青・黄・赤の縦三色、中央にオーロックスの頭を抱く双頭のワシの国章。モルドバの国旗は、ソ連崩壊後の1990年に独立した、東欧の旧ソ連諸国の旗です。しかしルーマニア国旗とほぼ同じで、両国は同じ言語(ルーマニア語)を話す「双子の国」でもあります。そして中央のオーロックス(絶滅した野牛)は、14世紀モルダヴィア公国の伝統という、現代と中世が融合した1枚。今回はそんなモルドバ国旗の話です。


まずは構成のおさらい

モルドバ国旗の構成は、次のとおりです。

  • 縦3本の帯(左から):青・黄・赤
  • 比率:1:2
  • 中央の黄色の帯:モルドバ国章

国章の構成は、次のとおりです。

  • 双頭のワシ:ローマ帝国・ビザンチン帝国の伝統
  • ワシの胸の盾:オーロックスの頭(Aurochs、絶滅した野牛、14世紀から)、2本の角の間に星、頭の右にバラ、頭の左に三日月

色とシンボルの意味は、以下のとおりです。

  • :エメラルドブルー(ヴォロネツ修道院の壁画の青)、空、自由
  • :穀物、太陽
  • :犠牲、勇気
  • 双頭のワシ:ローマ・ビザンチン伝統
  • オーロックス:14世紀モルダヴィア公国の伝統的紋章

ルーマニア三色にモルダヴィアの中世紋章を組み合わせた、民族的連帯と独自アイデンティティの両立を表現した1枚です。


「ルーマニア国旗との関係」

モルドバ国旗には、世界的に注目される特徴があります。

「ほぼ同じ旗」

モルドバ国旗とルーマニア国旗は、極めてよく似ています。

モルドバルーマニア
色順青・黄・赤青・黄・赤(同じ)
比率1:22:3
中央国章(オーロックスとワシ)なし
青の色合いエメラルドブルー(明るい)ウルトラマリン(暗い)

色の順序は完全に同じで、青の色合いと国章の有無で区別する、というのが両国旗の関係です。

なぜ似ているか

モルドバとルーマニアは、民族的にも言語的にも同じです。言語は、いずれもルーマニア語です(モルドバでは「モルドバ語」と呼ぶ時代もありましたが、基本的に同じ言語です)。民族としても、ルーマニア人とモルドバ人は事実上同じです。歴史的なモルダヴィア公国の北東部がモルドバ、南西部がルーマニアの一部にあたります。

「統合論」

モルドバには、ルーマニアとの統合を主張する勢力があります。「Greater Romania(大ルーマニア)」運動で、現代も一部の政治勢力が支持しています。しかし、多数派は独立の維持を望んでいます。

国旗のほぼ同じデザインは同じ民族を示しますが、違う国家である、というのがモルドバの複雑な立ち位置です。


オーロックス ── 中世モルダヴィア公国の紋章

モルドバ国旗の中心にあるのが、オーロックスの頭です。

オーロックスとは

オーロックス(Aurochs、原牛)は、家畜牛の野生祖先です。かつてヨーロッパからアジアにかけて広く生息した、肩高最大2mの大型の野生牛でした。1627年、ポーランドで最後の1頭が死亡し、絶滅しています。

モルダヴィア公国の象徴

モルダヴィア公国(1346-1859)は、現在のモルドバとルーマニア東部にあたる地域に存在しました。建国伝説によれば、1346年、ハンガリー貴族ドラゴシュがオーロックス狩りで東方に進出し、モルダヴィアを建国したと伝えられています。以来、オーロックスの頭が公国の紋章となり、14世紀から500年以上にわたって受け継がれてきました。

国旗のオーロックスは、14世紀の中世モルダヴィア公国の遺産です。ポーランドの白鷲、ベルギーのブラバントの獅子と並ぶ、ヨーロッパの中世紋章型国旗のひとつと言えます。

双頭のワシ

国章には、双頭のワシも描かれています。これはローマ帝国・東ローマ(ビザンチン)帝国の伝統で、東西を見る2つの頭を持ちます。セルビア・アルバニア・ロシア・ハプスブルクなど、多くの東欧国家の紋章に共通するモチーフです。

東ローマ帝国の遺産が、東欧諸国の紋章に受け継がれている、というのが双頭ワシの伝統です。


1990年4月27日 ── ソ連崩壊と独立

モルドバ国旗の制定史を見ていきます。

ソ連時代

モルドバは、1940年から1991年まで、ソ連の構成共和国でした。1940年、ベッサラビア(ルーマニア東部)がソ連に併合され、モルダヴィア・ソビエト社会主義共和国が成立します。当時はソ連旗をベースにした旗が使われていました。

