緑・黄・赤の縦三色。マリの国旗は、西アフリカの内陸国の旗です。汎アフリカ色(緑・黄・赤)を、フランス三色旗のフォーマットで採用した、典型的な独立旗です。しかし、もともとは中央の黄色の帯に「カナガ」という人形のシンボルがありました。それがイスラム教徒の反対によって、独立後すぐに削除されたのです。世界の国旗のなかでも珍しい、「宗教的修正」の事例といえます。今回はそんなマリ国旗の話です。
まずは構成のおさらい
マリ国旗の構成は、次のとおりです。
- 縦3本の帯(左から):緑・黄(金)・赤
- 比率:2:3
色とシンボルの意味は、以下のとおりです(汎アフリカ色)。
- 緑:国土の肥沃さ、農業、希望を表します
- 黄(金):純粋さと鉱物資源の富を表します(マリは古代の金鉱国家でした)
- 赤:独立闘争で流された血、勇気を表します
汎アフリカ色を用いた、フランス三色旗のフォーマット。ギニア(赤・黄・緑、フランス三色旗の縦型)と並ぶ、最もシンプルな西アフリカの独立旗です。
「カナガ」 ── 削除された人形
マリ国旗には、忘れられた最初のシンボルがあります。
1959年4月4日、マリ連邦の旗
1959年4月4日、マリ連邦(Mali Federation、セネガルと現在のマリ)が成立しました。その新国旗は、現在と同じ緑・黄・赤の三色に、中央の黄色帯にカナガ(人形)を配したものでした。「Kanaga」は、ドゴン族の伝統的なシンボルです。
カナガとは
カナガは、ドゴン族のマスクのシンボルです。手を天に向けて上げた人物の姿で、ドゴン族の葬送儀礼や宇宙観を表現します。「天と地を結ぶ存在」としての象徴です。
ドゴン族はマリの代表的な民族のひとつであり、国旗に伝統文化を込めたわけです。
1960年8月、マリ連邦解体
しかし1960年8月20日、マリ連邦は解体します。セネガルが連邦から離脱し、マリ(旧フランス領スーダン)は単独で独立を継続することになりました。
1960年9月22日、マリ独立
1960年9月22日、マリ共和国が独立します。初代大統領は、モディボ・ケイタ(Modibo Keïta、1915-1977)でした。
1961年3月1日、カナガを削除
そして1961年3月1日、カナガが国旗から削除されます。理由は、ムスリム原理主義者の反対でした。「偶像崇拝に反する」「シャリーア(イスラム法)では、人間の姿を描くことは禁忌である」というものです。マリは人口の約95%がイスラム教徒であり、強い反対がありました。
世界の国旗から、宗教的な理由でシンボルが削除された珍しい事例です。アフガニスタンやサウジアラビアなどの国旗が持つイスラム的特徴と並びますが、マリのように「元あったものを削除する」のは、世界でも極めて稀です。
国旗の中央が空白になった。これが、現代マリ国旗の独特なシンプルさの理由です。
モディボ・ケイタ ── マリ独立の父
マリ国旗の正式採択時の大統領が、モディボ・ケイタです。
「アフリカ社会主義」
モディボ・ケイタ(1915-1977)は、マリの初代大統領(1960-1968)でした。アフリカ社会主義・汎アフリカ主義の指導者であり、エンクルマ(ガーナ)やセク・トゥーレ(ギニア)と並ぶ、左派のアフリカ指導者です。
1968年、軍事クーデター
しかし1968年11月19日、軍事クーデターでケイタは失脚します。ムサ・トラオレ中尉が政権を獲得し、ケイタは投獄され、1977年に獄死しました。
国旗の赤は独立闘争の血を表しますが、独立後も政治的な混乱が続きました。それがマリの現代史です。
「マリ」 ── 古代の大帝国
国名の「マリ」(Mali)は、古代マリ帝国に由来します。
マリ帝国
マリ帝国(Empire of Mali、13-15世紀)は、西アフリカ史上最大の帝国のひとつです。その領土は、現在のマリ、セネガル、ガンビア、ギニア、ブルキナファソ、コートジボワール、モーリタニアなどに及びました。金の豊富な鉱床を持ち、世界の金の主要供給地でもありました。
マンサ・ムーサ
マンサ・ムーサ(Mansa Musa、在位1312-1337)は、マリ帝国の皇帝です。人類史上最も裕福な人物ともされます(諸説あり)。1324年のメッカ巡礼の際には、エジプトのカイロで大量の金をばら撒き、カイロの金相場が10年以上にわたって下落したと伝えられます。インフレ調整後の資産は推定4,000億ドル(諸説あり)とされ、人類史上最も裕福な人物とも言われます。
