赤・白・黒の横三色、中央に金色の鷲。エジプトの国旗は、見ればすぐエジプトとわかる強い個性を持っています。でもこの金色の鷲、ただの装飾ではなく、12世紀の伝説的な英雄につながっている、というのを知っていますか。今回はそんなエジプト国旗の話です。
まずは構成のおさらい
エジプト国旗の構成は、次のとおりです。
- 横三色:上から赤・白・黒
- 中央:白い帯の中央に金色のサラディンの鷲
色の組み合わせは、イエメン・シリア・イラクなどと同じアラブ解放旗系で、1952年のエジプト革命で生まれた3色です。
色の意味は1952年に自由将校団が定めたもので、赤は反植民地闘争でエジプト人が流した血、白は革命の平和性とエジプト人の心の純粋さ、黒は占領と王制の終わり、そして闇の克服を表します。
黒い時代を白い革命で乗り越え、赤い血の代償を払って今がある。3色で物語が完結する、汎アラブ三色のなかでもとくにナラティブが強い1枚です。
1952年、エジプト革命とともに生まれた
エジプト国旗のいまの基本形は、1952年7月23日のエジプト革命、いわゆる自由将校団の革命から始まります。
ガマール・アブドゥル=ナーセル、ムハンマド・ナギーブらが率いる若手将校のグループが、王制(ファールーク王)を打倒し、共和制を樹立しました。そして新政府が掲げた旗が、赤・白・黒の横三色で、これがアラブ解放旗の最初のかたちです。
この旗のコンセプトは、アラブ・ナショナリズム、共和主義、反植民地主義の3点でした。それまでの王制下のエジプト国旗(緑地に三日月と星)から、完全に新しい時代の旗へと切り替わった瞬間でした。
そしてこの「アラブ解放旗」のフォーマットは、その後シリア・イラク・イエメン・スーダン・リビアなど、アラブ各国の共和主義革命の旗のベースモデルになっていきます。エジプトの旗は、アラブ世界における「独立と共和制」のオリジナルなんです。
真ん中の鷲は「サラディンの鷲」
旗の中央にいる金色の鷲、これはサラディンの鷲(Eagle of Saladin)と呼ばれています。
サラディン、本名サラーフッディーン・ユースフ・イブン・アイユーブ(1138-1193)は、12世紀の伝説的なイスラム指導者です。クルド系の出身で、エジプトを拠点とするアイユーブ朝を樹立し、1187年に第2回十字軍が支配していたエルサレムを奪還しました。
「十字軍からエルサレムを取り戻した英雄」として、現代のアラブ世界・イスラム世界でもっとも尊敬される歴史人物のひとりです。中世ヨーロッパでも「騎士道精神を持つ偉大な敵」として描かれることが多く、リチャード獅子心王とライバル関係にあったことでも有名です。
そんなサラディンがカイロの城塞で使っていたとされる鷲のシンボルが、長い時を経て、現代のエジプト国旗の中央に蘇っているわけです。
12世紀の英雄の紋章が、いまも国の象徴になっている。これは、すごく重い継承です。
鷲の歴史も、ちょっとややこしい
ところで、エジプト国旗のサラディンの鷲は、今のかたちに落ち着くまでに紆余曲折がありました。
1952-1958:自由将校団の革命旗
革命直後、まだ革命主導者を象徴する金の鷲は仮のもので、デザインも今と少し違いました。
1958-1971:アラブ連合共和国の時代(旗の運用は1972年まで)
1958年、エジプトとシリアが合体してアラブ連合共和国(UAR)を結成しました(シリアは1961年に離脱、その後もエジプト単独で1971年まで「アラブ連合共和国」の国名と2つの星の旗を維持)。この時期、旗の中央は鷲ではなく、緑色の2つの星(2国合体を象徴)に変わっています。
1972-1984:アラブ共和国連邦時代
エジプト・シリア・リビアの3国がゆるく結成した連邦で、実態は薄いものでした。中央にはクライシュの鷹、つまり預言者ムハンマドが出たクライシュ族にちなんだ別の鷲が使われました。
1984年10月4日:サラディンの鷲の復活
連邦も実質的に消滅し、1984年10月4日、エジプトはサラディンの鷲を旗の中央に正式復活させました。これが現在の姿で、40年以上変わっていません。
いったん消えたけれど、結局戻ってきた。サラディンの鷲は、エジプト人にとってもっとも「エジプトらしい」象徴ということなのかもしれません。
同じ鷲が、ほかの国の紋章にもいる
実はサラディンの鷲は、エジプトだけのものではありません。イラクは国章にサラディンの鷲(盾の中身は違う)、パレスチナも国章にサラディンの鷲、イエメンも国章にサラディンの鷲を用いています。
これらの国の紋章に共通して、「12世紀の英雄サラディンへの敬意」が表されています。サラディンは現在のイラク・ティクリート生まれで、エジプトのスルタンであり、エルサレムを解放した、アラブ世界全体の英雄として、複数の国に共有されているシンボルなんです。
1人の英雄を、複数の国がシンボルにする。これは、世界の国旗・国章の世界では珍しい現象です。
まとめ:12世紀の英雄が、現代の国旗に飛んでいる
今回のエジプト国旗のまとめです。
- 赤・白・黒の汎アラブ三色+中央に金色のサラディンの鷲
- 1952年のエジプト革命(自由将校団による王制打倒)で生まれたアラブ解放旗が基礎
- 赤=独立闘争の血、白=革命の純粋さ、黒=占領と王制の終焉
- 中央の鷲は、12世紀にエルサレムを十字軍から奪還したサラディン(アイユーブ朝スルタン)の紋章
- 1952年に登場、1958年UAR時代は緑の星に、1972年アラブ共和国連邦ではクライシュの鷹に
- 1984年10月4日にサラディンの鷲が正式復活、現在まで継続
- 同じ「サラディンの鷲」はイラク・パレスチナ・イエメンの国章にも使われている
12世紀の英雄が、いまも国旗の中央で翼を広げている。エジプトの国旗は、過去と現在を1枚で結ぶ象徴なんです。