のとおりです。
- 市章:「長」を不死鳥(フェニックス)に図案化
シンボルの意味は、次のとおりです。
- 不死鳥:不撓不屈・限りなく発展する長岡
- 「長」:長岡
不死鳥のような「長」のマーク。長岡市を象徴する1枚です。
「『長』を不死鳥に、二度よみがえった街」
長岡市旗の、由来を見ていきます。市章は、魅力ある地方中核都市として限りなく発展する長岡市を、不撓不屈の不死鳥の姿に託して表現したものです。「長」の字を図案化しています。これは、長岡の中心部が二度(戊辰戦争=北越戦争と、第二次大戦の長岡空襲)にわたり壊滅的な被害を受けながら、ともに不撓不屈の精神で復興を遂げた歴史に基づきます。1977年(昭和52年)に定められた、3代目の市章です(戦争の出来事は事実を中立的に記すにとどめます)。焼けても、よみがえる。だから不死鳥。重みのあるデザインです。長岡の大花火大会に「フェニックス」という慰霊・復興の花火があるのも、この精神とつながっています。
初代は「兜城」の兜だった
そして、市章の移り変わりもあります。初代の市章は1906年(明治39年)の制定。長岡藩主・牧野忠成が完成させた長岡城が、兜に似た縄張りから「兜城」と呼ばれたことにちなみ、兜を象った外輪+「長」をデザインしていました。昔は兜(牧野家の城)、今は不死鳥。同じ戊辰戦争を戦った会津若松(會のマーク)とも、歴史で結ばれた街です。新潟県の県章(新+ガ+タ)とは別物です。
長岡市という都市
長岡市の基本情報です。
- 正式名:長岡市
- 所在:新潟県(県内第2の都市)
- 人口:約25万人(減少傾向)
- 法的地位:施行時特例市
「花火と米百俵」
長岡市は、日本三大花火のひとつ長岡まつり大花火大会(慰霊・復興の花火)、河井継之助の北越戊辰戦争で知られます。「米百俵」の小林虎三郎、連合艦隊司令長官・山本五十六の出身地で、米どころ・酒の街でもあります。
まとめ:不死鳥の「長」、長岡市
今回の長岡市旗のまとめです。
- 市章は「長」を不死鳥(フェニックス)に図案化、1977年(昭和52年)制定の3代目
- 不撓不屈の不死鳥は、戊辰戦争(北越戦争)と長岡空襲の二度の壊滅から復興した歴史に基づく
- 長岡大花火の「フェニックス」(慰霊・復興の花火)とも精神がつながる
- 初代(1906)は「兜城」(長岡城)にちなみ兜+「長」だった(牧野家の城)
- 同じ戊辰戦争を戦った会津若松(會)とも歴史で結ばれる
- 新潟県の県章(新+ガ+タ)とは別
- 長岡まつり大花火大会、河井継之助、米百俵の小林虎三郎、山本五十六の出身地
- 人口約25万人(減少傾向)、施行時特例市、新潟県第2の都市
「長」を不死鳥に、二度よみがえった街。長岡市の旗は、焼けても立ち直る不撓不屈の精神を、不死鳥に込めた1枚です。