国旗の黄色は、マリ帝国の金の伝統を表します。このシンボルが、現代マリの国旗に1000年前の繁栄を継承しています。
トンブクトゥ ── 「世界の文化の中心」
トンブクトゥ(Timbuktu)は、マリの伝説の都市です。15〜16世紀には世界有数の学問の中心であり、イスラム学の権威であるサンコレ大学が置かれました。ユネスコ世界遺産に登録されています。「世界の知識の中心」として、その名はヨーロッパまで伝わりました。
国旗の緑は、マリ帝国の繁栄とトンブクトゥの黄金時代を表す。それがマリ国旗の深い意味です。
マリという国
マリの基本情報です。
- 正式名:マリ共和国(République du Mali)
- 首都:バマコ(Bamako)
- 面積:約124万km²(西アフリカ最大級)
- 人口:約2,200万人
- 公用語:バンバラ語(2023年新憲法で公用語化、それ以前はフランス語)
- 宗教:イスラム教(約95%、スンナ派)
「内陸国」
マリは、西アフリカの内陸国です。海に面しておらず、国土の約65%がサハラ砂漠で占められています。ニジェールに次ぐ砂漠国家であり、南部のニジェール川流域が人口の集中地となっています。
「ニジェール川」
マリの生命線が、ニジェール川です。国土を東西に貫いて流れ、首都バマコをはじめ、セグー、モプティ、トンブクトゥなど主要都市が川沿いに位置します。農業や漁業の中心でもあります。
「ドゴン族」
マリには、世界的に有名な民族がいます。ドゴン族(Dogon)です。中央高地のバンディアガラ断崖に住み、独自の宇宙観を持ちます。シリウス系の天体に関する知識は天文学的に正確だとされ(諸説あり)、複雑なマスク文化や葬送儀礼でも知られます。ユネスコ世界遺産に登録されています。
国旗から削除されたカナガは、このドゴン族の伝統でした。消えたシンボルの記憶が、現代マリに残っています。
2012年以降、北部紛争
マリは、21世紀に入って深刻な問題を抱えています。2012年、トゥアレグ族の反乱とイスラム原理主義者が北部マリを制圧し、フランス軍が介入しました(セルバル作戦)。2020年から2024年にかけては複数のクーデターが起こり、ワグネル(ロシア)が軍事顧問を務めました。サヘル諸国同盟(AES)には、ブルキナファソやニジェールとともに参加しています。
国旗の赤は血を表しますが、21世紀の今も流れ続けています。それが現代マリの厳しい現実です。なお、これらについては諸説あり、評価は政治的立場によって異なります。
ちなみに:日本との文化的つながり
マリと日本には、意外な類似点があります。
「マンディング系言語」と日本語
バンバラ語やマンディング語など、マリの主要言語は、語順が日本語に近いという特徴があります。SOV(主語-目的語-動詞)の語順で、これは日本語と同じです。「私は本を読む」というような文構造になります。
ヨーロッパの言語(SVO)とは違う、日本語的な構造。これは言語学的に興味深い偶然です。
まとめ:削除されたカナガと、汎アフリカ色
今回のマリ国旗のまとめです。
- 緑・黄・赤の縦三色(フランス三色旗フォーマット、汎アフリカ色)
- 1959年4月4日、マリ連邦時代に最初の国旗(中央にカナガ=ドゴン族のシンボル)
- 1960年9月22日、フランスから独立、モディボ・ケイタ初代大統領
- 1961年3月1日、イスラム教徒の反対でカナガを削除し、現代版に
- 緑は大地の肥沃さ・農業・希望、黄は純粋さ・鉱物資源の富、赤は独立の血・勇気
- 汎アフリカ色(エチオピア起源)の最もシンプルな採用
- 国名「マリ」は古代マリ帝国(13-15世紀)に由来
- マンサ・ムーサ(マリ帝国皇帝、1312-1337)は人類史上最も裕福な人物の1人
- トンブクトゥはユネスコ世界遺産、15-16世紀の世界の学問の中心
- 西アフリカ最大級の内陸国、国土の65%がサハラ砂漠
- ニジェール川が国土を貫流し、人口の大半が川沿い
- 公用語は2023年からバンバラ語(それ以前はフランス語)
- ドゴン族(ユネスコ世界遺産バンディアガラ)はシリウス系天体知識で世界的に有名
- バンバラ語は日本語と同じSOV語順
- 2012年以降、北部紛争・複数のクーデター・サヘル諸国同盟(AES)参加
カナガが消えて、シンプルな汎アフリカ旗になった。マリの国旗は、宗教的な理由でシンボルが削除された世界でも稀な事例であり、古代マリ帝国の遺産を3色に込めた1枚です。