青・白・赤・白・青の5本の横帯。コスタリカの国旗です。中米諸国(エルサルバドル・ホンジュラスなど)の青白青と似ているけれど、真ん中に赤があるという独特の構成。その赤は、じつは1848年のフランス革命に触発されて、ファーストレディが追加したものだというドラマがあります。今回はそんなコスタリカ国旗の話です。


まずは構成のおさらい

コスタリカ国旗は、上から次のように並びます。

  • (細い)
  • (細い)
  • (広い、他の倍の幅)
  • (細い)
  • (細い)

5本の横帯で、中央の赤がいちばん広く、上下に白、外側に青という構成です。正式に「国旗」として使う場合と、公的な「国家用旗」として使う場合で、中央の赤い帯に国章が描かれるかどうかが変わります(民間用は国章なし、公的用は国章あり)。

色の意味は、次のとおりです。

  • :空、忍耐、知的思考、永遠の理想
  • :平和、知恵、幸福
  • :殉教者の血、コスタリカ人の温かさと寛大さ

そして3色の組み合わせは、1848年のフランス革命の理念「自由・平等・友愛(Liberté, Égalité, Fraternité)」を反映しているとされます。


もとは「中米連邦」の青白青の旗だった

コスタリカ国旗の歴史は、エルサルバドル国旗やグアテマラ国旗と同じく、中米連邦共和国(1823-1841)にさかのぼります。

中米連邦時代、コスタリカは青・白・青の三色(アルゼンチン国旗にインスパイアされたデザイン)を使っていました。連邦が1841年に解体した後も、コスタリカはしばらく中米連邦のデザインを継承し、ほぼ同じ青白青の旗を使い続けます。

ところが1848年、ファーストレディの一言で、この旗が一変することになります。


ファーストレディが「赤を足しましょう」と言った

1848年は、ヨーロッパで諸国民の春と呼ばれる革命の嵐が吹き荒れた年でした。フランスでは二月革命が起こり、第二共和政が成立します。

その情報は、地球の反対側のコスタリカにも伝わります。首都サン・ホセで、ある人物がフランス革命のニュースに強く心を動かされていました。

パシフィカ・フェルナンデス・オレアムノ(Pacífica Fernández Oreamuno)。当時のホセ・マリア・カストロ・マドリス大統領の妻、つまりコスタリカのファーストレディです。

彼女はフランス文化と政治理想を強く愛し、「我が国の旗にも、フランス革命の精神を取り入れたい」と考えました。

そして、夫である大統領にこう提案します。

「青と白の旗に、赤を1本足したらどうでしょう?フランスの三色旗のように、自由・平等・友愛の理想を込めるんです」

大統領はこの提案を受け入れ、1848年9月29日、中央に赤の帯を加えた現在のデザインが正式採用されました。

ファーストレディの一言で、国の旗が変わった。世界の国旗の歴史のなかでも、なかなか珍しい逸話です。

パシフィカという人物

パシフィカ・フェルナンデスは1825年生まれで、当時23歳の若い大統領夫人でした。フランス文化に造詣が深く、知識人としても知られた女性です。

国旗デザインの提案者として歴史に名を残す一方で、夫の大統領カストロ・マドリスは1849年に短期間で退任してしまうため、パシフィカ自身の影響力は政治的には長く続きませんでした。それでも「コスタリカ国旗を作った女性」として、現在もコスタリカ国民から尊敬を集める人物です。


中米諸国のなかで「赤」を持つ唯一の国

コスタリカ国旗を、お隣の中米連邦継承国の旗と並べてみると、赤を持つのはコスタリカだけであることがわかります。

構成中央の色
エルサルバドル青・白・青
ホンジュラス青・白・青白+星
ニカラグア青・白・青白+紋章
グアテマラ青・白・青(縦置き)白+紋章
コスタリカ青・白・赤・白・青

5カ国すべてが青白の伝統を引き継ぐなかで、コスタリカだけが赤を足した。これはコスタリカが、他の中米諸国とは違う独自路線を歩むことを、デザインで宣言したような意味も持っています。

