黒・黄金・緑、黄金色のX字が、旗を4つの三角に分割するジャマイカの国旗。世界の国旗のなかで、唯一赤・白・青の3色をひとつも使っていない国旗として知られています。しかも最初は「横三色」のデザインだったという、ちょっと意外な裏話があります。今回はそんなジャマイカ国旗の話です。
まずは構成のおさらい
ジャマイカ国旗は、けっこう独特な構成です。
- 背景:黄金色(ゴールド)のX字(サルタイア)が対角線で交差
- X字が作る4つの三角:上下の三角が緑、左右(旗竿側・フライ側)の三角が黒
色は3色だけで、黒・黄金・緑です。「斜め十字(サルタイア)」という構造自体は、スコットランドの聖アンドリュー十字などにも見られますが、色がこの組み合わせなのはジャマイカだけです。
色の意味は、次のとおりです。
- 黒:国民の強さと創造性(後述しますが、元は別の意味でした)
- 黄金:太陽の自然美と国の富
- 緑:希望と農業資源
公式モットーは「The sun shineth, the land is green and the people are strong and creative(太陽が照り、大地は緑、そして人々は強く創造的だ)」です。
「赤・白・青」がない、世界で唯一の国旗
ジャマイカ国旗がもっともユニークなのは、赤・白・青の3色を1つも使っていない、世界で唯一の主権国家の国旗だということです。
世界の国旗の「定番3色」
世界中の国旗を見渡すと、赤・白・青は圧倒的に使用頻度が高い色です。赤は約75%の国旗で、白は約78%の国旗で、青は約53%の国旗で使われています。
国旗には赤・白・青のどれかが必ず入っているというのが、世界の常識だったわけです。その中で、ジャマイカだけが3色とも使いません。
モーリタニアとの違い
実は2017年まで、モーリタニアもジャマイカと並ぶ「赤・白・青なし」の国でした。緑地に黄色い三日月と星というデザインです。
ところがモーリタニアは2017年8月、国民投票で旗を変更し、緑地に赤い縞を上下に追加して「赤」を取り入れることになりました。
その結果、ジャマイカが2017年以降、「赤白青なし」の唯一の国になったわけです。
世界で1つしかない、定番色のない国旗。これだけでもジャマイカ国旗は、世界の旗のなかで特別な存在です。
もとは「横三色」だった
ジャマイカ国旗のもうひとつ面白い話が、最初は「黒・黄・緑の横三色」のデザインだったことです。
1962年、デザイン委員会
ジャマイカは1962年8月6日にイギリスから独立するにあたって、ジャマイカ衆議院に超党派の旗デザイン委員会が結成されました。
委員会が最初に提案したのは、緑・黄・黒・黄・緑の5本の水平帯(中央の黒が広めで、その上下に黄、外側に緑)という横ストライプ構成(汎アフリカ色の派生)でした。ガーナの国旗(赤・黄・緑に黒い星)と同じ系統の色で、アフリカ系移民の歴史を持つジャマイカにふさわしい選択でした。
「タンガニーカと似てる」問題
ところが、提案が公表された後に問題が浮上します。これはタンガニーカの国旗とほぼ同じではないか、というのです。
タンガニーカ(1964年にザンジバルと合併してタンザニアになる前の独立国)の国旗が、まさに緑・黒・緑に黄色い細帯を加えた横帯構成でした。配色も雰囲気も非常に似ていたのです。
新国家の国旗が、他の国とそっくりというのはまずい。ということで、委員会は急遽デザインを変更しました。5本の水平帯をX字(サルタイア)に変え、色はそのまま3色(黒・黄・緑)を使いつつ、配置だけを大幅に変更したのです。
結果として、世界のどの旗とも似ていない、ユニークなX字デザインが生まれました。
他の国とかぶるのを回避した結果、世界で唯一の旗になった。なかなか面白い経緯です。
黒の意味は、変化してきた
ジャマイカ国旗の黒の意味には、興味深い変遷があります。
1962年の最初の解釈
独立当時、黒の意味は「乗り越えた苦難(hardships overcome)」でした。奴隷貿易の犠牲となった先祖たち、植民地時代の重圧。これらの苦難を、ジャマイカ人は乗り越えてきたという、過去の困難を強調する意味でした。
1996年の改定
ところが1996年、政府は「黒」の解釈を「国民の強さと創造性」に変更します。苦難を語るのではなく、それを乗り越えた人々の強さを語ろうと、ポジティブな表現に切り替えたわけです。
これには、いくつかの理由がありました。独立から34年が経ち、過去の困難より未来への展望を語るべき時期になったこと。ジャマイカがボブ・マーリー、ウサイン・ボルト、ハーフピントなどを輩出した、文化大国としての自負があること。そして「強さと創造性」のほうが、現代のジャマイカらしいこと。こうした政治的・文化的な判断によるものでした。
