旗が斜めに2分割され、上は黄色、下は橙色。中央には白い龍が4つの宝玉を握っています。これがブータンの国旗、「雷龍の国」(Druk Yul)と呼ばれるヒマラヤの国の旗です。独立国の国旗として中央に大きく龍を配した、世界でも極めて珍しい1枚で(地域旗としてはウェールズの赤い竜(Y Ddraig Goch)などにも竜のシンボルが描かれています)、国名そのものが「龍の国」を意味する、世界の国旗のなかで最も神話的な1枚です。今回はそんなブータン国旗の話。
まずは構成のおさらい
ブータン国旗の構成は、次のとおりです。
- 分割線:左下から右上への斜めの分割線
- 上の三角形(フライ側上):黄色
- 下の三角形(旗竿側下):橙色(オレンジ)
- 中央:白い龍(ドゥック、Druk)、フライ側を向く
- 龍の足:4つの宝玉を握っている
色とシンボルの意味は、以下のとおりです。
- 黄色:ブータン国王(ドゥック・ギャルポ、Druk Gyalpo=「龍の王」)の世俗的権威、国王の黄色いカブニ(Kabney、首にかけるスカーフ)
- 橙色:チベット仏教の精神的伝統、特にドゥックパ・カギュ派とニンマ派
- 白い龍:ブータン人の純粋な思想と行動、民族・言語の多様性を超えた団結
- 4つの宝玉:国家の富と国民の安全
- 龍の威嚇する口:ブータンの守護神の決意
世俗権威、宗教的権威、そして龍という3要素を、斜めの分割と中央の龍に込めた、世界でも極めて密度の高い国旗です。
「Druk Yul(雷龍の国)」 ── 国名そのものが龍
ブータンの国名の自称は、Druk Yul(ゾンカ語:འབྲུག་ཡུལ་)です。
「Druk = 雷龍」
「Druk」は雷龍(チベット仏教の伝説の龍)を、「Yul」は国や土地を意味します。あわせて「Druk Yul」で「雷龍の国」となります。
国王は「龍の王」
ブータン国王の称号は、ドゥック・ギャルポ(Druk Gyalpo)です。「Druk」は龍、「Gyalpo」は王を意味し、あわせて「龍の王」となります。
国名・国王・国旗の中央、そのすべてに龍が宿るというのは、世界で唯一の国家アイデンティティです。
「Bhutan」の英語名
英語名「Bhutan」は、サンスクリット語に由来します。「Bhū-Uttan」で「高地」「ヒマラヤの高所」を意味し、「チベットの端」を指すとの説もあります。これは国民が使う自称ではなく、外国人による呼称です。
外国名(Bhutan)と自称(Druk Yul)が完全に違うというのは、マジャールオルサーグ(ハンガリー)やスオミ(フィンランド)と並ぶ、自称と他称が異なる国家のパターンです。
龍 ── 「ドゥック」
ブータン国旗中央に描かれているのは、白い龍ドゥックです。
チベット仏教の雷龍
ドゥックは、チベット仏教の伝説的な龍です。8世紀のチベットで活躍したパドマサンバヴァ(蓮華生)と関連づけられ、12世紀後半以降のドゥックパ・カギュ派は「雷龍の宗派」と呼ばれてブータンの主要宗派となりました。「ドゥックパ」は「雷龍の人々」を意味し、ブータン人の自称のひとつでもあります。
「雷の音」
なぜ「雷龍」なのか。伝説によれば、12世紀後半、ドゥックパ・カギュ派の開祖ツァンパ・ギャレ(Tsangpa Gyare、1161-1211)が修行していたとき、天空に雷鳴を聞き、9匹(伝承により3匹とも)の龍が天に昇るのを見たといいます。彼はこの場所を雷龍の地として、宗派を「ドゥックパ(雷龍の人々)」と名づけました。
ヒマラヤの稲妻とチベット仏教、そして龍の伝説という神話的なシンボルが、現代の国旗に直接受け継がれているのです。
「白い龍」の意味
ブータン国旗の龍は白色で、ブータン人の純粋な思想と行動、民族・言語の多様性を超えた団結、心の清らかさを表します。白はチベット仏教における純粋さの色としても解釈されます。
「4つの宝玉」 ── ノルブ
龍の4つの足が握るのは、ノルブ(Norbu)と呼ばれる宝玉です。国家の富、国民の安全と保護、そして仏教の4つの理想(諸説あり)を象徴します。
