白・緑・赤の横三色。ブルガリアの国旗です。汎スラヴ色の伝統的な横三色(白・青・赤)の青を、ブルガリアの大地を象徴するに置き換えた、東欧の特異な3色旗です(スラヴ系国家で緑を含む旗としては、ほかにベラルーシの赤・緑・白などもあります)。ロシアからの解放を記念する旗でありながら、独自のアイデンティティを表現した1枚でもあります。今回はそんなブルガリア国旗の話です。


まずは構成のおさらい

ブルガリア国旗の構成は、次のとおりです。

  • 横3本の帯(上から):白・緑・赤
  • 比率:3:5

色とシンボルは、以下のとおりです。

  • :平和、自由
  • :ブルガリアの肥沃な大地、農業
  • :戦士の血、軍事的勇気

白・青・赤の汎スラヴ色から、青を緑へ。たった1つの色を変えるだけで独自性を示したというのが、ブルガリア国旗の最大の特徴です。


「汎スラヴ色」 ── ロシア起源の系統

ブルガリア国旗の3色は、汎スラヴ色(Pan-Slavic colors)の系統に属します。

汎スラヴ色とは

汎スラヴ色とは、白・青・赤の3色を指します。その起源はロシア国旗(1696年にピョートル大帝が制定)にあり、「白・青・赤の3色がスラヴ民族の象徴である」として19世紀後半に確立しました。1848年のプラハ・スラヴ会議で、正式に「汎スラヴ色」と認知されています。

汎スラヴ色を使う国

構成採用
ロシア(元祖)白・青・赤の横三色1696年
セルビア赤・青・白の横三色+紋章1882年
クロアチア赤・白・青の横三色+紋章1990年
スロベニア白・青・赤の横三色+紋章1991年
スロバキア白・青・赤の横三色+紋章1992年
チェコ白・赤の横二色+青三角1920年
ブルガリア白・緑・赤の横三色1879年

伝統的な横三色の汎スラヴ色のなかで、青を緑に置き換えた珍しい事例。これがブルガリア国旗の独自性です。多くのスラヴ諸国が白・青・赤の組み合わせを採るなか、ブルガリアは白・緑・赤と、青を緑に置換しました。なおベラルーシ(赤・緑・白)も、スラヴ系で緑を含む旗を採用しています。

汎スラヴ色から、独自に緑へ。これがブルガリア国旗の独自性です。


「青→緑」 ── ブルガリアの大地

なぜブルガリアは青を緑に変えたのでしょうか。

ブルガリアの大地

緑は、ブルガリアの肥沃な大地を表します。ブルガリアは国土の約47%が農地というバルカン半島の農業国で、「ヨーロッパの果物バスケット」と呼ばれるほど、果物・野菜・バラ・ヨーグルトの主要生産国です。古代から農業文明が栄えた地でもあります。

ここには、「ロシアの汎スラヴ色を尊敬しつつ、ブルガリアの大地を強調する」というメッセージが込められています。

「ブルガリアン・ヨーグルト」

ブルガリアの世界的に有名な農産物が、ヨーグルトです。ラクトバチルス・ブルガリクス菌はブルガリアに由来します。20世紀初頭、ロシア・フランス系科学者のイリヤ・メチニコフがヨーグルトの健康効果を発見し、「ブルガリア人は長寿で、その秘訣はヨーグルトにある」として世界に紹介しました。

国旗の緑はヨーグルトの白菌が住む大地だ、という冗談はさておき、緑の意味は文字通り、ブルガリアの自然と農業を表しています。


1878年 ── 露土戦争とブルガリア解放

ブルガリア国旗の誕生は、露土戦争(1877-1878年)にさかのぼります。

「500年のオスマン統治」

ブルガリアは、14世紀末から1878年まで、約500年間(1396年〜1878年)オスマン帝国の支配下にありました。1396年に第二次ブルガリア帝国がオスマン帝国に征服され(首都タルノヴォの陥落は1393年)、約500年間(1396-1878、約482年)独立を失います。「トルコのくびき」と呼ばれる、ブルガリア民族の苦難の時代でした。

1877-1878年、露土戦争

1877年から1878年にかけて、露土戦争が起こります。ロシア帝国がバルカン半島の解放戦争を実施したのです。アレクサンドル2世がスラヴ兄弟の解放を旗印に掲げ、ブルガリア義勇軍もロシア軍とともに戦いました。結果はロシアの圧勝でした。

1878年、サン・ステファノ条約

1878年3月3日、サン・ステファノ条約によって、ブルガリアは事実上独立します。オスマン帝国がブルガリアの自治を承認したのです。これは「ブルガリアの解放」として、ブルガリア人にとっての国民的記念日になりました。

3月3日は現在もブルガリア解放記念日であり、ブルガリア最大の祝日のひとつです。

1879年、タルノヴォ憲法と国旗

そして1879年、タルノヴォ憲法(Tarnovo Constitution)で国旗が正式に制定されます。白・緑・赤の横三色で、「ロシアからの解放と、ブルガリアの大地」を象徴するものでした。