国旗の色の意味そのものが、時代に合わせて変わるというのも珍しい話です。国旗の物理的デザインは同じでも、解釈は更新されるわけです。
ラスタファリ運動とジャマイカ
ジャマイカといえば、ラスタファリ運動とレゲエを抜きには語れません。
ラスタファリ運動
ラスタファリ運動は、1930年代のジャマイカで生まれた宗教・思想運動です。エチオピア皇帝ハイレ・セラシエを救世主とみなし、「アフリカへの回帰」を理想とします。ジャマイカ生まれの黒人解放運動家であるマーカス・ガーヴェイの思想に強く影響を受けています。
ラスタファリの色:赤・黄・緑+黒
ラスタファリ運動の象徴的な4色には、それぞれ意味があります。赤は流された血と闘いを、黄(金)は富と太陽を、緑はアフリカの大地を、黒はアフリカ系の人々を表します。
これはエチオピア国旗(赤黄緑)に、マーカス・ガーヴェイのブラック・スター・ラインの黒を加えたものに由来します。汎アフリカ色そのままです。
ジャマイカ国旗との関係
「あれ、じゃあジャマイカ国旗には赤が入っているのでは」と思うかもしれませんが、ジャマイカ国旗には赤がありません。
ここに、ちょっとした文化的な「ねじれ」があります。ジャマイカ生まれのラスタファリ運動は赤・黄・緑・黒の4色を使いますが、ジャマイカ国旗は黒・黄・緑の3色のみなのです。
これは時系列の問題です。ジャマイカ独立時(1962年)には、ラスタファリ運動はまだ社会的に主流ではありませんでした。ラスタファリ運動が世界に広まったのは、ボブ・マーリーの活躍(1970年代後半)以降のことです。国旗のデザインが決まった時点では、ラスタファリ色は意識されていなかったわけです。
逆に言うと、ジャマイカの国旗には当時の世俗的な政治・経済価値が表現され、ラスタファリ的な宗教価値は別の場所(文化)に存在するという構造になっているわけです。
1962年8月6日、独立
ジャマイカ独立は、1962年8月6日でした。
西インド連邦の解体
その背景には、西インド連邦(1958-1962)の解体がありました。カリブ海諸国がイギリス連邦内でひとつの連邦を作るという壮大な計画が、わずか4年で破綻します。ジャマイカが1961年9月の国民投票で連邦離脱を選び、それが連邦全体の解体につながりました。
そして1962年8月6日、ジャマイカは単独でイギリスからの独立を達成します。同日、新しいX字の旗がキングストンの国会議事堂で初めて掲げられました。
「独立の日=国旗の日」
ジャマイカでは、8月6日は「ジャマイカ独立記念日」として国民の祝日です。国旗の初掲揚の日でもあるので、毎年大規模な式典が行われます。
独立と国旗が同じ日に始まった。この記念日が、国民の連帯のシンボルとして大切にされている、というわけです。
ちなみに:「ジャマイカ」の名前
「ジャマイカ」という国名は、タイノ族の言葉「ハイマカ(Xaymaca)」に由来し、「木と水の地」という意味です。
タイノ族は、コロンブス到来以前のジャマイカに住んでいた先住民です。1494年にコロンブスが島を発見した時、すでに豊かな自然があり、彼が記録した先住民の言葉が現在の国名のルーツとなりました。
先住民の言葉が、独立国の名前として残っている。奴隷貿易・植民地支配・独立を経て、最も古いルーツが地名として残ったというのは、世界の旧植民地国に共通の文化的特徴です。
まとめ:世界で1つしかない、定番色のない旗
今回のジャマイカ国旗のまとめです。
- 黄金色のサルタイア(X字)が旗を4つに分割、上下が緑、左右が黒
- 1962年8月6日採用、イギリスからの独立日
- 世界で唯一、赤・白・青の3色を1つも使わない主権国家の国旗
- もとは緑・黄・黒・黄・緑の5本水平帯案だったが、タンガニーカ国旗との類似性から急遽X字に変更
- 黒の意味は1962年「乗り越えた苦難」から1996年「国民の強さと創造性」に変更
- 黄金は太陽と富、緑は希望と農業
- ラスタファリ運動はジャマイカ生まれだが、赤・黄・緑・黒の4色は国旗には反映されていない(時系列のずれ)
- 国名「ジャマイカ」はタイノ族の言葉「ハイマカ」(木と水の地)が起源
- 8月6日は独立記念日であり国旗初掲揚日として国民の祝日
世界中の旗のなかで、自分だけのカラーパレットを持つ国。ジャマイカの旗は、他の何ものとも似ていない独自の存在として、世界の国旗のなかで特別な位置にいます。