黄・青・赤の横三色。コロンビアの国旗です。エクアドル・ベネズエラとほぼ同じ色構成ですが、これは偶然ではなく、かつて3つの国が「大コロンビア共和国」というひとつの国だった名残です。そして3国のなかでコロンビアこそが「本家」であり、国名そのものに「コロンビア」がついているように、この旗のルーツを最も色濃く受け継ぐ国でもあります。今回はそんなコロンビア国旗の話です。


まずは構成のおさらい

コロンビア国旗は、上から次のように並びます。

  • (広い:旗の上半分すべて)
  • (細い:1/4)
  • (細い:1/4)

横三色で、比率は2:1:1。黄色がほかの色の2倍の幅を持つ、というのが特徴的な構成です。

色の意味は、次のとおりです。

  • :国の富(金・農産物)、太陽、調和
  • :太平洋とカリブ海、河川、空
  • :独立闘争で流された血

黄が広いのは、コロンビアが歴史的に金(エルドラドの伝説)の産地として知られたこと、そして国の豊かさが他の何よりも価値あるという思想を反映していると言われます。


デザインの原点は、1801年のミランダの三色旗

コロンビア国旗の原点は、1801年にさかのぼります。

設計したのは、フランシスコ・デ・ミランダ(Francisco de Miranda、1750-1816)。ベネズエラ生まれの独立運動家で、南米独立運動のもっとも初期の指導者のひとりです。

ミランダはフランス革命にも参加した経験を持ち、「南米全体をスペインから解放する」ことを生涯の目標としていました。アメリカ合衆国やフランスを巡って独立思想を学び、ヨーロッパで支援者を集め、1801年に独立の象徴となる旗をデザインしました。

その旗が、黄・青・赤の三色です。

  • :太陽の光、新世界の富
  • :海と空、南米と旧世界を分ける広大な海
  • :旧世界の流血と闘争

新世界の太陽(黄)が、海(青)を越えて、旧世界の流血(赤)から我らを救う。そんな独立運動の精神そのものを、3色に込めたデザインです。

ミランダは1806年、自国ベネズエラに上陸し独立蜂起を試みますが失敗します。その後も独立運動を続け、1812年に第一次ベネズエラ共和国を樹立。ここで彼の三色旗が、初めて国家旗として公式採用されます。


「大コロンビア共和国」── 3国だった時代

ミランダの三色旗を、南米独立運動の正式な象徴として広めたのが、シモン・ボリバル(Simón Bolívar、1783-1830)です。「解放者(El Libertador)」と呼ばれた、南米独立の最大の英雄です。

ボリバルは1819年12月17日、現在のコロンビア・ベネズエラ・エクアドル・パナマを統合した巨大な共和国を樹立しました。大コロンビア共和国(Gran Colombia)です。

「コロンビア」という国名は、ここから来ています。クリストファー・コロンブス(イタリア語ではコロンボ、スペイン語ではコロン)にちなみ、ボリバルが理想とした「コロンブスが発見した新世界全体の連邦」、そこから「コロンビア(Colombia)」と命名されたのです。

つまり「コロンビア」という名前自体が、ボリバルの夢を背負っているわけです。

そして大コロンビアの国旗は、ミランダの三色旗をそのまま採用しました。黄・青・赤の横三色です。

ところが大コロンビアは長続きしませんでした。1830年、内部対立で解体し、3つの国(ベネズエラ、エクアドル、現在のコロンビア)に分裂します。各国はそれぞれ「ミランダの三色旗」を引き継いだまま、独立国となりました。

1つの旗が、3つの国に分かれて受け継がれた。これが現在の3国の国旗が似ている理由です。


3国の旗の見分け方

並べてみると、コロンビア・エクアドル・ベネズエラの旗は非常に似ています。

コロンビアエクアドルベネズエラ
黄(広)黄(広)
黄の幅2倍2倍均等
中央のシンボルなし国章8つの白い星

見分け方のポイントは、次のとおりです。コロンビアはシンボルがなくシンプル、エクアドルは中央に複雑な国章(コンドル、チンボラソ山、蒸気船など)、ベネズエラは青い帯に8つの白い星があります。

コロンビアの民間旗だけが、何もない。そんな見方ができます(公的な「政府旗・軍旗」には中央に国章が描かれた版もあります)。民間旗としてはもっともシンプルで、ミランダのオリジナル三色旗にもっとも近い形を保っているわけです。

