赤地の中央に、緑の5角星(ソロモンの星)。モロッコの国旗は、北アフリカのアラウィー朝が17世紀から統治する王国の旗です。ソロモン王の星を緑で描いた、世界でも珍しいデザイン。そしてアラウィー朝の伝統的な赤い旗に、1915年のフランス保護領化の時期に星が加わったという歴史を持つ1枚。今回はそんなモロッコ国旗の話です。
まずは構成のおさらい
モロッコ国旗の構成は、次のとおりです。
- 背景:赤
- 中央:緑の5角星(ソロモンの星、ペンタグラム)
- 比率:2:3
色とシンボルの意味は、以下のとおりです。
- 赤:アラウィー朝の伝統色、祖先の血、団結
- 緑:イスラム教、希望
- 5角星:イスラムの5行、ソロモン王の星
赤地のイスラム旗の中央に緑の五芒星を置いた、世界の国旗のなかで珍しい色構成です。
「ソロモンの星」 ── 5角星のシンボル
モロッコ国旗の中央にあるのが、ソロモンの星です。
ペンタグラム
ソロモンの星(Seal of Solomon)は、5つの先端を持つ星(5角星、ペンタグラム)です。聖書・コーランに登場するソロモン王(サライマーン)に由来し、イスラム神秘主義・ユダヤ教神秘主義・キリスト教に共通する象徴です。
「6角星のダビデの星」との違い
ソロモンの星とダビデの星は、しばしば混同されます。ソロモンの星は5角星で、モロッコ国旗に描かれています。一方、ダビデの星(マゲン・ダビデ)は6角星で、イスラエル国旗に描かれています。
両方ともユダヤ・イスラムの伝統に存在する、というのが共通点です。ただし現代では、「5角星=ソロモン、6角星=ダビデ」として区別されることが多いです(諸説あり)。
イスラムの5行
5角星は、イスラムの5行を象徴しています。
- シャハーダ(信仰告白)
- サラート(礼拝)
- ザカート(喜捨)
- サウム(断食)
- ハッジ(巡礼)
バーレーン(5つの三角形)、トルクメニスタン(5つの星)と並ぶ、イスラム5行を表す国旗、というのがモロッコ国旗です。
1915年11月17日 ── 現代版の制定
モロッコ国旗の制定史を見ていきます。
アラウィー朝の赤い旗
モロッコは、1666年から現在まで、アラウィー朝(Alaouite)が統治しています。350年以上続く、現存する世界最古級の王朝のひとつです。創始者は17世紀のムーレイ・アル=ラシードで、伝統的に単色赤の旗、いわゆる「アラウィー旗」を用いてきました。
1915年、フランス保護領化
1912年、フランスとスペインがモロッコを保護領化しました。フランス領モロッコとスペイン領モロッコに分かれ、モロッコの主権はスルタンが保持するものの、実質的にはフランスが統治する形となります。1912年から1956年まで、約44年間の保護領時代でした。
1915年11月17日、新国旗
そして1915年11月17日、スルタン・ユセフ(Yusef ben Hassan、在位1912-1927)が新しい国旗を制定しました。伝統的な単色赤に、緑のソロモンの星を加えたものです。これは、フランス・スペイン軍の旗と区別すること、そしてモロッコがイスラム国家であることを明示することを意図していました。
保護領化された時期に、独自性を強調する国旗だった、というのがモロッコ国旗の誕生背景です。
1956年、独立
1956年3月2日、モロッコはフランスから独立しました。同年4月7日にはスペインからも独立します。国旗は変更なく、そのまま継承されました。
「赤」 ── アラウィー朝の歴史
モロッコ国旗の赤の意味を見ていきます。
アラウィー朝の伝統色
アラウィー朝(1666年-現在)は、預言者ムハンマドの子孫を称する王朝です。ムハンマドの血筋を引く者をシャリーフと呼びます。その伝統的な赤は「シャリーフィアン旗」、すなわちシャリーフ王朝の旗の色でもあります。
中世モロッコの旗
アラウィー朝以前のモロッコ王朝も、それぞれの旗を持っていました。アルモラビド朝(11-12世紀)は黒い旗、アルモハド朝(12-13世紀)は白と黒、マリーン朝(13-15世紀)は紋章型、そしてサーディー朝(16-17世紀)は赤い旗を用いており、これがアラウィー朝の赤の前身となりました。
16世紀から続く赤の伝統、というのがモロッコ国旗の深い歴史です。
モロッコという国
モロッコの基本情報です。
- 正式名:モロッコ王国(アラビア語:المملكة المغربية、ベルベル語:ⵜⴰⴳⵍⴷⵉⵜ ⵏ ⵍⵎⵖⵔⵉⴱ)
- 首都:ラバト(Rabat)
