旗竿側に緑の縦帯、右側は上が黄・下が赤の横二色。これがベナンの国旗、西アフリカのギニア湾に面する小国の旗です。汎アフリカ色(緑・黄・赤)の独特な配置を採用した1枚で、奴隷貿易時代のダホメ王国の遺産から現代の民主主義への転換まで、複雑な歴史を背負った国旗でもあります。今回はそんなベナン国旗の話。


まずは構成のおさらい

ベナン国旗の構成は、次のとおりです。

  • 左側(旗竿側):緑の縦帯(旗の約3分の1)
  • 右側上:黄色の横帯
  • 右側下:赤の横帯
  • 比率:2:3

色とシンボル(汎アフリカ色)の意味は、以下のとおりです。

  • :南部のヤシ林、希望
  • :北部のサバンナ、富
  • :祖先の血、独立闘争の犠牲、国家統一の絆

汎アフリカ色(緑・黄・赤)を、縦と横の組み合わせで配置した、アフリカでも数少ない独特なデザインです(マダガスカルやギニアビサウの国旗も同様の「縦+横」構造を持っています)。


「縦+横」の独特な配置

ベナン国旗の最大の特徴は、縦帯と横帯を組み合わせた構成にあります。

普通の汎アフリカ旗

汎アフリカ色を使う多くの国は、横三色か縦三色を採用しています。

構成
エチオピア緑・黄・赤の横三色
ガーナ赤・黄・緑の横三色+黒星
マリ緑・黄・赤の縦三色
セネガル緑・黄・赤の縦三色+緑星
ギニア赤・黄・緑の縦三色
ベナン緑縦帯+黄+赤の組み合わせ(縦+横)
マダガスカル白縦帯+赤+緑の横二色(縦+横、汎アフリカ色ではないが類似構造)
ギニアビサウ赤縦帯+黄+緑の組み合わせ(縦+横)

ベナンを含めて、縦と横の組み合わせはアフリカでも数少ないというのが、この配置の独自性です。

「南部のヤシと北部のサバンナ」

ベナン国旗の縦帯と横帯には、地理的な解釈もあります。緑の縦帯は、ヤシの木が立つ南部の地理を縦に伸びる帯で表現し、黄色の横帯は、北部のサバンナの広がりを横に伸びる帯で表現しているというものです。

縦は木、横は平原という地理的なメタファーとして解釈されます(諸説あり、公式の説明は色の意味のみ)。


1959年11月16日 ── ダホメ自治共和国の国旗

ベナン国旗の制定史を見ていきます。

フランス植民地時代

ベナンは、1894年から1960年まで、フランス領西アフリカの一部でした。当時の名前はダホメ(Dahomey)で、首都はポルトノヴォでした。

1959年11月16日、自治共和国の国旗

そして1959年11月16日、ダホメ自治共和国が成立します。フランス連合内の自治政府として、新国旗を採択しました。これは現在のベナン国旗と同じデザインです。

1960年8月1日、独立

1960年8月1日、ダホメ共和国がフランスから完全に独立します。国旗は変更されず、そのまま継承されました。


「緑・黄・赤」 ── 汎アフリカ色とアフリカ民主連合

ベナン国旗の3色は、汎アフリカ色です。

エチオピア起源の汎アフリカ色

汎アフリカ色(緑・黄・赤)の直接の起源は、エチオピア国旗です。アフリカで唯一植民地化されなかった国のシンボルでした。1957年、ガーナ(クワメ・ンクルマ)が初めて汎アフリカ色を国旗に採用します。1950年代後半から60年代の独立運動期には、アフリカ民主連合(RDA)などフランス領アフリカの政治勢力にも広く受け入れられました(ただしRDA自体が党色として公式に定めていたわけではなく、独立期の指導者たちが各国の判断で採用しました)。メンバー国の独立時には、国旗の色として広く使われるようになりました。

汎アフリカ色を採用した国

汎アフリカ色を採用した国は、次のとおりです。

  • ガーナ(1957年)
  • カメルーン(1957年)
  • ギニア(1958年)
  • マリ(1959年)
  • ベナン(1959年)
  • セネガル(1960年)
  • トーゴ(1960年)
  • コンゴ共和国(1959年)

1957年から1960年のアフリカ独立ラッシュが、汎アフリカ色の旗が一気に増えた時期です。ベナンもこの系統の一員です。


1975-1990年 ── 共産主義時代の異なる国旗

ベナン国旗には、意外な中断期間があります。

1972年、軍事クーデター

1972年10月26日、マチュー・ケレク(Mathieu Kérékou)少佐がクーデターを起こします。当時39歳でした。政権獲得後、社会主義への急進的な転換を進めました。

1975年、国名と国旗を変更

1975年11月30日、国名と国旗が一新されます。国名はダホメからベナン人民共和国(République Populaire du Bénin)へ、国旗は緑地に左上に黄色い星を配した社会主義革命の旗へと変わりました。

過去の植民地名「ダホメ」を捨て、地域的な歴史名「ベナン」を採用したというのは、サンカラのブルキナファソ(1984年)と並ぶ、1970-80年代のアフリカ社会主義革命の典型です。

「ベナン」 ── 古代ベナン王国から

新国名「ベナン」は、ナイジェリアのベナン王国(15-19世紀)に由来します。古代ベナン王国は、現在のナイジェリア南部に存在した強大な王国で、ベナン青銅器は世界的に有名です。ただし、現代の「ベナン共和国」は、古代ベナン王国とは別の地理にあります。地域的なアフリカの歴史的アイデンティティを採用したのです。

