旗竿側に白い縦帯、右側は上が赤・下が緑の横二色。マダガスカルの国旗は、アフリカ大陸から約400km離れた、世界第4位の島国の旗です。しかし民族のルーツは、アフリカではなくインドネシアにあります。約2,000年前、ボルネオ島方面から渡ってきたマレー・ポリネシア系の人々です。国旗の赤と白は、その「インドネシア起源」を反映しています。世界の国旗のなかでも、最もユニークなルーツを持つ1枚です。今回はそんなマダガスカル国旗の話です。
まずは構成のおさらい
マダガスカル国旗の構成は、次のとおりです。
- 左側(旗竿側):白の縦帯(旗の1/3)
- 右側:横2本の帯で、上が赤、下が緑
- 比率:2:3
色とシンボルの意味は、以下のとおりです。
- 白:純粋さを表し、メリナ王国の伝統色であり、インドネシア起源の祖先を象徴します
- 赤:主権を表し、メリナ王国の伝統色であり、インドネシア起源を象徴します
- 緑:希望を表し、南部の農耕民族であるオヴァ族・ベツィレオ族・ベツィミサラカ族などを象徴します
インドネシアの伝統色(白と赤)に、アフリカの緑を加えたもの。世界の国旗のなかでも、最も民族学的な深さを持つ1枚です。
「白と赤」 ── インドネシアのルーツ
マダガスカル国旗には、世界的に興味深いシンボリズムがあります。
インドネシアからの移民
マダガスカルには、驚くべき民族学的な事実があります。紀元前350年から紀元550年頃にかけて、ボルネオ島方面からマレー・ポリネシア系の人々がカヌーで渡ってきました。6,000km以上に及ぶインド洋横断の航海であり、人類史上最大級の海洋移住のひとつです。
言語的証拠
マダガスカル語(マレガシ語、Malagasy)は、オーストロネシア語族に属します。インドネシアのマ・アニャン語(Maanyan、ボルネオ島)に最も近く、ジャワ語やマレー語とも親縁関係にあります。アフリカの島でありながら、言語的にはインドネシアに連なるのです。
「赤と白」 ── インドネシアの色
そして、インドネシア国旗の色(赤・白)と、マダガスカル国旗の色(赤・白)が一致します。両国とも、赤と白を国家の伝統色としているのです。インドネシアのマジャパヒト王国(13-16世紀)の赤白旗との関連性も諸説あり、マダガスカルのメリナ王国(17-19世紀)もまた赤と白を伝統色としていました。
両者の起源は同じ祖先の海洋民族にある、というのが現代の解釈です。国旗の白と赤は、6,000kmの航海と数千年の歴史を象徴しています。
メリナ王国 ── マダガスカルの伝統王朝
国旗の「白と赤」の伝統色は、メリナ王国に由来します。
メリナ王国
メリナ王国(Imerina、17世紀-1897年)は、中央高地のメリナ族の王国です。18世紀末から19世紀初頭にかけてマダガスカル全島を統一し、国王と女王が交互に統治しました。首都は現在の首都でもあるアンタナナリボに置かれ、白と赤を伝統色としていました。
1897年、フランス植民地化
1897年、フランスがマダガスカルを併合します。これによりメリナ王国は消滅し、フランス領マダガスカルの時代(1897-1960年)が始まりました。
メリナ王国の遺産が現代の国旗に受け継がれていることは、世界の国旗のなかでも文化的継承性が高い例といえます。
「メリナ偏重」批判
ただし、メリナ族は人口の約25%にすぎません。マダガスカル全体には18の民族グループがあり、国旗の赤白がメリナ族の色であって民族統合に偏っている、という批判もありました。特に独立の際には、他の民族グループからの反発がありました。
そこで加えられたのが、緑です。緑は南部・沿岸部のオヴァ族やベツィレオ族など、農耕民族を表します。メリナと他民族の統合の象徴というわけです。
国旗の3色は、マダガスカルの全民族の統合を表す。これが独立時の意図でした。
1958年10月21日 ── 自治国家成立
ここからは、マダガスカル国旗の正式採択を見ていきます。
フランス植民地時代
マダガスカルは、1897年から1960年までフランスの植民地でした。植民地時代にはフランス国旗が用いられています。
1958年、自治国家
1958年10月14日、フランス共同体内のマダガスカル共和国が成立します。完全独立ではないものの、自治政府を持つようになりました。
1958年10月21日、新国旗採択
そして1958年10月21日、新国旗が正式に採択されます。デザイナーは、マダガスカル国立地理院の職員であるアンドリアノメ・ラナイヴォソア(Andrianome Ranaivosoa)で、技術委員会が選定しました。
1960年6月26日、完全独立
1960年6月26日、マダガスカルはフランスから完全に独立します。国旗は変更されることなく、そのまま継承されました。以後、現代まで不変です。