- 最大都市:カサブランカ(Casablanca)
- 面積:約44.6万km²
- 人口:約3,700万人
- 公用語:アラビア語、ベルベル語(タマジグト語)
- 宗教:イスラム教(約99%、スンナ派)
「アル・マグリブ」 ── 西の地
国名「モロッコ」(Morocco)は、ベルベル語の「マラケシュ」から派生したヨーロッパ語です。一方、アラビア語の正式名はアル=マムラカ・アル=マグリビーヤです。「Al-Maghrib」は「西の地」を意味し、アラブ世界の西端、すなわちアラブ世界で太陽が沈む方向を表しています。
国名の英語表記(Morocco)とアラビア語名(Maghrib)が全く違う、というのもモロッコの特徴です。
「アフリカで最も古い王朝」
モロッコでは、アラウィー朝が350年以上続いています。現国王はムハンマド6世(Mohammed VI、1999年-)で、絶対王制ではなく立憲君主制をとります。アラブ世界・アフリカで最も安定した王朝のひとつです。
「アトラス山脈+サハラ砂漠+大西洋+地中海」
モロッコは、多様な地理を持つ国です。北は地中海、西は大西洋、南はサハラ砂漠に面し、国土をアトラス山脈が貫いています(最高峰トゥブカル山、4,167m)。
1つの国に4つの地理、というのがモロッコの魅力です。
「マラケシュの赤い街」
モロッコには、世界的に有名な都市があります。マラケシュは「赤の街」と呼ばれ、赤土の城壁と建物で知られます。ユネスコ世界遺産のジャマ・エル・フナ広場には、世界中の旅人が集まります。フェズは、世界最古級のメディナ(旧市街)を持つ世界遺産の街です。
国旗の赤は、マラケシュの赤であり、アラウィー朝の赤であり、ソロモン王の星の下の大地でもある。そんなイメージが、モロッコの観光ブランドにも反映されています。
「フランス語の影響」
モロッコには、フランス保護領時代(1912-1956)の影響が残っています。公用語はアラビア語とベルベル語ですが、フランス語も広く使われ、教育やビジネスの場で用いられます。アルジェリア・チュニジア・レバノンなどと並ぶ、アラブ世界のフランス語圏のひとつです。
「西サハラ問題」
モロッコの現代の領土問題が、西サハラです。モロッコ南部に位置し、モロッコが領有を主張する一方、サハラ・アラブ民主共和国(ポリサリオ戦線)が独立を主張しています。国連未承認の紛争地域で、2020年には米国がモロッコの主権を承認しましたが、国際社会の多くは未承認のままです。
国旗のソロモンの星は平和の象徴ですが、国境問題は未解決のままだ、というのが現代モロッコです。諸説あり、評価は政治的立場により異なります。
ちなみに:日本との関係
モロッコと日本は、意外と深い関係にあります。
1956年、外交関係樹立
1956年、モロッコの独立と同じ年に、日本との外交関係が樹立されました。アラブ・アフリカ世界で、日本が最も早く外交関係を結んだ国のひとつです。両国とも君主制であり、王室同士の交流もあります。
観光地としての人気
近年は、マラケシュ・サハラ砂漠・フェズ・シャウエン(青の街)が日本人観光客に人気です。インスタ映えする観光地として、知名度が上昇しています。
まとめ:1915年、緑のソロモンの星
今回のモロッコ国旗のまとめです。
- 赤地+中央の緑のソロモンの星(5角星、ペンタグラム)
- 1915年11月17日、スルタン・ユセフ・ベン・ハサンが新国旗を制定
- 1912-1956年フランス・スペイン保護領時代、独自性を強調するため緑の星を追加
- 1956年3月2日フランスから、4月7日スペインから独立、国旗継続
- 赤=アラウィー朝の伝統色・祖先の血、緑=イスラム教・希望
- 5角星=イスラムの5行+ソロモン王の星
- アラウィー朝は1666年から350年以上続く現存最古級の王朝
- 16世紀サーディー朝から続く赤の伝統
- 国名「Morocco」は「マラケシュ」、アラビア語名「アル・マグリブ」=「西の地」
- 現国王ムハンマド6世(1999年-)、立憲君主制
- 公用語はアラビア語・ベルベル語、フランス語も広く使用
- 国土は地中海・大西洋・サハラ砂漠・アトラス山脈の多様な地理
- マラケシュ「赤の街」、フェズ、シャウエン「青の街」など世界遺産多数
- 1956年、日本とモロッコが外交関係樹立
- 西サハラ問題が現代の領土課題
赤地に緑のソロモンの星、350年以上続くアラウィー朝の伝統。モロッコの国旗は、アラブ・ベルベル・イスラムの3要素を、最もシンプルなデザインに込めた1枚です。