明るい水色(シアン)の地、左上にユニオン・ジャック、右側に盾型の国章。フィジーの国旗は、南太平洋の英連邦国家の旗です。1987年に共和制に移行し、英国王が国家元首ではなくなった後も、英国旗が国旗に残り続けているという、世界の国旗のなかで珍しい「共和国なのに英連邦旗」の事例です。2013年に首相が変更を提案したものの、最終的に断念したという現代的な物語もあります。今回はそんなフィジー国旗の話です。
まずは構成のおさらい
フィジー国旗の構成は、次のとおりです。
- 背景:明るい空色(ライトブルー/スカイブルー)。通常の英連邦旗の紺色より明るい(公式には Light Blue / Sky Blue。「シアン」と呼ばれることもあるが純色シアン #00FFFF ではない)
- 左上のカントン:ユニオン・ジャック
- 右側(フライ側):フィジー国章の盾
国章の盾の構成(簡素化版)は、次のとおりです。
- 上部:セント・ジョージ十字(赤い十字)に分割された4つの区画。サトウキビ、ココヤシの実、平和の鳩(オリーブの枝を持つ)、バナナ
- 盾の中央上部:英国王の獅子(金)。カカオの実を持つ
色とシンボルの意味は、以下のとおりです。
- 明るい水色:太平洋、海と空、フィジーの観光産業
- ユニオン・ジャック:英国との歴史的繋がり
- 盾の中の作物:フィジーの主要産業(サトウキビ・ココヤシ・バナナ)
- 平和の鳩:和平の象徴
- 英国の獅子:英国との関係
太平洋、英国、フィジーの伝統産業という3つの要素を1枚に込めた英連邦旗です。
「明るすぎる水色」 ── 太平洋の色
フィジー国旗の特徴的な点は、英連邦旗のなかで最も明るい水色であることです。
通常の英連邦旗の青
英連邦旗(ブルー・エンサイン)系は、通常は紺色・濃い青です。オーストラリアやニュージーランド、クック諸島は紺青で、ニウエは黄色という例外もあります。
フィジーは「シアン」
ところが、フィジー国旗の青は「シアン(明るい水色)」です。太平洋の海の色を反映しており、観光業のイメージカラーとしても効果的で、英連邦旗ファミリーで最も明るい青になっています。
英国の伝統的な紺色を、太平洋の現実に合わせて明るくした、というのがフィジー国旗の独自性です。バハマのアクアマリンやグアテマラの水色とも近い系統です。
1970年10月10日 ── 独立
ここからは、フィジー国旗の正式採択を見ていきます。
イギリス植民地時代
フィジーは、1874年から1970年まで、イギリスの植民地でした。1874年にフィジー諸島がイギリスに割譲され、96年間の植民地統治が続きます。植民地紋章は、1908年7月4日、英国王の特許状(Royal Warrant)によってロンドンの紋章院(College of Arms)が制作しました。
独立への道
そして1970年10月10日、フィジーが独立しました。国旗は新デザインに変更されましたが、基本構造はそのまま継承されました。
「変更点はわずか」
独立時の国旗デザインの変更は、極めて小さいものでした。背景の青を紺色から明るいシアンに変更し、国章の盾を大きくしました。また、盾の上のクレスト(紋章上部の装飾)と、両側のサポーター(紋章の両側に立つ動物)、モットーを省略しています。
独立しても、植民地時代の旗をほぼそのまま継承したというのは、英国とフィジーの友好的な独立移行を象徴しています。
1987年、共和制に ── しかし国旗は変わらず
ここからは、フィジーの現代史で最も重要な政治的転換です。
1987年クーデター
1987年5月14日、フィジーで軍事クーデターが起こりました。シティヴェニ・ラブカ中佐が民選政府を打倒したもので、フィジー先住民とインド系の民族対立が背景にありました。インド系優位の政府を、フィジー先住民の軍が転覆したのです。
1987年10月、共和国宣言
そして1987年10月6日、フィジーが共和国を宣言しました(英連邦側は10月15日に加盟資格が失効したとみなしています)。エリザベス2世が国家元首ではなくなり、新大統領が就任し、英連邦からも一時離脱しました(後に再加盟)。
しかし国旗は変わらず
驚くべきことに、共和国になっても、国旗は変えませんでした。ユニオン・ジャックが共和国の旗に残り続けたのです。英国王が元首でないのに、英国旗が国旗にあるという珍しい状態で、世界でも数少ない例です。
共和国でありながら英連邦旗を掲げるというのは、フィジーの独特な事例です。
「フィジーは『英連邦復帰』」
その後、1997年にフィジーは英連邦に再加盟しました。しかし2006年に再びクーデターが起こり、2009年には再び英連邦から離脱します。そして2014年、英連邦に再々加盟しました。
離脱と再加盟を繰り返すというのも、フィジーの政治的不安定性を反映しています。
2013-2016年 ── 国旗変更の提案と中止
ここからは、21世紀のフィジーが国旗を変えようとした試みです。
バイニマラマ首相の提案
