赤・白・水色の3本の横帯。西ヨーロッパの小さな大公国、ルクセンブルクの国旗です。しかしオランダ国旗とほぼ同じで、色の組み合わせと順序が完全に一致しています。それでも起源は完全に別で、14世紀のルクセンブルク家の紋章「青地に赤い獅子」から派生したという独自の歴史を持つ1枚です。今回はそんなルクセンブルク国旗の話です。


まずは構成のおさらい

ルクセンブルク国旗の構成は、次のとおりです。

  • 横3本の帯(上から):赤・白・水色
  • 比率:3:5(または1:2)

色とシンボルの意味は、以下のとおりです。

  • :ルクセンブルク家の獅子の色
  • :ルクセンブルク家の紋章の白い横帯
  • 水色(ライトブルー、アジュール):ルクセンブルク家の紋章の青地

14世紀のルクセンブルク家の紋章を3つの帯に分解したという、ヨーロッパの中世紋章型の国旗です。


「オランダ国旗との関係」

ルクセンブルク国旗には、世界的に有名な混同があります。

オランダ国旗とほぼ同じ

オランダ国旗とルクセンブルク国旗を比べると、次のようになります。

オランダルクセンブルク
赤(やや明るい)
青(コバルトブルー、暗め)水色(ライトブルー、明るめ)
比率2:33:5(または1:2)、ルクセンブルクの方がやや細長い

色合いと比率の違いで区別するというのが、両国旗の唯一の見分け方です。

「独立の起源」

しかし、両国の国旗は起源が完全に別です。オランダ国旗は、16世紀のオラニエ公ウィレムの赤・白・青(ナッサウ家の色)に由来します。一方、ルクセンブルク国旗は、14世紀のルクセンブルク家の紋章「青地に赤い獅子と白の横帯」に由来します。両国とも独立に同じ色構成へたどり着いたという稀な偶然であり、世界の国旗マニアの研究対象となっています。

1993年、ルクセンブルク独自国旗法

そしてルクセンブルク政府は、混同問題を解決しようとしました。1993年6月23日に新しい国旗法を定め、水色を厳密に「ライトブルー」と規定して、オランダ国旗の青と明確に区別したのです。比率も3:5(または1:2)とし、オランダの2:3と違えました。国旗法で意図的に色合いを明るくしたというのが、ルクセンブルクの解決策です。


ルクセンブルク家の紋章

ルクセンブルク国旗の真の起源を見ていきます。

14世紀ルクセンブルク家

ルクセンブルク家(House of Luxembourg、10-15世紀)は、神聖ローマ帝国の主要な貴族家系でした。ヘンリー7世(ハインリヒ7世)・カール4世・ヴェンツェル・ジギスムントなど、ローマ皇帝を多数輩出し、ボヘミア王国やハンガリー王国も統治しています。

ルクセンブルク家の紋章

ルクセンブルク家の紋章は、青地に赤い獅子と白い横帯を組み合わせたものです。アジュール(青)地はルクセンブルク家の伝統色、尾が2つに分かれた赤い獅子は家紋、そして獅子を横切る白い横帯(フェス)から構成されます。この3色(青・赤・白)が紋章から派生したというのが、ルクセンブルク国旗の起源です。

1845年、現代版国旗

そして1845年6月12日、現代版の国旗が制定されました。赤・白・水色の横三色です。1830年のベルギー革命を経てルクセンブルクがドイツ連邦に属し、独自の国旗が必要になったことが背景にあります。以後、現代まで継承されています。14世紀の紋章から19世紀の国旗へという、典型的なヨーロッパ国旗の進化パターンです。


ルクセンブルクの歴史

ルクセンブルクは、ヨーロッパで複雑な歴史を持つ小国です。

963年、建国

963年、ジゲフロイ伯(Siegfried)がボックの岩に城を建設しました。この城が「Lucilinburhuc(小さな城)」と呼ばれ、ルクセンブルクの語源となります。以後、1000年以上にわたって独立した政治単位として続きました。

14世紀、ルクセンブルク家

ルクセンブルク家は、14世紀のヨーロッパで最も影響力のあった家系のひとつでした。複数の神聖ローマ皇帝を輩出し、カール4世の時代にはプラハが首都となります。「ヨーロッパの中心」と呼べる存在でした。

