青・赤・青の横帯のなかに、白い円、そして赤い五芒星。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の国旗です。民族としては韓国と同じ朝鮮民族ですが、国旗のデザインは完全に違います。韓国の太極旗が東洋哲学の易経を中心に置くのに対し、北朝鮮の旗はソ連型の社会主義シンボルである赤い星を中心に置きます。今回はそんな朝鮮民主主義人民共和国国旗の話です。
政治的に繊細なトピックを含むため、当サイトの方針通り中立的・事実ベースで記述しています。
まずは構成のおさらい
朝鮮民主主義人民共和国国旗の構成は、次のとおりです。
- 横の構成(上から):青・白(細)・赤(広)・白(細)・青の5本帯
- 赤い帯の旗竿側:白い円
- 白い円のなか:赤い五芒星
色とシンボルの意味(公式解釈)は、以下のとおりです。
- 赤(広い中央帯):反日闘争の熱意、革命の精神
- 白(細い帯と円):朝鮮民族の単一血統、単一言語、単一文化
- 青(上下):平和と進歩のために戦う朝鮮人民の精神、主権、独立
- 赤い五芒星:共産主義イデオロギー、マルクス・レーニン主義
社会主義イデオロギーと朝鮮民族の純粋性、その両方を1枚に込めた設計です。
韓国国旗との対比
朝鮮民主主義人民共和国国旗を理解する最大の手がかりは、韓国(大韓民国)の太極旗との対比です。
同じ民族、違う旗
朝鮮半島は、古くから共通の歴史と文化を歩んできた朝鮮民族による地域です。同じ言語(朝鮮語/韓国語)、同じ文字(ハングル)、同じ伝統文化、同じ食文化を共有しています。
しかし現代の朝鮮半島には2つの国家があり、国旗も完全に違います。
| 大韓民国(韓国) | 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮) | |
|---|---|---|
| 国旗 | 太極旗(白地に太極+4卦) | 青赤白の横帯+白円に赤い星 |
| 哲学 | 東洋哲学(易経) | マルクス・レーニン主義 |
| 採用 | 1882年(朝鮮王国)、1948年(韓国) | 1948年 |
| シンボル | 太極(陰陽)+八卦 | 赤い五芒星 |
民族は同じだが、国家としてのアイデンティティは完全に違う。これが、現代朝鮮半島の現実です。
太極を捨てた理由
なぜ北朝鮮は、伝統的な太極シンボルを捨てたのでしょうか。公式の説明は次のとおりです。
「太極は李氏朝鮮の王朝のシンボル、封建主義の名残。新しい人民の国家には、新しいシンボルが必要だ」
つまり、過去の王朝、すなわち封建社会の象徴を排し、社会主義の新しいシンボルを採用するという、革命的な意図です。その結果、5,000年の歴史を持つ太極シンボルは、北朝鮮の旗からは姿を消しました。
伝統と革命のどちらを取るか。20世紀の社会主義国家共通の選択を、北朝鮮も行ったかたちです。
1948年9月8日、建国とともに
朝鮮民主主義人民共和国国旗が制定されたのは、1948年9月8日です。
1945年、日本敗戦と分断
第二次世界大戦の終結とともに、朝鮮半島は大きく動きます。1945年8月15日に日本が降伏し、朝鮮半島は日本統治から解放されました。同月、米ソ合意で北緯38度線を境に米ソが分割占領することが決まり、北部(38度線以北)はソビエト連邦が、南部(38度線以南)はアメリカ合衆国が占領します。そして1948年、南北それぞれ別の政府が成立しました。
北朝鮮政府成立
北朝鮮では、1948年9月2日から10日にかけて最高人民会議第1期第1回会議が開催されました。9月8日には国旗の規定を含む憲法が採択され(建国宣言の前日)、翌9月9日に朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が成立します。金日成初代首相のもと、内閣の組閣と政権樹立が宣言されました。建国直前に新しい国の象徴を確定するという、典型的な独立国家の手順を踏んだのです。
ソ連の強い影響
国旗のデザインには、ソ連の強い影響が反映されています。赤と白の組み合わせはソビエト連邦の旗と同系統で、赤い五芒星はソ連・共産主義国家の共通シンボルです。「赤」を中央の太い帯にする発想も共産主義国家共通の特徴ですが、横帯のレイアウトそのものは、当時の東ドイツ・ハンガリー・ブルガリアなどの伝統的な3色横帯とは異なり、北朝鮮独自の変則的な5本帯構成になっています。ソ連の指導の下で建国された国家という特徴が、国旗のデザインにも明確に表れています。
ただし、完全にソ連旗のコピーではなく、青の帯を加えることで朝鮮民族の独自性も表現しています。青は朝鮮の海と空、進歩を表す色で、これは伝統的な韓国の青(ハニャンのシンボルなど)にも通じる色です。ソ連の社会主義と朝鮮の民族性、両者を融合させた設計と読めます。