これも「コロンビアこそが大コロンビアの本家筋」という意識の表れ、と言えるかもしれません。


1861年、現在の正式な姿に

コロンビア独立の後、国旗デザインは何度か微調整を経て、1861年11月26日に現在の形(黄2倍幅・青・赤の横三色)が正式に法律で確定しました。

そこから160年以上、デザインはほぼ変わっていません。南米でもっとも長く同じ国旗を使い続けている国のひとつです。

ちなみに公的機関や軍隊が使う旗には、中央に国章(コロンビアの紋章)が描かれた「国家用版」もあります。民間用と政府用で2バージョンあるというのは、中南米によくあるパターンですね。

国章にはコンドルが

コロンビアの国章には、中央にアンデスコンドル、南米の象徴的な大型猛禽が描かれています。コンドルが咥える月桂樹の冠、その下に「Libertad y Orden(自由と秩序)」のモットーがあります。

エクアドルの国章にもコンドルが描かれており、「大コロンビア時代の共通シンボル」を、両国とも引き継いだ形になっています。


「黄が広い」という選択

最後に、なぜ黄色が他の倍幅なのかについて。

由来は1819年の大コロンビア共和国時代の旗にさかのぼります。大コロンビア解体後、新グラナダ共和国は1834年5月9日の第3号法律で赤・青・黄の縦三色の均等幅にいったん変更しましたが、1861年11月26日、トマス・シプリアーノ・デ・モスケラ大統領の政令で、横配置に戻して黄色を旗の上半分(他の倍幅)に配置する現在の構成を正式に確定しました。

決め手として伝えられているのは、次の発想です。

「我が国は金とエメラルドの国であり、その富を象徴する黄色を、他の色より大きく見せるべきである」

国の鉱物資源の豊かさを、デザインの比率そのもので強調する。なかなか直接的な選択です。

エクアドルが同じ「黄2倍幅」を採用したのも、コロンビアからの影響と考えられています。ベネズエラだけが均等三色を維持しているのは、黄色を強調する必要のない、別の主張をしたかったから、と解釈されています。

色の幅が、国のアイデンティティを語る。コロンビアらしい意匠です。


ちなみに:エルドラドの伝説

「コロンビア=金の国」というイメージは、エルドラドの伝説から来ています。

エルドラド(El Dorado、「黄金郷」)は、16-17世紀のスペイン人征服者たちが探し求めた、無尽蔵の金が存在する伝説の都市です。実体ははっきりしませんが、現在のコロンビア・ボゴタ周辺が舞台の一つとされています。

伝承によると、ムイスカ族の首長が、グアタビタ湖で全身に金粉を塗って沐浴する儀式を行ったといいます。スペイン人征服者たちはこの噂を聞き、「金で覆われた王(El Dorado)」と「黄金の都」を求めて南米全土を探検しました。結果として、南米大陸が次々と征服されることになります。

実在のグアタビタ湖からは、16世紀以降、何度も探検隊が黄金製の宝物を引き上げたという記録があり、ある程度の事実が伝説の核にある、と現在の研究では考えられています。

コロンビアは、黄金の伝説とともに発見された国。だからこそ、国旗の半分が黄色なんです。


まとめ:3兄弟の本家、ミランダの夢の継承者

今回のコロンビア国旗のまとめです。

  • 黄・青・赤の横三色(比率2:1:1、黄色が他の倍幅)
  • 1861年11月26日、現在の姿で法律で確定
  • 黄=国の富(金・エルドラド伝説)、青=太平洋+カリブ海+河川+空、赤=独立闘争の血
  • デザインのルーツは1801年、フランシスコ・デ・ミランダ(ベネズエラ独立運動家)
  • 1819年、シモン・ボリバルが樹立した大コロンビア共和国(コロンビア・ベネズエラ・エクアドル・パナマ)の国旗として正式採用
  • 1830年大コロンビア解体後、3つの国がそれぞれ三色旗を継承
  • 3国のなかで最もシンプル(紋章なし)、ミランダのオリジナルに最も近い形
  • 「コロンビア」という国名はコロンブスから、ボリバルの「新世界連邦」の夢が反映されている

1人の独立運動家が描いた旗が、200年を経て、3つの国に受け継がれている。コロンビアの国旗は、南米独立運動そのものの記憶を、最もシンプルな形で残している1枚です。