青い海のような背景、左上にユニオンジャック、右側に15個の白い星が円を描いて並ぶ。クック諸島の国旗です。ニュージーランドと自由連合関係にあるという、世界でもめずらしい政治形態を持つ国の旗。しかも今のデザインの前に、まったく違う旗(緑地に黄色い星)の時代があった——という話を今回はしていきます。


まずは構成のおさらい

クック諸島の国旗は、上下対称の比較的シンプルなレイアウトです。

  • 背景:青(太平洋を象徴)
  • 左上のカントン:ユニオンジャック(イギリス国旗)
  • 右側(フライ):15個の白い五芒星が円を描いて配置

色とシンボルの意味は、次のとおりです。

  • :太平洋。クック諸島が位置する広大な海、そして島民の平和的な性質
  • ユニオンジャック:イギリスと英連邦との歴史的なつながり
  • 15個の星:クック諸島を構成する15の島。円形の配置は島同士の団結を象徴

南太平洋に散らばる15の島が、ひとつの円で結ばれている。カーボベルデの旗とよく似たコンセプトで、海洋国家として離れた島々の団結を表現する、という発想です。


「クック諸島」という名前

そもそも「クック諸島(Cook Islands)」というのは、イギリスの探検家ジェームズ・クック船長にちなんだ命名です。

ジェームズ・クック(1728-1779)は、3回の太平洋大航海でハワイ・ニュージーランド・オーストラリアなど南太平洋の多くを探検しました。1773年から1779年にかけてクック諸島の島々を訪問し、海図に記録します。これによってヨーロッパ人にも知られる存在になった、というのが島の名前の由来です。

ただし島々自体は、それ以前からマオリ系のポリネシア人が1,500年以上前から住んでいたところ。ポリネシア人にとっては、ずっと前から自分たちの故郷だった——という前提を踏まえての名称、ということを忘れずにおきたいところです。

現代では「クック諸島」が正式国名ですが、ポリネシア系の言語(ラロトンガ語)では「アヴァイキ・ヌイ(Avaiki Nui、大きな故郷)」などの呼び方も使われ続けています。


「自由連合」という、世界でも珍しい政治形態

クック諸島の独特なところが、「国」ではあるけれど「完全な独立国家」ではない、という政治形態です。

自由連合(Free Association)とは

クック諸島は、ニュージーランドと「自由連合(Free Association)」という関係を持つ国です。具体的には、内政は完全に自治で、クック諸島政府が独自の議会・首相を持っています。外交・防衛はニュージーランドが援助しますが、これは協議のうえで行われるものです。クック諸島民はニュージーランド国籍も同時に保有しており、国連には加盟していません(独立国とみなされない場合もあります)。その一方で、多くの国とは独自に外交関係を結ぶことができます。

ほぼ独立しているけれど、ニュージーランドとずっとつながっている——いわば「弟分」のような関係です。

1965年からの関係

クック諸島は1965年に自由連合の地位を確立しました。それ以前の歩みは、次のとおりです。

  • 1773-1779年:クック船長が訪問
  • 1888年:イギリス保護領
  • 1901年:ニュージーランドに併合
  • 1965年8月4日:自由連合関係に移行

ニュージーランド人と同じ国籍を維持しながら、自分たちで政府を作る——という選択をしたわけです。完全独立を選ばなかったのは、人口約15,000人という小規模の島嶼国家として、外交・防衛を一人で担うのは難しいという現実的判断もあったとされます。


15の島は、ぜんぶ太平洋に散らばっている

国旗の15個の星が表す15の島は、南太平洋のポリネシア地域に広く散らばっています。

北部諸島(北方クック諸島)は、次の島々です。

  • トンガレヴァ(最北端、別名ペンリン)
  • ラカハンガ
  • マニヒキ
  • プカプカ
  • ナッソー
  • スワロウ(Suwarrow、無人島)