1815年、ウィーン会議

1815年のウィーン会議で、ルクセンブルクは大公国となりました。1815年から1890年まで、オランダ王がルクセンブルク大公を兼任します。

1839年、現在の領域に

1839年のロンドン条約で、ルクセンブルクの大部分がベルギーに割譲されました。残った東部が現在のルクセンブルクであり、国土は約3分の1に縮小します。

1890年、独立大公家

1890年、ウィレム3世が死去すると、サリカ法(男子相続)によってルクセンブルクが分離しました。アドルフ・フォン・ナッサウが大公となり、ナッサウ=ヴァイルブルク家のもとで独立した大公国となります。1890年から独自の大公家を戴いたというのが、現代ルクセンブルクの始まりです。


ルクセンブルクという国

ルクセンブルクの基本情報です。

  • 正式名:ルクセンブルク大公国(Grand-Duché de Luxembourg)
  • 首都:ルクセンブルク市(Luxembourg City)
  • 面積:約2,586km²(東京都の約1.2倍)
  • 人口:約66万人
  • 公用語:ルクセンブルク語、フランス語、ドイツ語(3つの公用語)
  • 宗教:ローマ・カトリック(約63%)

「世界で唯一の大公国」

ルクセンブルクは、世界で唯一現存する大公国です。大公(Grand Duke)は、公爵(Duke)より上、王(King)より下の称号にあたります。現在の大公はアンリ(Henri、2000年-)です。世界で唯一の独立大公国という、特殊な君主制をとっています。

「世界一裕福な国」

ルクセンブルクは、国民1人当たりGDPで世界トップの国です。国民1人当たりGDPは約13万ドルで世界1位にあたり、銀行業・金融業が経済の中心です。「ヨーロッパのタックス・ヘイブン」とも呼ばれます。

「3つの公用語」

ルクセンブルクでは、3つの言語が並行して使われています。ルクセンブルク語(Lëtzebuergesch)はドイツ語系統の国民語、フランス語は法律・行政、ドイツ語はメディア・教育で用いられます。1つの国で3つの公用語を持つのは、スイス(4言語)と並ぶヨーロッパの多言語国家です。

「EU・NATO・国連の創設国」

ルクセンブルクは、国際機関の重要なメンバーです。EUの創設国(1951年ECSC、1957年ローマ条約)であり、NATO創設国(1949年)、国連創設加盟国(1945年)でもあります。ベルギー・オランダとともにベネルクスの一員でもあります。国土の小ささに対する国際的影響力は世界一だといえます。

「EU機関の本拠地」

ルクセンブルク市は、EUの3つの本拠地のひとつです。行政の中心はブリュッセル、議会の中心はストラスブール、そしてルクセンブルクには欧州司法裁判所・欧州投資銀行・欧州会計検査院などが置かれています。


ちなみに:「ルクセンブルクは内陸国」

ルクセンブルクは、内陸国です。海に面しておらず、フランス・ベルギー・ドイツに囲まれています。ヨーロッパの真ん中の小さな大公国です。


まとめ:14世紀紋章、世界唯一の大公国

今回のルクセンブルク国旗のまとめです。

  • 赤・白・水色(ライトブルー)の横三色(3:5または1:2)
  • 1845年6月12日、現代版を正式制定
  • 1993年6月23日、国旗法で水色を明確化(オランダ国旗との区別)
  • 起源は14世紀ルクセンブルク家の紋章「青地に赤い獅子+白い横帯」
  • 赤=獅子、白=紋章の白帯、水色=紋章の青地
  • オランダ国旗と非常に似ているが、起源は完全に別
  • オランダはオラニエ公ウィレムの色、ルクセンブルクはルクセンブルク家の紋章
  • 963年ジゲフロイ伯がボックの岩に城建設、「Lucilinburhuc(小さな城)」が国名の起源
  • 14世紀ルクセンブルク家が複数の神聖ローマ皇帝を輩出(カール4世など)
  • 1815年ウィーン会議で大公国に、オランダ王が兼任
  • 1839年ロンドン条約で領土の3分の1に縮小、現在の国土に
  • 1890年、独立大公家(ナッサウ=ヴァイルブルク家)
  • 世界で唯一現存する大公国、現大公はアンリ(2000年-)
  • 面積約2,586km²、人口約66万人
  • 国民1人当たりGDP世界1位(約13万ドル)
  • 3つの公用語:ルクセンブルク語・フランス語・ドイツ語
  • EU・NATO・国連の創設国、ベネルクス
  • 欧州司法裁判所等の本拠地

14世紀の紋章が、現代EU中心地の国旗に。ルクセンブルクの国旗は、1000年の歴史を持つ世界唯一の大公国を、3色のシンプルな帯に込めた1枚です。