緑・赤・黄の縦三色のなかに、黄色い星が1つ。カメルーンの国旗です。シンプルな汎アフリカ色の旗に見えますが、いまの真ん中の星は、もとは2つだったって知っていますか。フランス語圏と英語圏が合体した複雑な過去が、星の数の変化に刻まれている。今回はそんなカメルーン国旗の話。
まずは構成のおさらい
カメルーン国旗は、左から緑、赤(中央に黄色い五芒星)、黄の縦三色(バーティカル・トライバンド)です。色の組み合わせは汎アフリカ色(赤・黄・緑)で、エチオピア・ガーナに続く系譜です。
色とシンボルの意味は、以下のとおりです。
- 緑:カメルーン南部の赤道直下の熱帯雨林
- 赤:統一、独立闘争で流された血
- 黄:太陽、そして北部のサバンナ
- 黄色い星:「統一の星(l'étoile de l'unité)」
北の太陽(黄)、南の森(緑)、それを結ぶ統一(赤)、そして統一の星。国土の地理と歴史を、4つの要素にまとめているわけです。
ここでとくに重要なのが、真ん中の統一の星。これが今回のメインの話です。
汎アフリカ色を「早期に取り入れた」国のひとつ
カメルーンは、エチオピアの3色(赤・黄・緑)を国の旗として取り入れた早期の国のひとつです。
時系列で見ると、次のようになります。まず1957年3月6日、ガーナが独立国として初めて汎アフリカ色を採用します。続いて1957年10月29日、カメルーン(当時はフランス領内の自治政府)が緑・赤・黄の縦三色を採用しました(星なし)。1958年11月10日にはギニアが独立国として2番目に汎アフリカ色を採用し、1960年1月1日、カメルーンがフランスから独立、3色旗を独立国旗として継承します。
つまり、「独立国の国旗として」のカウントでは、ガーナ・ギニアに続く3番目です。一方で「自治領時代も含めれば、ガーナに続く2番目に早くこの色を取り入れた」ことになります。どちらの数えかたでも、カメルーンが汎アフリカ色の先駆者であることは変わりません。
エチオピアの伝統色を、独立アフリカの国旗に取り入れるというガーナの先例に続いた、というかたちです。「汎アフリカ色」と呼ばれるこの3色が、アフリカ独立期のスタンダードになっていく流れのなかで、カメルーンは重要な役割を果たしました。
カメルーンは「フランス領」と「イギリス領」、両方だった
カメルーン国旗の物語を理解するには、この国の植民地時代の複雑な経緯を知る必要があります。
ドイツ領カメルーン(1884-1916)
カメルーンは元々ドイツ帝国の植民地でした。第一次世界大戦でドイツが敗北した後、1919年のベルサイユ条約でカメルーン領は分割され、国際連盟の委任統治領として2カ国に分けられます。大部分(東部・南部)はフランスへ、小さな部分(西部)はイギリスへ。これが転換点でした。
別々の道を歩んだ40年
その後40年以上、フランス領カメルーンとイギリス領カメルーンは別々の国として運営されました。フランス領(東部)はフランス式行政・教育で、公用語はフランス語。イギリス領(西部)はイギリス式行政・教育で、公用語は英語でした。
同じ「カメルーン人」のはずが、話す言語も、官僚制度も、教育システムも、まったく違う2つの社会になっていたわけです。
1960年:フランス領が独立
1960年1月1日、フランス領カメルーンがカメルーン共和国として独立し、緑赤黄の3色旗を採用します(このとき星はまだなし)。
1961年:イギリス領南部が合流
1961年、イギリス領カメルーン南部の住民投票が行われ、結果「カメルーン共和国に合流」を選択します(北部はナイジェリアに合流)。
1961年10月1日、カメルーン連邦共和国が成立しました。フランス領(東部)と英領(西部)が、ひとつの連邦国家になったのです。
2つの星が、合体した瞬間
1961年の連邦化のとき、国旗にも変化がありました。緑の縦帯のなかに、2つの黄色い星が上下に並んで追加されたのです。
2つの星のうち、上の星は旧仏領カメルーン(東部)を、下の星は旧英領カメルーン(西部)を表していました。2つの異なる植民地遺産が、ひとつの連邦になったことを、星の数で示したわけです。
1972年:連邦から単一国家へ
連邦体制は14年続きましたが、1972年5月20日の国民投票で、連邦制を廃止して、単一の国家にすることが決定します。こうしてカメルーン統一共和国が成立しました。
1975年:2つの星を、1つに
そして1975年5月20日、統一共和国成立から3年後、国旗のデザインが更新されます。「東の星」と「西の星」を、緑から赤の中央に移し、1つに統合したのです。
2つの星が、1つの「統一の星」になりました。2つの植民地遺産は、もはや別ではない。ひとつの国民、ひとつのカメルーンというメッセージが、星のデザインで体現された瞬間です。
これが現在のカメルーン国旗です。2つの星が、ひとつになった。独立期のアフリカ国家のなかでも、こういう象徴的な変化を経た旗は稀少です。
「アングロフォン危機」── 今も続く課題
カメルーン国旗の星は統一を象徴していますが、現実には英語圏と仏語圏の関係は今も完全には統合されていません。
人口の約20%が英語圏、80%が仏語圏という非対称な構造で、政府の主要ポストはフランス語圏が独占してきました。これに対して英語圏の人々から、「我々は二級市民扱いされている」という不満が長く続いていました。
2016年以降、英語圏での抗議活動が激化し、アングロフォン危機(Anglophone Crisis)と呼ばれる紛争状態に発展します。アンバゾニアを名乗る独立運動まで生まれ、緊張は今も続いています。
国旗の真ん中の統一の星は、すでに統合されたことを示しているはずでしたが、現実にはまだ統合が完成していない。そんな複雑な状況のなかで掲げられているシンボルでもあります。
まとめ:星の数が、国の歴史を語っている
今回のカメルーン国旗のまとめです。
- 緑・赤・黄の縦三色+中央の赤い帯に黄色い五芒星
- 緑は南部の熱帯雨林、赤は統一、黄は太陽と北部サバンナ、星は「統一の星」
- 1957年10月29日に星なしの3色旗を初採用(自治領時代を含めればガーナに次ぐ2番目、独立国基準ではガーナ・ギニアに次ぐ3番目)
- 1960年1月1日、フランスから独立
- 1961年10月1日、英領南カメルーンが加わり、緑の帯に2つの星を追加(東は旧仏領、西は旧英領)
- 1972年5月20日、連邦制から単一国家へ
- 1975年5月20日、2つの星を1つに統合し、現在の「統一の星」のデザインに
- 国土には英語圏(約20%)と仏語圏(約80%)が共存、現代も英仏統合の課題が続いている
国旗の星の数の変化が、そのまま国の統合プロセスを物語っている。カメルーンの旗は、植民地時代の複雑な遺産と、それを乗り越えようとする現代国家の挑戦を、ひとつの星で表現した、ものすごく密度の高い1枚です。