1989-1990年、独立運動

そして1989年、東欧革命の影響でモルドバに独立運動が起こります。「ソ連時代の旗を捨てる」「ルーマニア国旗の3色を採用する」という声とともに、モルドバ人の民族意識が覚醒していきました。

1990年4月27日、国旗採択

1990年4月27日、モルドバ・ソビエト社会主義共和国議会が新国旗を採択しました。ルーマニア三色(青黄赤)を採用しつつ、エメラルドブルーで微妙に差別化したものです。同年11月3日には、国章が中央に追加されました。

1991年8月27日、完全独立

1991年8月27日、モルドバはソ連から完全に独立しました。国旗は変更なく、そのまま継承されました。


モルドバという国

モルドバの基本情報です。

  • 正式名:モルドバ共和国(Republica Moldova)
  • 首都:キシニョフ(Chișinău)
  • 面積:約3.4万km²
  • 人口:約260万人
  • 公用語:ルーマニア語(2023年憲法で公式に「ルーマニア語」と表記、それ以前は「モルドバ語」)
  • 宗教:モルドバ正教(約93%)

「ヨーロッパ最貧国のひとつ」

モルドバは、ヨーロッパで最も貧しい国のひとつです。国民1人当たりGDPは約5,000ドルで、アルバニアやウクライナと並ぶ低水準にあります。海外への出稼ぎも多く、国民の約25%が国外(ルーマニア・イタリア・ロシアなど)にいるとされます。

「内陸国」

モルドバは内陸国で、海に面していません。ただし、ドナウ川沿岸にわずかにジュルジュレシュティ港があり、ドナウ川経由で辛うじて海へのアクセスを確保しています。

「ワインの国」

モルドバは、世界的に有名なワイン産地です。約140のワイナリーがあり、国土の約7%がブドウ畑です。国民1人当たりのワイン消費量は世界トップクラスで、ミレシュティ・ミーチには全長200km以上に及ぶ世界最大の地下ワインセラーがあります。

「沿ドニエストル問題」

21世紀のモルドバの課題が、沿ドニエストル共和国(Pridnestrovie)です。東部のドニエストル川沿いの地域で、1992年に独立を宣言しましたが、国際社会は未承認です。ロシア系住民が多数を占め、ロシア軍が駐留する「凍結された紛争」となっています。

国旗のオーロックスはモルダヴィア統一の象徴ですが、現実には領土が分裂している、というのが現代モルドバです。諸説あり、評価は政治的立場により異なります。

「EU加盟への動き」

モルドバは、EU加盟を目指しています。2022年にEU加盟候補国となり、2024年には加盟交渉が始まりました。しかし、沿ドニエストル問題やロシアの影響で難航しています。

ロシアかEUか、東か西かの選択を迫られる現代モルドバは、ウクライナ・ジョージアと並ぶ旧ソ連諸国の現代政治を象徴しています。


ちなみに:「モルドバ」と「モルダヴィア」

国名には、英語や各国語の表記の混乱があります。

「Moldova」 vs 「Moldavia」

「Moldova」はルーマニア語の自称で、現在の国家名です。「Moldavia」は英語や他のヨーロッパ言語の伝統的な表記です。日本語でも「モルドバ」「モルダヴィア」の両方が使われます。

1991年の独立後、「Moldova」を正式化した、というのが現代の標準です。


まとめ:双子の国旗、中世モルダヴィアの遺産

今回のモルドバ国旗のまとめです。

  • 青・黄・赤の縦三色+中央のモルドバ国章(双頭ワシ+オーロックスの頭)
  • 1990年4月27日、ソ連崩壊期に正式採択(独立は1991年8月27日)
  • 1990年11月3日、国章を中央に追加
  • ルーマニア三色(青黄赤)を採用、青はエメラルドブルーで差別化
  • ルーマニア国旗とほぼ同じ、青の色合いと国章の有無で区別
  • モルドバとルーマニアは同じルーマニア語、事実上同じ民族
  • 中央のオーロックス(絶滅した野牛)は14世紀モルダヴィア公国(1346-1859)の伝統紋章
  • ドラゴシュ建国伝説:オーロックス狩りで東方に進出してモルダヴィア建国
  • 双頭のワシは東ローマ(ビザンチン)帝国の伝統
  • 1940-1991年、ソ連の構成共和国(モルダヴィアSSR)
  • 公用語は2023年憲法で「ルーマニア語」と正式表記
  • ヨーロッパ最貧国のひとつ、国民の25%が国外出稼ぎ
  • 約140のワイナリー、ミレシュティ・ミーチは世界最大の地下ワインセラー
  • 沿ドニエストル共和国(ロシア系)の分離問題、ロシア軍駐留
  • 2022年EU加盟候補国、2024年加盟交渉開始

ルーマニアの三色に、14世紀のオーロックス。モルドバの国旗は、民族的連帯と独自国家アイデンティティを両立させた、東欧の双子の旗です。