青と赤の横二色、左上に金色の王冠。アルプス山脈のライン川沿いの小国、リヒテンシュタインの国旗です。しかし1936年のベルリン五輪で、開会式直前にハイチとまったく同じ国旗だと判明し、慌てて両国が国旗を変更しました。世界の国旗史で最も有名なエピソードを持つ1枚です。今回はそんなリヒテンシュタイン国旗の話です。
まずは構成のおさらい
リヒテンシュタイン国旗の構成は、次のとおりです。
- 横2本の帯(上から):青・赤
- 左上のカントン:金色の王冠(Prince's Crown)
- 比率:3:5
色とシンボルの意味は、以下のとおりです。
- 青:空、ライン川、平和
- 赤:夕暮れの空、リヒテンシュタイン人の家庭の炉火
- 金の王冠:リヒテンシュタイン家の君主制、国民の団結
青と赤に王冠を加えたシンプルなデザインは、ヨーロッパ最古の王朝のひとつの旗です。
1936年ベルリン五輪 ── 世界一有名な国旗事件
リヒテンシュタイン国旗には、世界的に有名な物語があります。
1936年ベルリン五輪
1936年のベルリン夏季五輪は、ナチス・ドイツが主催した物議のある五輪でした。アドルフ・ヒトラーが政治的に利用し、多くの小国家が初めて参加します。リヒテンシュタインも初参加でした。
開会式直前の衝撃
1936年8月1日、開会式の準備中のことです。リヒテンシュタイン代表団がオリンピック・スタジアムに到着すると、同時にハイチ代表団も到着しました。両国の国旗が並べて掲揚されたとき、「まったく同じ旗だ」と判明したのです。
両国とも「青と赤の横二色」でした。
| リヒテンシュタイン(1936年) | ハイチ(1936年) | |
|---|---|---|
| 上 | 青 | 青 |
| 下 | 赤 | 赤 |
| シンボル | なし | なし |
1936年8月1日のベルリン五輪で、両国の旗が偶然にもほぼ同一のデザインだったことが公式に判明したという、世界の国旗史で最も有名な発見です。
緊急対応
開会式までは、時間との戦いでした。両国の代表団が緊急会議を開き、翌日の開会式までに両国の旗を区別する必要があると確認します。
そして、両国が応急対応をとりました。リヒテンシュタインは金の王冠を左上に追加し、逆さまに掲揚しても王冠が下に来ないようにする調整も加えます。ハイチは国章を中央に追加し、国旗を国章付きの国旗に変えました。わずか一晩で両国が国旗を変えたというのが、1936年ベルリン五輪の最も有名な裏話です。
1937年6月24日、正式変更
そして1937年6月24日、リヒテンシュタインが新国旗を正式に制定しました。青と赤に金の王冠を加えたもので、以後、現代まで使われています。五輪での偶然の発見が現代の国旗を生んだという、世界でも珍しい国旗誕生エピソードです。
1852-1921年 ── 縦二色から横二色へ
リヒテンシュタイン国旗の変遷を見ていきます。
1852-1921年、縦二色
1852年から、リヒテンシュタインの国旗は左が赤、右が青の縦二色でした。
1921年、横二色に
そして1921年、横二色に変更されます。上が青、下が赤という、現代と同じ配色です。しかしこの変更で、たまたまハイチ国旗と完全に一致してしまいました。両国とも当時は国旗の意味を厳密に検討しておらず、互いに知らないまま同じデザインになっていたのです。国旗を作る時は世界の他の国旗を確認すべきだという、国旗デザイン史の教訓といえます。
「金の王冠」 ── リヒテンシュタイン家の象徴
国旗を識別するシンボル、金の王冠について見ていきます。
リヒテンシュタイン家
リヒテンシュタイン家(House of Liechtenstein)は、12世紀から続くヨーロッパの貴族家系です。オーストリア出身のハプスブルク家の家臣で、17世紀から公爵となり、1719年にリヒテンシュタイン公国が成立しました。
「Prince's Crown」
国旗の左上に描かれるのが、Prince's Crown(公子の王冠)です。リヒテンシュタイン家の公子の王冠であり、ハイチとの区別を最優先の目的として1937年に追加されました。リヒテンシュタイン家の支配を象徴するもので、5世紀以上続く貴族家系が現代の国旗へと受け継がれていることを表します。
