サフラン(橙)・白・緑の横三色に、中央に青い車輪。インドの国旗は、「トリランガ(Tiraṅgā)」、三色の旗、と呼ばれています。よく見ると中央の車輪、スポークの数がちょうど24本。この24本、ひとつひとつにちゃんと意味があるんです。今回はそんなインド国旗の話。
まずは構成のおさらい
インド国旗は、上から次の横三色(トライバンド)です。
- サフラン(India Saffron、独特の濃い橙色)
- 白(中央にアショーカ・チャクラ=紺色の24本スポーク車輪)
- 緑(India Green)
色の意味は、独立後インドの初代副大統領にして哲学者のサルヴパッリー・ラーダクリシュナンが、こう語っています。
- サフラン:放棄と無欲——「個人の利益から離れる」精神
- 白:真理への道を照らす光——正しい行いの指針
- 緑:大地と植物との繋がり——すべての生命の基盤
「放棄」「真理」「大地」を上から積み上げる、というのは哲学的な国旗の解釈としてかなり美しいですよね。
デザイナーは「農民で独立運動家」だった
インド国旗をデザインしたのは、ピンガリ・ヴェンカイヤ(Pingali Venkayya、1876-1963)という人物です。
アーンドラ・プラデーシュ州出身で、職業としては農民、思想としてはインド独立運動の活動家でした。大学講師の仕事もしていたことがあり、いわば「複数のキャリアを掛け持ちしていた市井の人」です。
彼が1921年、ヴィジャヤワーダで開かれたインド国民会議派の集会で、新しい旗のデザインをマハトマ・ガンディーに提案しました。これが現行国旗の原型になります。
ヴェンカイヤは20年以上にわたって世界中の国旗を研究し、「色の意味」「象徴の力」を熟知したうえで、インドにふさわしい旗を考えました。専門デザイナーではない一介の市民が国旗をデザインしたというのは、けっこう感動的な背景です。
元は「糸車(チャルカー)」だった
ヴェンカイヤの当初の提案は、赤・緑の二色+中央に糸車(チャルカー)というデザインでした。
このチャルカー(糸車)は、ガンディーが推進したカディ(手織り綿布)運動の象徴で、「自立」と「自給自足」を意味していました。「インドの綿は、インド人が紡ぐ」という、植民地支配への抵抗のシンボルです。
ガンディーが助言を加えて白いストライプを足し、その後の議論でサフランが追加されて、独立直前の国民会議派の旗(スワラージ旗)として定着していきました。
1947年、糸車が「車輪」に置き換わった
ここから先がインド国旗の最大の転換点です。
独立直前の1947年7月、制憲議会で「新生インドの国旗」を確定する作業が行われました。このとき、当時の指導者ジャワハルラール・ネルーの提案により、糸車(チャルカー)をアショーカ・チャクラ(法輪)に置き換えるという決定が下されます。
理由はいくつかありました。チャルカーは特定の運動(カディ)の象徴で、宗教や地域を超えた「インド全体」を象徴するには狭いこと。アショーカ・チャクラは紀元前3世紀のマウリヤ朝の遺産で、インド共通の古代の叡智を表せること。そして円のシンボルは旗にしたとき表裏で形が変わらない(チャルカーは見る向きで形が違って見える)こと。
ガンディー本人はこの変更にちょっと不満だったとも伝えられていますが、最終的にこの新デザインで合意。1947年7月22日に正式採択され、そして1947年8月15日のインド独立とともに、新国旗として掲揚されました。
アショーカ・チャクラは「2,200年前のシンボル」
中央の青い車輪、アショーカ・チャクラは、紀元前3世紀のマウリヤ朝にまで遡る、ものすごく古いシンボルです。
アショーカ大王(在位:紀元前268〜232年ごろ)は、インドをほぼ統一した古代の名君で、仏教を保護したことで知られています。彼が領内に建てたアショーカ王の石柱、特にサールナートに立てられたライオン柱頭には、4頭のライオンと、そのまわりを囲む車輪が刻まれていました。
