黒・白・緑の3本の横帯、左に赤い三角形と白い7角星。ヨルダンの国旗は、中東のハシム王国の旗です。1916年のアラブ大反乱の旗から派生した、汎アラブ旗の典型。そして7つの先端の星は、コーランのファーティハ章の7節を象徴します。世界の国旗のなかで最もイスラム神学的な1枚です。今回はそんなヨルダン国旗の話です。
まずは構成のおさらい
ヨルダン国旗の構成は、次のとおりです。
- 横3本の帯(上から):黒・白・緑
- 左側(旗竿側):赤い三角形
- 赤い三角形のなか:7角星(白)
色とシンボルの意味は、以下のとおりです(汎アラブ色)。
- 黒:アッバース朝(750-1258年)の旗の色
- 白:ウマイヤ朝(661-750年)の旗の色
- 緑:ファーティマ朝、または正統カリフ時代(632-661年)の色
- 赤:ハシム家・アラブ大反乱の色
- 7角星:コーランのファーティハ章(開扉の章)の7節と、アラブ民族の団結
1枚の旗に、イスラム史の4つの偉大な王朝。世界の国旗のなかでも、もっとも歴史的に深い1枚です。
「汎アラブ色」 ── イスラム史の4王朝
ヨルダン国旗の黒・白・緑・赤には、それぞれ意味があります。
黒 ── アッバース朝
黒はアッバース朝(750-1258年)の色です。イスラム黄金時代を築いた王朝で、首都はバグダードでした。黒い旗を使用しており、これは「預言者ムハンマドの旗の色」だとする伝統に基づいています。
白 ── ウマイヤ朝
白はウマイヤ朝(661-750年)の色です。イスラム帝国の最初の世襲王朝で、首都はダマスカス。白い旗を用いていました。
緑 ── ファーティマ朝(または正統カリフ時代)
緑はファーティマ朝(909-1171年)の色です。シーア派の北アフリカ・エジプト王朝で、首都はカイロ。緑の旗を掲げていました。あるいは、正統カリフ時代(632-661年)のアリーの色(緑)とも言われます。
赤 ── ハシム家
赤はハシム家の色です。ハシム家は預言者ムハンマドの家系であり、アラブ大反乱の指導者、そして現在のヨルダン王家でもあります。赤はシャリーフ(ムハンマド子孫)の伝統色です。
1枚の旗に、イスラム史の4つの王朝と現代のハシム家。極めて歴史的な構成です。
7角星 ── ファーティハ章の7節
ヨルダン国旗に描かれた、白い7角星に注目です。
「7つの先端」
ほとんどの国旗の星は、5角または6角です。5角星は最も一般的で(アメリカ・中国など)、6角星はダビデの星、イスラエル国旗などに見られます。
これに対して、7角星はヨルダン独特です。コーラン第1章「開扉の章」であるファーティハ章の7節を象徴しており、これはコーランの中で最も重要な章のひとつです。
ファーティハ章の7節
ファーティハ章は、ムスリムが毎日5回の礼拝で唱えるものです。
「慈悲深く慈愛あまねくアッラーの御名において」(1節) 「万有の主、アッラーに讃えあれ」(2節) 「慈悲深く慈愛あまねき御方」(3節) 「最後の審判の日の主に」(4節) 「われらはあなたにのみ崇拝し、あなたにのみ救いを求める」(5節) 「われらを正しい道に導きたまえ」(6節) 「あなたが恵みを下された者たちの道に。あなたの怒りを買う者、迷い去る者の道ではなく」(7節)
国旗の7角星は、イスラム信仰の核心を表す。世界の国旗のなかで最もイスラム神学的なシンボルです。
別の解釈
7つの先端については、諸説あります。アラブ民族の7つの主要部族の団結、イスラムの7つの徳、7つのアラブ国家の連帯(諸説あり)などです。
そのなかでも、「ファーティハ章の7節」が最も公式で、広く受け入れられた解釈です。
1916年 ── アラブ大反乱の旗から
ヨルダン国旗の起源は、アラブ大反乱にさかのぼります。
アラブ大反乱
1916年から1918年にかけて起こったアラブ大反乱は、オスマン帝国からのアラブ独立闘争でした。指導者はメッカのシャリーフであり、ハシム家のフセイン・ビン・アリー。イギリスのアラブのロレンス(T・E・ロレンス)が支援し、アラブ統一国家の樹立を目標としていました。
アラブ大反乱の旗
1916年、アラブ大反乱の旗が制定されます。黒・白・緑の横3本帯に、左の赤い三角形を配したもので、星はありませんでした。
この旗が、現代のヨルダン・パレスチナ・西サハラ・クウェート・スーダン・アラブ首長国連邦・ベナンなど、多くの汎アラブ旗の基礎となりました。これが汎アラブ旗の系譜です。
サイクス・ピコ協定の裏切り
しかし、同じ1916年にサイクス・ピコ協定が結ばれます。イギリスとフランスが密かに、戦後のアラブ地域を分割する密約でした。これによってアラブ統一国家の約束は破られ、シリア・レバノンはフランス、パレスチナ・ヨルダン・イラクはイギリスの委任統治となります。