2013年、フランク・バイニマラマ首相が国旗の変更を提案しました。「ユニオン・ジャックは植民地時代の遺産であり、真にフィジー独自のシンボルを使うべきだ」として、新しい国旗デザインの公募を開始したのです。
国民の反応
しかし、国民の反応は割れました。賛成派は「完全な独立国家のアイデンティティを示すべきだ」と主張し、反対派は「伝統と歴史を守るべきだ」「英連邦の一員としての誇りがある」と訴えました。多くの応募案が出たものの、決定的な支持を得る案は出ませんでした。
2016年、断念
そして2016年8月、バイニマラマ首相が国旗変更を断念しました。「国民の意見が割れている、強制すべきではない」として、既存の国旗を維持したのです。
変えようとして、変えられなかったというのは、ニュージーランドの2015-16年国旗変更国民投票(やはり現行旗継続)と並ぶ、太平洋の興味深い旗の物語です。
フィジーという国
フィジーの基本情報です。
- 正式名:フィジー共和国(Matanitu Tugalala o Viti / Republic of Fiji)
- 首都:スバ(Suva、最大の島ヴィチレヴ島)
- 面積:約1.8万km²(島々の総面積)
- 人口:約93万人
- 公用語:英語、フィジー語、フィジー・ヒンディー語(3つの公用語)
- 宗教:キリスト教(約64%、メソジスト系中心)、ヒンドゥー教(約28%)
「330以上の島々」
フィジーは、約330の島々からなります。主要な大島は、人口の約75%が住むヴィチレヴ島と、ヴァヌアレヴ島です。有人島は約110で、残りは無人島やリゾート島です。
「フィジー人とインド系の2つの民族」
フィジーの最大の社会的特徴は、2つの主要民族が暮らしていることです。フィジー先住民(iTaukei)はメラネシア系で、人口の約57%を占め、キリスト教徒が中心です。インド系フィジー人(Indo-Fijians)は南アジア系で、約38%を占め、ヒンドゥー教徒が中心です。
「インド系の起源」
なぜインド系がフィジーに多いのかというと、年季奉公制度に理由があります。1879年から1916年にかけて、イギリスがインド人を年季奉公労働者としてフィジーに連れてきました。サトウキビ畑での労働のためで、約6万人のインド人が渡り、多くが帰国せずにフィジーへ定住したのです。
国旗の盾のサトウキビは、インド系移民を労働力としたプランテーション経済を映すシンボルでもあります。
民族対立
そしてフィジーには、先住民とインド系の民族対立があります。インド系は経済的に成功し、土地所有や商業で優位に立つ一方、フィジー先住民は政治的に支配的でした。1987年・2000年・2006年の3度のクーデターは、いずれもこの民族対立が背景にあります。
国旗の平和の鳩(平和の象徴)というシンボルが、現実には繰り返し試される、というのが現代フィジーの課題です(諸説あり、評価は政治的立場によっても異なります)。
ちなみに:ラグビーとフィジー
フィジーの世界的に有名なスポーツは、ラグビーです。フィジー・ラグビー代表は世界トップクラスの実力を持ち、ラグビー7人制(セブンズ)では2016年リオ五輪で金メダルを獲得しました(フィジー初の五輪金メダル)。国民的スポーツであり、宗教と並ぶアイデンティティの中心です。
人口93万の小国がラグビー界で世界トップクラスにあるというのは、ニュージーランド・南アフリカ・オーストラリアと並ぶラグビー大国としての、フィジーの誇りです。
まとめ:明るい青と、英国の遺産
今回のフィジー国旗のまとめです。
- 明るい水色(シアン)地に、左上のユニオン・ジャックと右側のフィジー国章の盾
- 1970年10月10日、独立と同時に正式採択
- 植民地時代の紋章(1908年7月4日、ロンドンの紋章院が英国王特許状で制作)を継承、青を明るく変更
- 明るい水色は太平洋・観光産業のイメージカラー
- ユニオン・ジャックは英国との歴史的繋がり
- 国章の盾はサトウキビ・ココヤシ・バナナ・平和の鳩(フィジーの主要産業)
- 1987年5月クーデター、10月6日に共和国宣言(英連邦側は10月15日に加盟資格失効と認定)、1997年に英連邦再加盟
- 共和国になっても国旗は変更せず、ユニオン・ジャックを保持
- 2013年バイニマラマ首相が国旗変更を提案、2016年に断念
- 約330の島々、人口の約75%が最大の島ヴィチレヴ島に住む
- 主要民族はフィジー先住民(メラネシア系、約57%)とインド系(南アジア系、約38%)
- インド系の起源は1879-1916年、イギリスによる年季奉公労働者
- 民族対立を背景とした1987・2000・2006年の3度のクーデター
- 2016年リオ五輪ラグビー7人制で金メダル(フィジー初の五輪金)
- 「英連邦旗ファミリー」のなかでも最も明るい青
共和国になっても、英国の旗を残し続ける。フィジーの国旗は、伝統と現代、民族対立と和解、独立と植民地遺産の複雑な共存を、明るい水色と古い紋章に込めた1枚です。