リヒテンシュタインという国
リヒテンシュタインの基本情報です。
- 正式名:リヒテンシュタイン公国(Fürstentum Liechtenstein)
- 首都:ファドゥーツ(Vaduz)
- 面積:約160km²(東京都の羽田空港程度)
- 人口:約4万人
- 公用語:ドイツ語
- 宗教:ローマ・カトリック(約76%)
「世界で11番目に小さい国」
リヒテンシュタインは、極めて小さい国です。
| 順位 | 国 | 面積 |
|---|---|---|
| 1 | バチカン市国 | 0.49km² |
| 2 | モナコ | 2.02km² |
| 3 | ナウル | 21km² |
| 4 | ツバル | 26km² |
| 5 | サンマリノ | 61km² |
| ... | ... | ... |
| 11 | リヒテンシュタイン | 約160km² |
世界で11番目に小さい独立国です。
「内陸国の中の内陸国」
リヒテンシュタインは、世界に2か国しかない二重内陸国のひとつです。スイスとオーストリアに囲まれ、その両隣も内陸国であるため、「内陸国に囲まれた内陸国」になっています。海まで出るには2つの国を越える必要があり、こうした二重内陸国は世界でウズベキスタンとリヒテンシュタインだけです。
「軍隊を持たない国」
リヒテンシュタインは、軍隊を持ちません。1868年に軍隊を廃止し、現在はスイスが事実上の防衛を担っています。国内には国境警察のみが置かれています。
「世界一裕福な国のひとつ」
リヒテンシュタインは、国民1人当たりGDPで世界トップクラスの国です。国民1人当たりGDPは約20万ドルにのぼり、モナコやルクセンブルクに並ぶ富裕国です。金融業と製造業が経済の中心となっています。
「ファドゥーツ城」
首都ファドゥーツには、ファドゥーツ城が君臨しています。12世紀から続く城で、リヒテンシュタイン家の住居です。観光名所として知られますが、王族が今も住んでいるため非公開となっています。
「義歯と切手の国」
リヒテンシュタインには、意外な世界的産業があります。義歯の世界的な生産国であり、Ivoclar Vivadent社が世界市場の30%以上を占めます。また、精緻なリヒテンシュタイン切手は、世界の収集家に人気です。人口4万の国が世界市場を支配しているのです。
ちなみに:「リヒテンシュタイン家がチェコに広大な領地」
リヒテンシュタインには、意外な歴史があります。
1719年以前の本拠地
リヒテンシュタイン家は、もともとチェコ・モラビアが本拠地でした。17世紀には現在のチェコに広大な領地を持っていましたが、1945年、第二次大戦後の共産主義チェコスロバキアがこれを没収します。2009年に外交関係を樹立したものの、領地問題は未解決のままです。国旗の青はアルプスの空を表しますが、リヒテンシュタイン家の本拠地はチェコだったという、興味深い歴史です。
まとめ:1936年五輪の発見、金の王冠
今回のリヒテンシュタイン国旗のまとめです。
- 青(上)と赤(下)の横二色+左上の金の王冠(公子の王冠)
- 1937年6月24日、正式制定
- 1936年ベルリン五輪の開会式直前に、ハイチ国旗と完全一致を発見
- 両国が一晩で対応:リヒテンシュタインは王冠追加、ハイチは国章追加
- 1852-1921年は赤と青の縦二色、1921年に横二色に変更(ハイチと同じデザインに)
- 青=空・ライン川、赤=夕暮れ・家庭の炉火、金の王冠=リヒテンシュタイン家
- リヒテンシュタイン家は12世紀から続く貴族家系
- 1719年、リヒテンシュタイン公国成立
- 世界で11番目に小さい独立国(約160km²)
- 世界で2か国だけの「二重内陸国」(もう1つはウズベキスタン)
- スイスとオーストリアに囲まれる
- 1868年から軍隊なし、スイスが事実上の防衛
- 国民1人当たりGDP約20万ドル、世界トップクラスの富裕国
- 義歯と切手の世界的産業
- リヒテンシュタイン家は元々チェコ・モラビアが本拠地(1945年没収)
五輪の偶然の発見が、現代の国旗を生んだ。リヒテンシュタインの国旗は、世界の国旗史で最も有名なエピソードを持つ、世界で最も親しみやすい1枚です。