1つの龍が4つの宝玉を握るという、力強くも守護的なイメージです。
「威嚇する口」
龍の口は、牙を見せて威嚇する形をしています。これはブータンの守護神が国を守る決意と、外敵を寄せ付けない強さを表しています。
柔らかな仏教の国でありながら龍は牙を見せる。これはブータンの「穏やかさと強さの両立」を表しています。
1947年デザイン、1969年現行版
ブータン国旗の制定史を見ていきます。
1947年、初期版
1947年、初代の国旗がマユム・チョイン・ワンモ・ドルジ(Mayum Choying Wangmo Dorji、女性)によってデザインされました。斜め分割と龍という基本構造は現行と同じですが、色の組み合わせは違っていたとされます(諸説あり)。
ブータンの国旗を女性がデザインしたというのは、パプアニューギニアのスーザン・カリケ、ニウエのパトリシア・レックス、ハイチのカトリーヌ・フロン(縫った)と並ぶ、女性による国旗誕生のパターンです。
1968-69年、色の変更
そして1968-69年頃、第3代国王ジグメ・ドルジ・ワンチュクが、下半分を赤から橙に変更しました。理由は、橙色のほうがチベット仏教の僧衣の色により近いためで、より宗教的に正確な色を採用したのです。
1972年、正式制定
そして1972年(7月15日とする公式資料が一般的)、ブータン国民議会(Tshogdu)第36会期で国旗法(決議28)が承認されました。国旗法が正式に発効し、以後デザインは固定されています。
黄色と橙 ── 二つの権威
ブータン国旗は、斜めに2色に分けられています。
黄色 ── 世俗的権威
上半分の黄色は、ドゥック・ギャルポ(龍の王)の世俗的権威を表します。国王のカブニ(首にかけるスカーフ)の色でもあり、黄色いカブニは国王の専用です。国家の統治、世俗の秩序を象徴します。
橙 ── 仏教の精神的権威
下半分の橙は、チベット仏教、特にドゥックパ・カギュ派とニンマ派を表します。僧侶の僧衣の色であり、精神的伝統と宗教を象徴します。
「政教の調和」
そして斜めの分割線は、政治と宗教を分けながらも、1枚の旗の中で共存させています。これは「政教二元論」(Choesi gnyis ldan)という、ブータンの政治・宗教制度の理念を表しています。国王(政)と僧侶(教)が、お互いを尊重しながら国家を運営するという考え方です。
国旗そのものが政教調和の理念を視覚化しているというのは、世界の国旗のなかで唯一の、政教二元論の視覚的表現です。
ブータンという国
ブータンの基本情報です。
- 正式名:ブータン王国(འབྲུག་རྒྱལ་ཁབ་、Druk Gyal Khap)
- 首都:ティンプー(Thimphu)
- 面積:約3.8万km²(九州とほぼ同じ)
- 人口:約78万人
- 公用語:ゾンカ語(チベット語族)
- 宗教:チベット仏教(約75%)、ヒンドゥー教(約23%)
「世界一幸福な国」 ── 諸説あり
ブータンは、国民総幸福量(GNH、Gross National Happiness)という概念を世界に広めた国です。1972年、第4代国王ジグメ・シンゲ・ワンチュクが提唱し、GDPではなくGNHで国家の発展を測ろうという考えを打ち出しました。環境保全、文化保存、良き統治、社会経済発展の4本柱から成ります。
「世界一幸福な国」として広く知られていますが、国連世界幸福度報告では現在中位にあり、諸説あります。「世界一幸福」というのは1970年代から80年代の文脈での評価で、現代の指標では北欧諸国が上位を占めています。
「鎖国の伝統」
ブータンは、長く外国人の入国を厳しく制限してきました。20世紀後半まで外国人の入国はほぼ不可能で、1974年になって初めて観光客の受け入れを開始しました。現在も「高価値・低影響観光(High Value, Low Impact Tourism)」を掲げ、外国人観光客には1日200ドル以上の滞在税を課し、大量観光ではなく質の高い観光を維持しています。
