青・赤・青の横三色のなかに、白いお寺の建物。カンボジアの国旗です。お寺がそのまま描かれているという、世界の国旗のなかでも極めて珍しいデザイン。建物が国旗に描かれている国は、世界に5つしかないんです。今回はそんなカンボジア国旗の話。
まずは構成のおさらい
カンボジア国旗は、上から青、赤(中央に白いアンコール・ワット)、青の横三色です(比率1:2:1で、赤が広め)。中央には3つの尖塔を持つ白いアンコール・ワットが描かれています。
色とシンボルの意味は、以下のとおりです。
- 青(上下):王室。カンボジアは現在も立憲君主制を採る国
- 赤(中央):国家。9世紀のクメール帝国以来の伝統色
- 白(アンコール・ワット):宗教。主に仏教(カンボジアは国民の95%以上が仏教徒)
王室・国家・宗教の3つを、3色と3要素で同時に表現している、というのが構造の妙です。
「アンコール・ワット」が国旗の中心
カンボジア国旗の最大の特徴は、真ん中に描かれている建物、アンコール・ワットです。
世界遺産そのもの
アンコール・ワット(Angkor Wat)は、12世紀にクメール王朝の王スリヤヴァルマン2世(在位1113-1150)によって建設された巨大寺院です。
1992年に世界遺産に登録され、200ヘクタール以上におよぶ世界最大の宗教建築物として知られます。もともとヒンドゥー教の寺院として建設され、後に仏教寺院に転用されました。カンボジア中央部のシェムリアップにあり、観光客が年間200万人以上訪れる国の象徴です。
世界最大級の歴史的建築物そのものが国旗に描かれている、という時点で、カンボジア国旗は世界の旗のなかでもかなり特別なポジションにあります。
描かれているのは「3つの尖塔」
実際のアンコール・ワットは5つの尖塔を持っていますが、国旗のデザインでは中央の3つの尖塔だけが描かれています。
これは遠くから見たときの視認性のためで、5本全部を細かく描き込むよりも、3本の方が遠目にもアンコール・ワットだと識別しやすいという、カナダのメープルリーフと同じ系統の判断です。
歴史的に見ると、5本描かれていた時期もありました(特に1970-1989年の社会主義時代)。しかし1993年の原型復活で3本に戻ります。「3本=原型のクメール王国時代から続くデザイン」、というのが現代の解釈です。
19世紀から続く「お寺の旗」
アンコール・ワットが国旗に登場するのは、意外と古い話です。19世紀のフランス保護領時代から、すでにクメールの旗にはアンコール・ワットが描かれていました。
1863年、カンボジア王国はフランスの保護領となり、本格的な「近代国家としてのカンボジア」が始まります。フランスは現地の伝統を尊重する一定の姿勢を持ち、カンボジア人のアイデンティティの象徴としてアンコール・ワットを旗に残すことを認めました。
その後、独立まで何度か旗のデザインは変わりますが、「中央にアンコール・ワット」という基本構造は、100年以上変わっていません。100年以上前から、国の真ん中にお寺がある。この継続性は、ものすごく稀有です。
「1948年の原型」が、長い旅の末に1993年に復活
カンボジア国旗の現在の形、青赤青の横三色と白いアンコール・ワットは、1948年10月20日に初めて公式化されました。
ところが、ここからカンボジアは半世紀近く激動の時代に入ります。
1948-1970:原型の使用
ノロドム・シハヌーク国王のもとで、青赤青とアンコール・ワットの旗が使われ続けました。
1970-1975:クメール共和国時代
1970年、ロン・ノル将軍がシハヌークを追放してクメール共和国を樹立します。新国旗は、青地に赤いカントン、白いアンコール・ワット、3つの星という、これまでとは違うデザインになりました。
1975-1979:クメール・ルージュ(民主カンプチア)時代
1975年4月、ポル・ポト率いるクメール・ルージュがプノンペンを制圧します。民主カンプチアの時代に入り、新国旗は赤地に黄色いアンコール・ワットという、これまでとはまったく違う社会主義的デザインになりました。
この時代は、カンボジア国民にとって「もっとも暗い4年間」でした。100万人以上が虐殺されたと言われるポル・ポト政権の悲劇が起こります。国旗もそのまま、その悲劇の時代のシンボルとして使われてしまったわけです。
1979-1989:カンプチア人民共和国時代
1979年、ベトナム軍の侵攻でクメール・ルージュ政権が崩壊します。社会主義系のヘン・サムリン政権が成立し、国旗もまた変更されました(赤地に黄色いアンコール・ワット、ただし5つの尖塔に変更)。
1989-1993:カンボジア国時代
体制が緩やかに変化し、1989年に国名が「カンボジア国」に改称されます。旗も赤と青の二色に黄色いアンコール・ワット(5本尖塔)へと変更されました。
1991年:パリ和平協定
国連の介入により、パリ和平協定が締結され、内戦の終結が宣言されました。
1993年6月30日:原型復活
1991年のパリ和平協定、1993年の総選挙、シハヌーク国王の復位を経て、1993年6月30日、ついに1948年の原型(青赤青と白いアンコール・ワット3本尖塔)が国旗として復活しました。
45年の旅の末、ようやく原点に戻ったという、かなりドラマチックな経緯です。
建物が描かれた国旗、世界に5カ国
カンボジアのほかに、国旗に建物が描かれている国は、世界に4つあります。
アフガニスタンは、中央のエンブレムにミフラーブ(祭壇)とミンバル(説教壇)を備えたモスクが描かれています。ポルトガルは紋章のなかに城(複数)があり、サンマリノは3つの塔、スペインはヘラクレスの柱(柱だが建造物)が登場します。
「建物がメインで描かれている」という観点では、カンボジアがおそらくいちばん「建物そのもの」らしいです。他の4国は紋章のなかの要素として登場しますが、カンボジアの場合はお寺がデザインの中心そのものです。
国の象徴=特定の建物を最も大胆に表現している、と言える1枚です。
まとめ:100年以上、お寺が国の真ん中にいる
今回のカンボジア国旗のまとめです。
- 青・赤・青の横三色(比率1:2:1)+中央に白いアンコール・ワット(3つの尖塔)
- 青は王室、赤は国家、白は宗教(仏教)の3つを3色で同時に表現
- アンコール・ワットは12世紀建造、世界最大の宗教建築、世界遺産
- 旗にアンコール・ワットが描かれるのは19世紀のフランス保護領時代から
- 原型は1948年10月20日採用
- 1970-1975:クメール共和国(ロン・ノル)で別デザイン
- 1975-1979:クメール・ルージュ時代に赤地と黄色アンコール・ワットに変更
- 1979-1989:カンプチア人民共和国(5本尖塔)
- 1989-1993:カンボジア国(5本尖塔)
- 1993年6月30日、パリ和平協定後の総選挙とシハヌーク国王復位を経て、1948年の原型を復活
- 建物が描かれた国旗は世界で5カ国のみ(カンボジア・アフガニスタン・ポルトガル・サンマリノ・スペイン)
45年の激動を経て、お寺が国の真ん中に戻った。カンボジアの国旗は、国の悲劇と再生の物語そのものを背負った、ものすごく重い1枚です。