自治国家のシンボルが、完全独立後もそのまま使われる。これは、多くのアフリカ諸国に共通するパターンです。
マダガスカルという国
マダガスカルの基本情報です。
- 正式名:マダガスカル共和国(Repoblikan'i Madagasikara)
- 首都:アンタナナリボ(Antananarivo)
- 面積:約58.7万km²(フランスとほぼ同じ)、世界第4位の島
- 人口:約3,000万人
- 公用語:マダガスカル語、フランス語
- 宗教:キリスト教(約47%)、伝統宗教(約47%)
「世界第4位の島」
マダガスカルは、世界で4番目に大きい島です。1位はグリーンランド(約216万km²)、2位はニューギニア(約78.5万km²)、3位はボルネオ(約74.4万km²)で、4位がマダガスカル(約58.7万km²)です。
「生物多様性のホットスポット」
マダガスカルには、世界的に重要な自然があります。島の生物の約90%が固有種で、世界のどこにもいない生きものたちです。キツネザルは約100種類すべてがマダガスカル固有で、バオバブの木も8種類のうち6種類が固有種です。アイアイ、フォッサ、テンレックなど、特殊な動物も生息しています。
国旗の緑は、こうした独自の自然を表します。このシンボルが、世界の生物学者の聖地を象徴しています。
「8,000万年の孤立」
マダガスカルに独自の生物が多いのは、地質学的な歴史によります。約8,800万年前にインド亜大陸と分離し、以後、アフリカ大陸から離れたまま独自の進化を遂げました。「失われた8番目の大陸」とも呼ばれます。
アフリカ大陸の隣にありながら、生物学的にはアフリカではない。これがマダガスカルの不思議さです。
「アジア+アフリカの文化」
マダガスカルの文化は、極めて独特な混合です。言語はオーストロネシア語族(インドネシア系)で、食文化は米を主食とします(インドネシアの影響)。音楽はアフリカ・インドネシア・フランスが融合し、儀礼にはファマディハナ(祖先の骨返し)という独自の祖先崇拝があります。
アジアとアフリカの両方を、ひとつの島に。これがマダガスカル文化の本質です。
「アンタナナリボ」 ── 千の町
首都アンタナナリボは、マダガスカル語で「千の町」を意味します。「Antananarivo」は「Ant-(〜の)」と「タナナリボ(千の町)」から成り、メリナ王国時代の千の戦士の伝説に由来します。標高1,280mの丘陵地帯に広がり、「タナ」の愛称で親しまれています。
ちなみに:海賊と「リバタリア」
マダガスカルには、意外な歴史があります。海賊共和国の伝説です。
リバタリア
リバタリア(Libertatia)は、17世紀末にマダガスカル北部にあったとされる、伝説の海賊共和国です。指導者はフランス人海賊のミッソン船長とされ、フランス革命より約100年も前に「自由、平等、博愛」の理念を掲げ、多人種・反奴隷制を唱えたといいます。ただし実在の証拠はなく、文学的な創作とする説が有力です(諸説あり)。
海賊の理想郷が、現代の独立国家の旗の前に存在した。そんなロマンチックな伝説です。
まとめ:6,000kmの航海と、メリナ王国の遺産
今回のマダガスカル国旗のまとめです。
- 左に白の縦帯(1/3)、右に赤(上)と緑(下)の横二色(2/3)
- 1958年10月21日、自治国家成立の直後に正式採択
- 1960年6月26日、完全独立後もそのまま継承
- 設計者はアンドリアノメ・ラナイヴォソア(マダガスカル国立地理院職員)
- 白は純粋さ・メリナ王国伝統色・インドネシア起源、赤は主権・メリナ王国伝統色・インドネシア起源、緑は希望・農耕民族
- 民族のルーツは紀元前350-紀元550年頃、ボルネオ島方面からインド洋を6,000km渡ってきたマレー・ポリネシア系
- マダガスカル語(マレガシ語)はオーストロネシア語族で、ボルネオのマ・アニャン語に最も近い
- インドネシア国旗と同じ「赤と白」の伝統色
- 17世紀-1897年のメリナ王国、伝統色は赤と白
- 1897-1960年はフランス植民地時代
- 世界第4位の島(約58.7万km²)、生物の約90%が固有種
- 約8,800万年前にインド亜大陸と分離し、独自の進化
- キツネザル約100種、バオバブ8種中6種が固有種
- 18の民族グループがあり、メリナ族(人口25%)が中央高地中心
- 主食は米(アジアの影響)、ファマディハナ(祖先の骨返し)という独自儀礼
- 首都アンタナナリボは「千の町」、標高1,280m
- 海賊共和国リバタリアの伝説(諸説あり)
6,000kmの航海と、メリナ王国の遺産を、3色に込めた。マダガスカルの国旗は、インドネシア起源の民族とアフリカの大地、メリナ王国の伝統と現代の多民族国家の統合を、最も世界史的に深いストーリーで表現した1枚です。