国旗の龍が外敵を寄せ付けないというシンボルが、現代の観光政策にも反映されているのです。
「ヒマラヤの王国」
ブータンの地理的特徴を見てみましょう。ヒマラヤ山脈東部に位置し、北は中国(チベット自治区)、南はインドに挟まれた内陸国です。国土の70%以上が森林で、憲法で森林率60%以上を規定しています。標高の差は大きく、南部の180mから北部の7,500mまで広がっています。
「世界で最後に独立を保った仏教王国」
ブータンの世界史上の位置づけも特筆されます。隣のシッキム(1975年インド併合)、チベット(1950年中国併合)、ラダック(インド領)など、ヒマラヤの仏教王国はすべて消滅しましたが、ブータンは唯一、独立国家として存続しました。まさに「ヒマラヤの仏教国家の最後の生き残り」です。
国旗の龍、すなわち1000年以上のチベット仏教の伝統が現代国家に継承されているというのが、ブータンの世界史的意義です。
ちなみに:第5代国王と憲法
ブータンの現代史で重要な転換を見ていきます。
2008年、立憲君主制への移行
2006年に第4代国王ジグメ・シンゲ・ワンチュクが退位し、2008年に第5代国王ジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュクが即位しました。そして2008年7月18日、新憲法が発効し、絶対君主制から立憲君主制へと移行しました。
「王が国民に民主主義を授ける」
これは世界史でも珍しい、王が国民に投票権を与えた転換でした。国民は「王の独裁の方が良い」と主張しましたが、国王が「民主主義の方が長期的に良い」と説得し、国民投票で立憲君主制が承認されたのです。
国旗の黄色(世俗的権威)と橙(宗教的権威)の対等な分割が、現代の立憲君主制で実現したというのが、ブータンの興味深い政治史です。
国王夫妻と日本
第5代国王ジグメ・ケサル国王と妃ジェツン・ペマは、2011年に来日しました。東日本大震災の慰問のための訪問で、「ドラゴンキング」として日本でも親しまれ、日本国民への共感の言葉を寄せました。
ヒマラヤの龍王が日本の被災地を訪問したという、ブータンと日本の温かい交流の象徴です。
まとめ:雷龍の国、世界で唯一龍を描いた国旗
今回のブータン国旗まとめ。
- 斜め分割(上の黄色+下の橙)+中央に白い龍(4つの宝玉を握る)
- 1947年初代版(マユム・チョイン・ワンモ・ドルジ女性によるデザイン)
- 1968-69年頃、第3代国王ジグメ・ドルジ・ワンチュクが下半分を赤から橙に変更
- 1972年7月15日、ブータン国民議会第36会期の国旗法(決議28)で正式制定
- 黄色=ドゥック・ギャルポ(龍の王)の世俗的権威、国王の黄色いカブニの色
- 橙=チベット仏教(ドゥックパ・カギュ派・ニンマ派)の精神的伝統
- 白い龍ドゥック=ブータン人の純粋さ、民族多様性の団結
- 4つの宝玉=国家の富と国民の安全
- 威嚇する口=守護神の決意、外敵への警戒
- 国名「Druk Yul」=「雷龍の国」、ゾンカ語の自称
- 国王の称号「Druk Gyalpo」=「龍の王」
- 独立国の国旗として、中央に大きく龍を描く稀有な1枚(地域旗ではウェールズの赤い竜なども存在)
- 斜めの分割線は「政教二元論」(政治と宗教の調和)を視覚化
- 国民総幸福量(GNH)の概念を1972年に提唱
- 1974年から観光開放、現在も高価値・低影響観光を維持
- 国土の70%以上が森林、憲法で60%以上を規定
- ヒマラヤの仏教王国で唯一、独立を保った国家
- 2008年、絶対君主制から立憲君主制へ移行、王が国民に民主主義を授けた
- 第5代国王ジグメ・ケサル夫妻は2011年に東日本大震災の慰問で来日
雷龍がヒマラヤの王国の純粋さを守る。ブータンの国旗は、1000年以上のチベット仏教の伝統と現代国家のアイデンティティを、白い龍と斜めの分割に込めた、世界で唯一無二の1枚です。