この車輪こそがダルマ・チャクラ(法の車輪)であり、アショーカ・チャクラです。仏教における「法(ダルマ)」の象徴で、「正しい教えの車輪は止まることなく回り続ける」という思想を表しています。
つまりインド国旗の真ん中には、2,200年以上前の古代インドの叡智が、紺色の車輪として描き込まれている、ということ。現代の国家が、ここまで古い文化遺産を直接シンボルに採用している例は、世界でもまれです。
24本のスポーク、ぜんぶに意味がある
アショーカ・チャクラのスポーク(車輪の輻)はちょうど24本。これ、ぴったり24という数字に意味があります。
インド政府の公式解説では、24本のスポークは「1日の24時間」を象徴しています。「国が24時間、止まることなく前進・発展し続ける」という、現代インドの躍動感そのものを表す数字、というのが第一義です。「車輪は回り続ける、止まれば死ぬ」というアショーカ・チャクラの根本思想(Wheel of Time)が、24時間という数字に重ねられているわけです。
そのうえで、24はダルマ(法)の24の徳目を表すとも言われます。具体的には、愛、勇気、忍耐、平和、寛大さ、善良さ、誠実さ、自己制御、無私、犠牲、真実、正義、慈悲、柔和さ、無欲、節制、奉仕、責任、多様性、教育、謙虚さ、共感、同情、知識の24です。
なお、この24の徳目のリストは伝統やテキストによって少しずつ違うこともあり、絶対的な「公式リスト」があるわけではありません。基本的な発想として「24の倫理的徳目を表す」という理解でOKです。
1日が24時間あるように、人生のあらゆる時間に、24の徳目とともに歩んでほしい。そういう祈りが、車輪のスポーク1本1本に込められている、というわけです。
法律で「カディでなければならない」と決まっている
インド国旗の最後にもうひとつ面白い話を。
実はインドの国旗は、法律で「カディ(手紡ぎ・手織りの綿布または絹布)で作らなければならない」と定められているんです。国旗規定(Flag Code of India)にはこう書かれています。「インド国旗は、カディの綿布、または絹のカディでなければならない」。
これは、ヴェンカイヤとガンディーのカディ運動の精神を、糸車そのものが旗から消えた今もなお、素材として残しているためです。車輪は変わっても、「インド人が自分の手で紡いだ布が、インドを象徴する」という考え方は変わっていない。なかなか粋な仕掛けです。
ちなみにインドのカディ国旗は、カルナータカ州フブリの特定の工房だけが製造資格を持っていて、世界の国旗のなかでも「製造場所が法律で限定されている」という、けっこう独自の運用がされています。
まとめ:古代の叡智と、現代の自立精神が同居する旗
今回のインド国旗まとめ。
- サフラン・白・緑の横三色+中央に紺色のアショーカ・チャクラ
- 色:サフラン=放棄/無欲、白=真理の光、緑=大地と命
- デザイナーはピンガリ・ヴェンカイヤ(農民・独立運動家)、1921年にガンディーに提案
- 当初は糸車(チャルカー)の図案だったが、1947年7月にネルーの提案でアショーカ・チャクラに置き換え
- アショーカ・チャクラは紀元前3世紀のマウリヤ朝・アショーカ大王の石柱に由来
- 24本のスポークは「1日の24時間=絶え間なき前進」(政府公式解釈)とダルマ(法)の24の徳目の二重の意味を持つ
- 国旗の素材は法律でカディ(手紡ぎ・手織りの布)に限定されている
- 製造はカルナータカ州フブリの特定工房だけが資格を持つ
「2,200年前の文化遺産+手紡ぎ布での製造義務」。古さと自立の精神が、1枚の旗のなかで同居している、ちょっと類のない国旗です。