黄色地に4本の赤い帯、左上に紫の地に白い城。バレアレス諸島の旗、地中海に浮かぶスペインの自治州の旗です。マヨルカ島・イビサ島などからなる、ヨーロッパ屈指のリゾートで、赤と黄の帯はかつてのアラゴン連合王国の旗セニェーラを受け継いでいます。今回はそんなバレアレス諸島旗の話です。
まずは構成のおさらい
バレアレス諸島旗の構成は、次のとおりです。
- 背景:黄色地に4本の赤い横帯(セニェーラ)
- 左上:紫の地に、5つの塔を持つ白い城
色とシンボルの意味は、以下のとおりです。
- 赤と黄の4本帯:セニェーラ(カタルーニャ・カタルーニャ語圏の統一を象徴)
- 紫の城:マヨルカ王国の紋章(島の防衛と要塞を表します)
アラゴン連合王国の旗とマヨルカの城を組み合わせた、歴史を重ねた1枚です。
「セニェーラ」 ── アラゴン連合王国の旗
バレアレス諸島旗のベースになった旗を見ていきます。
赤と黄の4本帯
黄色地に4本の赤帯が並ぶこの図柄は、セニェーラ(Senyera)と呼ばれます。アラゴン連合王国(カタルーニャなど)の歴史的な旗であり、カタルーニャ語圏の統一を象徴する伝統的なパターンです。カタルーニャやバレンシアなどの旗にも共通しています。地中海に広がったアラゴン連合王国の旗が、バレアレスにも受け継がれたのです。
紫の城=マヨルカ王国
左上に描かれた紫の地に白い城は、マヨルカ王国の紋章に由来します。島の歴史を通じた防衛と要塞を表すとされ、モデルはパルマのアルムダイナ城です。
1228-1232年 ── マヨルカ征服
バレアレス諸島旗の歴史的背景を見ていきます。
アラゴン王ハイメ1世
1228年、アラゴン王ハイメ1世がマヨルカ島を征服しました。そして1232年までにバレアレス諸島全体を征服し、諸島をマヨルカ王国として自らの領土に組み込みました。
1983年、自治州の旗に
そして現代に入り、この旗は受け継がれます。1978年、新たに創設されたバレアレス自治州の旗のモデルとなり、1983年の自治憲章で採択されました。中世のセニェーラが、20世紀の自治州の旗になったのです。
バレアレス諸島という領土
バレアレス諸島の基本情報です。
- 正式名:バレアレス諸島自治州(Illes Balears/Islas Baleares)
- 州都:パルマ(Palma de Mallorca)
- 面積:約4,992km²
- 人口:約120万人
- 公用語:スペイン語・カタルーニャ語
- 法的地位:スペインの自治州
「マヨルカ・メノルカ・イビサ・フォルメンテラ」
バレアレス諸島は、4つの主な島からなります。最大の島であるマヨルカ島(Mallorca)、そしてメノルカ島(Menorca)、イビサ島(Ibiza)、フォルメンテラ島(Formentera)です。
「イビサ ── 世界のクラブの聖地」
バレアレス諸島の世界的な顔が、イビサ島です。世界有数のナイトライフ・クラブの聖地であり、ヨーロッパ屈指のリゾート地として知られます。マヨルカやメノルカもビーチリゾートとして人気です。
「マヨネーズの語源はメノルカ?」
そして意外な食の小ネタもあります。マヨネーズは、メノルカ島のマオン(Mahón)が語源という説があります。salsa mahonesa(マオンのソース)がマヨネーズになったというものです(諸説あり)。
「ショパンが冬を過ごした島」
バレアレス諸島の文化の小ネタとして、作曲家ショパンの話があります。ショパンは恋人ジョルジュ・サンドとマヨルカ島で冬を過ごしました。バルデモサの修道院での滞在が有名です。
まとめ:4本の赤帯と紫の城、地中海のリゾート
今回のバレアレス諸島旗のまとめです。
- 黄色地に4本の赤い横帯(セニェーラ)、左上に紫の地に5つの塔を持つ白い城
- 赤と黄の4本帯はセニェーラ(アラゴン連合王国の旗、カタルーニャ語圏の統一の象徴)
- 紫の城はマヨルカ王国の紋章(パルマのアルムダイナ城がモデル)
- 1228年、アラゴン王ハイメ1世がマヨルカを征服、1232年までに諸島全体を征服しマヨルカ王国に
- 1983年の自治憲章で採択
- マヨルカ・メノルカ・イビサ・フォルメンテラの4つの主な島
- イビサ島は世界有数のナイトライフ・クラブの聖地、ヨーロッパ屈指のリゾート
- マヨネーズはメノルカ島のマオンが語源という説(諸説あり)
- ショパンが恋人ジョルジュ・サンドとマヨルカ島で冬を過ごした
- 面積約4,992km²、人口約120万人、州都パルマ
アラゴンの赤帯と、マヨルカの城。バレアレス諸島の旗は、中世の地中海帝国の記憶を受け継ぐ、リゾートアイランドの1枚です。