デザイナーをめぐる議論
朝鮮民主主義人民共和国国旗のデザイナーが誰かについては、興味深い経緯があります。
当初の認識:金主経(キム・チュギョン)
北朝鮮の公式記録では、当初は美術家の金主経(Kim Chu-gyong)が国旗のデザイナーとされていました。1947年11月に金日成が芸術家チームに国旗・国章のデザインを依頼し、1948年2月に金日成が提出されたデザインを審査して、金主経の案をベースに若干の修正を加えて採用した、とされています。
後年の修正:金日成自身
しかし後年、北朝鮮政府は「国旗の真の設計者は金日成主席本人である」と公式に変更しました。これは金日成個人崇拝の強化の一環であり、「偉大な首領が、すべての国家シンボルを直接設計した」という物語の構築でもありました。
史実としては、芸術家チームと金日成の協力的な設計というのが研究者の見方です。ただし北朝鮮国内では、公式に金日成が単独デザイナーとして教えられています。
「人共旗」「朝鮮民主主義人民共和国旗」
朝鮮民主主義人民共和国国旗には、いくつかの正式名称や通称があります。
- 正式名:朝鮮民主主義人民共和国国旗(조선민주주의인민공화국 국기)
- 通称:人共旗(인공기、インゴンギ、「人民共和国の旗」の略)
- 別名:紅藍五角星旗(홍람오각성기、「赤と青と五芒星の旗」)
韓国側でも「北韓旗」(북한기)と呼ぶことが多いのですが、国家保安法上、韓国国内で公然と掲揚すると問題になることがあります。同じ朝鮮民族の国旗だが、互いに公然と認め合えない関係という、分断国家ならではの状況です。
朝鮮戦争と国旗
朝鮮民主主義人民共和国国旗が掲げられた歴史上の重要な瞬間が、朝鮮戦争(1950-1953)です。
戦争の経過
戦争は1950年6月25日、北朝鮮軍が38度線を越えて南進したことで始まりました。同年9月には国連軍の仁川上陸作戦で形勢が逆転し、10月19日には国連軍(韓国軍と米軍が中心)が平壌を占領します。11月には中国人民志願軍が参戦し、戦線は再び動きました。そして1953年7月27日、板門店で休戦協定が結ばれます。
3年間の戦争で、約400万人の死傷者が出ました。朝鮮半島の現代史で最も悲惨な出来事です。
戦争中も国旗は変わらず
3年間の激しい戦争を経ても、北朝鮮国旗は変更されませんでした。国家機能が一時的に崩壊しても旗は守られ、休戦後も同じ旗が掲揚され続けています。
軍事パレードと国旗
朝鮮民主主義人民共和国国旗が世界でもっとも頻繁に映像で見られる場面が、軍事パレードです。金日成広場で開催される大規模軍事パレードでは、数千人の整然とした行進とともに、巨大な国旗が掲揚されます。建国記念日(9月9日)、軍創建日(2018年以降は2月8日が正規軍創建日として固定され、4月25日は「朝鮮人民革命軍創建日」として別途記念)、革命記念日などが、その主な機会です。
国旗を最大限視覚的に活用する国家として、北朝鮮の旗は世界中のニュースで頻繁に映し出されています。
ちなみに:太極を意識した色配置
実は、北朝鮮国旗の色構成にも、伝統的な韓国文化の影響が読み取れると指摘する研究者もいます。赤は陽(南)の色、青は陰の色(ただし陰陽五行では青は本来「東」、北は「黒」)、白は純粋を表す、朝鮮民族の伝統色「白衣の民」の色とされます。
太極のシンボルそのものは捨てたが、韓国の太極旗(上が赤、下が青)に見られる赤と青の対比の美意識は、北朝鮮国旗にも無意識に継承されている、という解釈です。完全に伝統と決別したわけではなく、文化的にはつながっているというかたちです(厳密な陰陽五行の方位色とは別の文脈です)。
まとめ:分断の旗、革命のシンボル
今回の朝鮮民主主義人民共和国国旗のまとめです。
- 青・白(細)・赤(広)・白(細)・青の5本横帯に、赤帯の旗竿側に白い円、円の中に赤い五芒星
- 1948年9月8日採択、9月9日に建国
- 公式デザイナーは金日成(当初は美術家金主経)
- 赤は革命と反日闘争、白は朝鮮民族の単一性、青は平和と進歩、赤い星は共産主義
- 韓国の太極旗とは完全に異なり、伝統シンボル(太極)を排してソ連型社会主義シンボルを採用
- 1945年の日本敗戦から1948年までの米ソ分割占領期を経て、北朝鮮としての独自旗を確立
- 1950-1953年の朝鮮戦争を経ても国旗は変わらず
- 通称「人共旗」、韓国では「北韓旗」、公的な掲揚は国家保安法に触れる場合あり
- 同じ朝鮮民族でも、現代の2つの国家としてのアイデンティティは旗で明確に区別
長い朝鮮民族の歴史の中で、20世紀後半に作られた1つの分岐点。北朝鮮の旗は、分断国家の現実を、シンプルなデザインで物語る1枚です。