国旗の赤はアラブ統一の夢を表しますが、現実は分割でした。重い歴史を背負った旗です。
1928年4月16日 ── ヨルダン国旗の制定
ここからは、ヨルダン国旗の正式制定を見ていきます。
トランスヨルダン
1921年、トランスヨルダン首長国が成立し、ハシム家のアブドゥッラー1世が首長となります。イギリス委任統治下にあり、ハシム家の旗を継承していました。
1928年、新国旗
1928年4月16日、アブドゥッラー1世が現代版の国旗を制定します。アラブ大反乱の旗に7角星を追加し、トランスヨルダン独自の旗として差別化したものです。
1946年5月25日、独立
そして1946年5月25日、ヨルダンがイギリスから完全独立を果たします。国旗は変更されず、そのまま継承されました。正式名は「ヨルダン・ハシム王国」です。
ヨルダンという国
ヨルダンの基本情報です。
- 正式名:ヨルダン・ハシム王国(المملكة الأردنية الهاشمية、Hashemite Kingdom of Jordan)
- 首都:アンマン(Amman)
- 面積:約8.9万km²
- 人口:約1,100万人
- 公用語:アラビア語
- 宗教:イスラム教(約93%、スンナ派)、キリスト教(約2%)
「ハシム王国」
ヨルダン王家は、ハシム家です。預言者ムハンマドの曽祖父ハシムの子孫であり、ムハンマドの娘ファーティマとアリーの血筋を引きます。まさに「ムハンマドの血を引く王家」です。現国王はアブドゥッラー2世(Abdullah II、1999年-)です。
国旗の赤はハシム家、すなわちムハンマドの血筋を表す。世界の国旗のなかで最も宗教的に重要な王家のシンボルです。
「中東で最も安定した国のひとつ」
ヨルダンは、周辺の戦乱を逃れて比較的安定しています。周辺ではイラク戦争・シリア内戦・パレスチナ問題などが続きましたが、ヨルダンは安定して王制を継続してきました。大量の難民を受け入れており、パレスチナ難民・イラク難民・シリア難民を合わせて約200万人にのぼります。
「ペトラ遺跡」
ヨルダンの世界遺産が、ペトラです。ナバテア王国(紀元前1世紀-紀元106年)の岩窟都市で、ユネスコ世界遺産であり、新世界七不思議にも数えられます。映画『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』で世界的に有名になりました。
「死海」
ヨルダンの地理的特徴が、死海です。世界で最も塩分濃度が高い湖のひとつ(約30%)で、海面下430mという、世界で最も低い陸地にあります。イスラエルとヨルダンの国境に位置します。
国旗の白は死海の塩、緑はヨルダン渓谷の農地。そんなシンボリズムも重なります。
ちなみに:「ヨルダン」の名前
国名「ヨルダン」(Jordan)は、ヨルダン川に由来します。
ヨルダン川
ヨルダン川は、聖書やコーランに登場する聖なる川です。ガリラヤ湖から死海へと流れ、キリストが洗礼を受けた場所とされます。ヘブライ語・アラビア語で「流れる」を意味します。
ハシム王国
正式名の「ハシム王国」は、ハシム家にちなんだものです。「ヨルダン」は地理的名称、「ハシム」は王家・統治の正統性を表します。
地理(ヨルダン川)と宗教(ハシム家)。それがヨルダンの国家アイデンティティです。
まとめ:4つの王朝、7節のファーティハ
今回のヨルダン国旗のまとめです。
- 黒・白・緑の横三色、左の赤い三角形、白い7角星
- 1928年4月16日、アブドゥッラー1世が現代版を制定
- 1946年5月25日、イギリスから完全独立、国旗は継続
- 起源は1916-1918年のアラブ大反乱の旗
- 黒はアッバース朝、白はウマイヤ朝、緑はファーティマ朝(または正統カリフ時代)、赤はハシム家
- 7角星はファーティハ章(コーラン第1章)の7節を象徴
- 「われらを正しい道に導きたまえ」を含む、イスラム信仰の核心
- 1916年のサイクス・ピコ協定でアラブ統一の夢は破られる
- 1921年トランスヨルダン首長国、ハシム家のアブドゥッラー1世
- ハシム家は預言者ムハンマドの曽祖父ハシムの子孫
- 現国王アブドゥッラー2世(1999年-)
- 国民の約93%がイスラム教徒(スンナ派)
- 約200万人の難民(パレスチナ・イラク・シリア)を受け入れ
- ペトラ遺跡(ユネスコ世界遺産、新世界七不思議)
- 死海(世界で最も低い陸地、塩分濃度約30%)
- 国名「Jordan」はヨルダン川から。キリストが洗礼を受けた聖なる川
4つのイスラム王朝とコーランの7節を、1枚の旗に。ヨルダンの国旗は、世界で最もイスラム神学的に深いシンボルを、汎アラブ色のなかで最も典型的に表現した1枚です。