緑の背景のなかに、黄色い矢じり、そのなかにさらに赤い矢じり。「黄金の矢じり(Golden Arrowhead)」と呼ばれるガイアナの国旗です。独特なデザインに目を奪われますが、もうひとつ驚くべきは、この旗が現代旗章学の父と呼ばれる学者の学生時代の作品だということ。今回はそんなガイアナ国旗の話です。
まずは構成のおさらい
ガイアナ国旗、通称「ゴールデン・アローヘッド(黄金の矢じり)」は、5色の独特な構造を持っています。
- 背景:緑
- 黄色の三角形:旗竿側から右に向かって伸びる、大きな金色の三角形(矢じり)
- 赤い三角形:その内側に重なる、もう一回り小さい三角形
- 白い縁取り:黄色い三角と緑の境界に入る細い縁
- 黒い縁取り:赤い三角と黄色の境界に入る細い縁
3つの三角形が入れ子になっているような構成で、矢が右に向かって飛んでいくような視覚効果があります。これが「黄金の矢じり」と呼ばれるゆえんです。
色の意味は、次のとおりです。
- 緑:農業と森林
- 金(黄):鉱物資源(金・ボーキサイトなど)
- 赤:国家建設の情熱と活力
- 白:河川と水資源
- 黒:忍耐
5色すべてに別々の意味が割り振られているというのも、結構珍しいことです。ガイアナという国の構成要素を5つに分けて表現した旗だと言えます。
デザイナーは「旗章学の父」だった
ガイアナ国旗の話でいちばん面白いのは、デザイナーです。
その人物はウィットニー・スミス(Whitney Smith、1940-2016)というアメリカ人で、現代の旗章学(vexillology、ベクシロロジー)の創始者として、世界中の旗章学者から「父」と呼ばれています。
「旗章学」という言葉を1957年に造ったのも彼でした。古代ローマの軍旗を意味するラテン語「ヴェクシラム(vexillum)」と「-ology(学問)」を組み合わせた造語で、旗を学問として扱うという分野そのものを生み出したのがウィットニー・スミスだったのです。
そんな彼が1960年、ハーバード大学の学部生(政治学専攻)だった頃、当時独立を準備していたガイアナ(イギリス領ガイアナ)の首相チェディ・ジェイガン博士に手紙を書きます。「あなたの国の新しい国旗、私にデザインさせてもらえませんか」という内容でした。
20歳の学生が、独立直前の国の首相に手紙で旗を提案する。ちょっと信じられない大胆さですよね。
しかしジェイガン首相は本気で取り合い、ウィットニー・スミスを正式に招待してデザイン案を提出させました。そして1962年に提出された彼のデザインが、1966年の独立時に正式採用されることになります。
まだ大学生だった旗章学者が、自分の研究対象を実際に作ってしまった。これは、ものすごく稀な事例なのです。
デザインに加えられた、小さな修正
ウィットニー・スミスのオリジナル提案は、もっとシンプルでした。緑の背景に黄色い矢じり、そして赤い内側の矢じりという3色構成で、縁取りはなし、というのが彼の最初の案です。
これに対して、イギリスの紋章院(College of Arms)が、色のコントラストを上げるために黒と白の縁取りを追加してはどうかと提案しました。紋章院は、独立準備期にイギリスの植民地が独立するとき、国旗や国章を最終的に調整する役割を担っていた組織です。
結果として現在の5色構成になり、1966年5月26日の独立記念日に正式採用されました。ウィットニー・スミスの「3色」と、紋章院の「2色の縁取り」のコラボが現在の旗というわけです。
スミス自身は後年、縁取りはなくてもよかったと思うが、結果として識別性が上がったことは認める、と語っていたと伝えられています。
ガイアナという国そのものを表す5色
ガイアナは南米の北東、ベネズエラ・ブラジル・スリナムに囲まれた小さな国です。
国の特徴を見ていくと、国旗の5色がそのまま国の地理・経済を物語っていることがよくわかります。
緑:森林の国
ガイアナの国土の85%以上が熱帯雨林です。世界でも有数の手つかずの森を持つ国で、生態学的にはギアナ高地の熱帯雨林(Guayanan Highlands moist forests)に属します。これはアマゾン盆地の生態系と地続きの、独自の生物多様性を持つ古い森です。「緑の国」というのは決して大げさではなく、衛星写真で見ると国の大半が緑に覆われています。
金:鉱物資源の国
金・ボーキサイト・ダイヤモンドなどが豊富で、20世紀から鉱業が国の主要産業でした。さらに2015年以降、沖合で巨大な石油・天然ガス田が発見され、いま急速に経済が成長しています。
白:水の国
ガイアナの語源は、アラワク語で「水の多い土地」を意味するガイアナ(Guianan)からきています。エセキボ川・デメララ川など、無数の大河と滝が流れる国で、世界最大級の落差を持つカイエチュール滝もあります。
赤と黒:人々の精神
赤は独立後の若い国の活力を、黒はそれを支える忍耐を表します。物理的要素(緑・金・白)に精神的要素(赤・黒)を加えて5色が構成されている、という構造です。
矢じりが指すのは、未来
「黄金の矢じり」というニックネームには、矢印が右に向かって飛んでいく、つまり未来に向かって進む国家、というメッセージが込められています。
ガイアナは独立から約60年の若い国で、人口も80万人ほどの小国です。でも近年、石油発見によってGDPが世界トップクラスの伸び率を示し、「南米の小さな経済奇跡」とも呼ばれるようになっています。
矢じりが右を向いて飛んでいる。この旗のデザインは、国の歩んでいる方向そのものを、独立から60年経った今もずっと指し続けている、ということになります。
まとめ:旗章学者が、自分の研究対象を作ってしまった国
今回のガイアナ国旗のまとめです。
- 緑の背景に、黄金の大きな矢じり、赤い小さな矢じり、白と黒の細い縁取りを重ねている
- 通称は「ゴールデン・アローヘッド(黄金の矢じり)」
- デザイナーはウィットニー・スミス(1940-2016)で、「旗章学(vexillology)」という言葉を1957年に造った現代旗章学の創始者
- スミスがハーバード大学の学部生(20歳)だった1960年に、当時の首相チェディ・ジェイガンに手紙で提案した
- 1962年に正式デザインを提出し、イギリス紋章院が黒と白の縁取りを追加した
- 1966年5月26日のイギリスからの独立とともに正式採用された
- 色の意味は、緑が農業・森林、金が鉱物資源、赤が国家建設の情熱、白が河川・水、黒が忍耐
- 矢じりが右に飛ぶデザインは、未来に向かって進む国を表す
旗の学問を作った人が、現実の国旗を作った。ガイアナの旗は、旗章学そのものの歴史を背負っている、特別な1枚です。