1990年、民主化と国旗復活

そして1990年、ベナンは民主化を迎えます。1989年から1990年の東欧革命の流れに乗って、ベナンも共産主義体制を放棄しました。1990年3月にベナン共和国へ改称し、1959年版の国旗(緑縦帯+黄+赤)を復活させます。1991年には、自由選挙でニセフォール・ソグロが大統領に就任しました。

社会主義時代の旗を捨て、1959年の汎アフリカ色の旗に戻ったというのは、ハンガリーやブルガリアなどの東欧諸国と並ぶ、共産主義崩壊後のパターンです。

ベナンは、アフリカで最初に民主化した共産主義国家のひとつとして、1990年代のアフリカ民主化の先駆けでもあります。


ベナンという国

ベナンの基本情報です。

  • 正式名:ベナン共和国(République du Bénin)
  • 首都:ポルトノヴォ(Porto-Novo、正式首都)
  • 経済中心:コトヌー(Cotonou、最大都市)
  • 面積:約11.5万km²
  • 人口:約1,300万人
  • 公用語:フランス語
  • 宗教:キリスト教(約49%)、イスラム教(約28%)、ヴードゥー(約12%、伝統宗教)

「ヴードゥー教発祥の地」

ベナンには、世界的に重要な宗教文化があります。ヴードゥー教(Vodun)です。フォン族・ヨルバ族の伝統宗教で、奴隷貿易時代にハイチ・ブラジル・キューバへ伝播しました。ハイチ・ヴードゥー、ブラジル・カンドンブレ、キューバ・サンテリアなどの源流であり、1月10日はベナンのヴードゥー祭として国の公式祝日になっています。関連する伝統芸能ゲレデ(Gẹlẹdẹ)は、2008年にユネスコ無形文化遺産に登録されました(前身の傑作宣言は2001年)。

国旗の赤、すなわち祖先の血というシンボルが、ヴードゥー教の祖先崇拝とも結びつきます。

「奴隷海岸」の中心

ベナンが面するギニア湾岸は、歴史的に奴隷海岸と呼ばれていました。17世紀から19世紀にかけて、ダホメ王国が大西洋奴隷貿易の主要供給国となり、ウィダ(Ouidah)港から数百万人のアフリカ人がアメリカ大陸へ強制移送されました。2019年には、ウィダ奴隷貿易史跡がユネスコ世界遺産候補となっています。

国旗の赤は、奴隷貿易の犠牲者の血と独立闘争の血を表しており、ベナンは重い歴史を持つ国です。

「アフリカ民主化のモデル」

ベナンは、1990年の民主化以降、アフリカで最も安定した民主主義国家のひとつとなりました。複数政党制と自由選挙を実施し、これまで5回の平和的政権交代(1991, 1996, 2006, 2016, 2021)を経験しています。「アフリカ民主化のモデル」として国際的に評価されています。


ちなみに:「アフリカのヴェネツィア」

ベナンには、世界的に有名な観光地があります。ガンビエ(Ganvié)です。

水上集落

ガンビエは、ノクエ湖に浮かぶ水上集落です。約2万人が居住し、すべての建物が湖上に高床式で建てられています。「アフリカのヴェネツィア」として知られ、その起源は17世紀、ダホメ王国の奴隷狩りから逃れたトーフィヌー族が水上に集落を建設したことにあります。

奴隷狩りから逃れた人々の都市という、ベナン史の暗い側面と人々の知恵が結びついた場所です。


まとめ:縦と横の汎アフリカ色

今回のベナン国旗まとめ。

  • 緑の縦帯(左)+黄(右上)+赤(右下)の組み合わせ
  • 1959年11月16日、ダホメ自治共和国の国旗として制定
  • 1960年8月1日、独立時もそのまま継承
  • 1975年、マチュー・ケレク社会主義政権下で緑地+黄星の異なる国旗に変更
  • 国名も「ダホメ→ベナン人民共和国」に変更(1975年)
  • 1990年、民主化と同時に1959年版の国旗を復活
  • 1991年自由選挙、以来5回の平和的政権交代
  • 緑=南部のヤシ林・希望、黄=北部のサバンナ・富、赤=祖先の血・国家統一
  • 汎アフリカ色(緑・黄・赤)はエチオピア国旗が直接の起源、1957年ガーナから広まる
  • 「緑縦帯+黄+赤」の独特な配置(マダガスカル・ギニアビサウなど他の縦+横構造の旗もある)
  • 国名「ベナン」はナイジェリア南部の古代ベナン王国(15-19世紀)に由来
  • ヴードゥー教発祥の地、世界のヴードゥー文化(ハイチ・ブラジル・キューバ)のルーツ
  • 17-19世紀、ダホメ王国が奴隷貿易の主要供給国(ギニア湾岸=「奴隷海岸」)
  • ガンビエ水上集落(17世紀の奴隷狩りから逃れた人々の都市)
  • アフリカ民主化のモデル国家

縦の緑(南部のヤシ)と横の黄赤(北部のサバンナと祖先の血)。ベナンの国旗は、汎アフリカ色のなかで唯一の独特な配置と、奴隷貿易から民主化までの複雑な歴史を1枚に込めた旗です。