実際、コスタリカは独立後の歴史でも、他の中米諸国とは異なる平和的・民主的な発展をたどることになります。その象徴的な出来事が、次の話です。


「軍隊を持たない国」になった話

コスタリカは、世界でも稀な「常備軍を持たない国」として知られています。

1948年内戦と、軍隊廃止の決断

1948年、大統領選挙の結果をめぐってコスタリカ内戦が勃発しました。ホセ・フィゲレス・フェレルが率いる蜂起軍が約44日間の戦闘で勝利し、国民革命政府を樹立します。

内戦終結後、フィゲレスは大胆な決断を下します。

「我々は、軍隊を廃止する」

1948年12月1日、彼は首都サン・ホセのベジャビスタ要塞で、軍の兵舎の壁を象徴的にハンマーで叩き壊し、軍の廃止を宣言しました。

そして翌1949年11月7日に公布された新憲法で、「コスタリカは常備軍を禁止する(Article 12)」が正式に明記されました。

「軍事費を教育と医療に」

軍廃止の理由は明確でした。コスタリカは地理的に隣国との軍事的脅威が少ないこと、内戦の経験から軍の存在自体が国内政治を不安定にすること、そして軍事費を教育・医療に振り向けるべきだということです。

実際、コスタリカは軍事費を教育と社会保障に振り向けることで、中南米でもっとも識字率が高く、平均寿命が長く、民主主義が安定した国のひとつになりました。

軍隊のない、武器を捨てた中米の小国。この独特の立ち位置が、コスタリカの近代史を特徴づけています。

ノーベル平和賞も

1987年、当時のコスタリカ大統領オスカル・アリアス・サンチェスは、中米地域の平和合意を仲介した功績でノーベル平和賞を受賞しました。「軍を持たない国」の指導者が平和賞を受けるという、象徴的な出来事でした。

国旗の赤い帯(殉教者の血と平和への希望)が、こうした歴史と重なって見えるのは、決して偶然ではないかもしれません。


国章——民間版 vs 政府版

最後にひとつ細かい話を。

コスタリカ国旗には、実は2つのバージョンがあります。

民間用旗

民間用旗には国章がありません。一般市民が日常的に掲げるのはこちらです。

政府用旗(国章入り)

政府用旗は、中央の赤い帯に国章が描かれます。政府機関・公館で使用されます。

国章には、次のような要素が描かれています。

  • 3つの火山(ポアス・イラス・トゥリアルバ):国土の地理
  • 太陽が昇る空:希望
  • 2つの帆船:太平洋とカリブ海の両方に面した立地
  • 7つの白い星:当初は中米連邦の5カ国(コスタリカ・エルサルバドル・グアテマラ・ホンジュラス・ニカラグア)を表す5つの星だったが、1964年の改正でコスタリカの7つの州を表す7つの星に変更
  • 「República de Costa Rica」と「América Central」の文字

民間版と政府版でシンプルと複雑にわかれているというのも、コスタリカらしい合理的な設計です。


まとめ:ファーストレディの一言と、軍隊なしの国の旗

今回のコスタリカ国旗のまとめです。

  • 青・白・赤(広)・白・青の5本横帯(民間版)/中央赤に国章付き(政府版)
  • 1848年9月29日採用
  • ファーストレディのパシフィカ・フェルナンデス・オレアムノが、フランス革命(1848年二月革命)に触発されて赤を追加
  • 色は「自由・平等・友愛」のフランス革命の理想を反映
  • 青=空・忍耐、白=平和・知恵、赤=殉教者の血・コスタリカ人の温かさ
  • 中米連邦継承国のなかで唯一「赤」を取り入れた
  • 1948年内戦後、フィゲレス大統領が軍隊を廃止、1949年憲法で明記
  • 軍事費を教育・医療に振り向け、中南米屈指の安定した民主国家に
  • 1987年、コスタリカ大統領アリアスがノーベル平和賞受賞

ファーストレディの一言で生まれた赤、そして軍を捨てた国。コスタリカの国旗は、平和への意思が複数の歴史のレイヤーで重なっている、ものすごく深い1枚です。