南部諸島(南方クック諸島)は、次の島々です。

  • パーマストン
  • アイツタキ(観光地として有名)
  • マヌアエ(無人島)
  • タクテア(無人島)
  • アティウ
  • ミティアロ
  • マウケ
  • ラロトンガ(首都アバルアがある最大の島)
  • マンガイア

15の島の総陸地面積は、たった240平方キロメートル(東京23区の3分の1強)。しかしEEZ(排他的経済水域)は約200万平方キロメートルと、陸地の約8,000倍もある、典型的な海洋国家です。

陸はわずかでも、海ははるかに大きい。この事実が、国旗の青い背景と15の星の円形配置に、そのまま表現されています。


1973年、最初は「全然違う旗」だった

クック諸島が最初に作った国旗は、実は今とまったく違うデザインでした。

1973年の国旗デザインコンテスト

クック諸島が独自の国旗を作ろうとしたのは、1973年。アルバート・ヘンリープレミア(Premier、首席大臣)のもとで国旗デザインコンテストが開催され、120件の応募作が集まりました(クック諸島の内閣首班の肩書は1981年の憲法改正までは「プレミア」、それ以降が「プライム・ミニスター(首相)」になります)。

選ばれたのは、緑地に15個の黄色い星が円を描いて並ぶデザイン。色は今と完全に違いますね。緑は島々の豊かな自然と農業を、黄色い星は太陽の光と繁栄を表していました。

このデザインは1974年1月24日に初掲揚されます。クック諸島が「準独立国家」としての歩みを始めた日でした。

1979年、突然変更

ところが、1979年8月4日、わずか5年半後に、新政権が国旗を完全に変更しました。

新しい旗は、緑から青へ(海洋国家であることを強調)、黄から白へ(星の色変更)と改められ、さらにユニオンジャックが追加されて英連邦とのつながりを明示。全体として、ニュージーランド国旗(青地にユニオンジャックと4つの星)に近い構造へと変わりました。

なぜ変更されたか

理由は、政権交代と政治路線の変化でした。

1978年の選挙でアルバート・ヘンリー政権が失脚。新政権は前政権と政治的に違うスタンスを持っていて、「ニュージーランドとのつながりをより明確に示す」方針を打ち出しました。前政権の旗から、新政権の旗へ——政治的判断による国旗変更という、やや珍しいケースです。

しかも変更からまだ50年経っていません。世界の独立国のなかでも、国旗変更が比較的最近の例として記録されています。


ニュージーランド国旗との「似てる関係」

クック諸島国旗をニュージーランド国旗と並べてみると、ものすごく似ていることに気づきます。

クック諸島ニュージーランド
背景
左上ユニオンジャックユニオンジャック
右側15の白い星の円赤い4つの星(南十字星)

南太平洋の青い海とイギリスとのつながり、という共通の構造を持つ、姉妹のような旗です。

これはニュージーランドとの自由連合をデザインでも示す意識的な選択で、1979年の改定の核心でもありました。独立国ではないけれど、ニュージーランドの一部でもない——という微妙な関係を、「似ているけど別物の国旗」で表現しているわけです。


まとめ:海と空と15の島、そして自由連合

今回のクック諸島国旗のまとめです。

  • 青地に左上のユニオンジャック、右側に15個の白い星の円
  • 青=太平洋と平和、15の星=15の主要な島、ユニオンジャック=英連邦
  • 1979年8月4日採用
  • 1973-1979年は緑地に15の黄色い星のデザイン(前政権下)
  • ニュージーランドとの「自由連合」(1965年から):内政自治、外交・防衛はNZ
  • 15の島はポリネシア・南太平洋に広く散らばる、陸地面積わずか240平方キロメートル
  • 国名は英国の探検家ジェームズ・クック(1773-1779年訪問)に由来
  • ニュージーランド国旗と似た構造(青地にユニオンジャックと星)

完全に独立しないという独立の形。クック諸島の旗は、世界で最もユニークな政治形態のひとつを、デザインで表現した1枚です。