ブルガリアの自由は、ロシア兵の血で得られた。この事実が、国旗にロシアの汎スラヴ色の影響が残る理由です。


20世紀の変動

ブルガリア国旗の20世紀の歴史を見ていきます。

1947-1990年、共産主義時代

第二次大戦後、ブルガリアはソ連の衛星国となります。1946年に王制が廃止されてブルガリア人民共和国が成立し、1947年には国旗に共産主義の紋章(赤い星+ライオン+小麦穂)が追加されました。以後43年間、共産主義時代の国旗が使われます。

1990年、紋章除去

1989年から1990年にかけて、東欧革命でブルガリアの共産主義体制が崩壊します。1990年11月、国旗から共産主義の紋章が削除され、純粋な白・緑・赤の3色旗、すなわち1879年の原型へと戻りました。以後、現代まで変更はありません。

1879年の原点に戻ったというのは、ハンガリーも同様の、東欧諸国の典型的なパターンです。


ブルガリアという国

ブルガリアの基本情報です。

  • 正式名:ブルガリア共和国(Република България)
  • 首都:ソフィア(София、Sofia)
  • 面積:約11万km²
  • 人口:約650万人(減少傾向)
  • 公用語:ブルガリア語(南スラヴ語派)
  • 宗教:ブルガリア正教(約59%)、イスラム教(約8%)

「ヨーロッパ最古の国」

ブルガリアは、ヨーロッパで現存する最古の国名のひとつを持ちます。681年に第一次ブルガリア帝国が建国され、「ブルガリア」という国名は1,300年以上の歴史があります。「ヨーロッパで国名を変えていない最古の国」として知られています。

国旗は1879年から、国名は681年から。極めて古い歴史的アイデンティティを持つ国です。

「キリル文字」の発祥

ブルガリアは、世界文化への重要な貢献をしています。9世紀、キュリロスとメトディウスの兄弟がスラヴ人にキリスト教を伝え、グラゴル文字を発明しました。これが後にキリル文字へと発展します。キリル文字は、キュリロスから派生した文字です。現代ではロシア・ウクライナ・セルビア・ベラルーシ・モンゴルなどで使用されています。

国旗の白はキリル文字とブルガリアの文化遺産を表す、という解釈もあります。

「バラの国」

ブルガリアの世界的に有名な農産物が、ローズ・オイルです。世界のローズ・オイル生産の約70%を占め、バラの谷(カザンラク)は世界最大のバラ栽培地です。高級香水の原料となるダマスクローズが採れ、ブルガリアン・ローズは世界的なブランドになっています。

国旗の赤はバラの色を表す、という解釈もあります。


ちなみに:「うなずく=No、首を振る=Yes」

ブルガリアには、世界でも珍しいボディランゲージがあります。

逆のジェスチャー

ブルガリア人は、「Yes」と「No」のジェスチャーが世界一般と逆です。頭を縦に振る(うなずく)と「No」、頭を横に振ると「Yes」を意味します。

国旗の白は平和を表すが、首は逆。そんなジョークが、ブルガリア人と外国人の交流でよく聞かれます。

起源は諸説あり

起源については諸説あります。オスマン統治下で「信仰を捨てるか?」と聞かれた時、首を縦に振る(普通は「Yes」)と「キリスト教を捨てる」と取られて殺される。そのため「首を縦に振る=No」に逆転した、という伝説があります。ただし諸説あり、明確な起源は不明です。

国旗のシンボルとは別に、文化的特異性で世界に知られるというのが、ブルガリアの興味深い側面です。


まとめ:汎スラヴ色の青を、緑に置き換えた

今回のブルガリア国旗のまとめです。

  • 白・緑・赤の横三色(3:5)
  • 1879年、タルノヴォ憲法で正式制定
  • 1877-1878年露土戦争でロシアがオスマン帝国を破り、ブルガリアが解放
  • 1878年3月3日サン・ステファノ条約でブルガリア事実上独立(現在のブルガリア解放記念日)
  • 白=平和・自由、緑=肥沃な大地・農業、赤=戦士の血・勇気
  • 汎スラヴ色の伝統的な横三色(白青赤)のなかで、青を緑に置き換えた珍しい事例(ベラルーシなどスラヴ系で緑を含む旗は他にもある)
  • ロシア国旗(1696年)の青を、ブルガリアの大地を象徴する緑に置換
  • 1946-1990年は共産主義の紋章付き、1990年に紋章除去で1879年版に戻る
  • ブルガリアは1396-1878年、約500年間(約482年)オスマン帝国の支配下
  • 国名は681年第一次ブルガリア帝国以来、1,300年以上の歴史(ヨーロッパ最古の国名のひとつ)
  • 9世紀、キュリロスとメトディウス兄弟がキリル文字の元になる文字を発明
  • 世界のローズ・オイル生産の約70%、バラの谷で世界一の栽培
  • ブルガリアン・ヨーグルトは世界的な健康食品
  • 文化的特異性:うなずく=No、首を振る=Yes(世界一般と逆)

ロシアの汎スラヴ色を継承しながら、ブルガリアの大地で独自性を主張する。ブルガリアの国旗は、スラヴ民族の連帯とブルガリア独自のアイデンティティを、たった1色の置換で両立させた、極めて知的なデザインです。